海沿いの古工場と猫

 翌日。起きると、少し疲れていて、目を覚ますのに時間が掛かった。前日の夕方は忙しくて、腕や足が張っているような気がした。熱いシャワーを浴びてから、着替えを済ませて、定食屋に向かって行った。

 そして、お昼になると、祥子さんからいつものようにビニール袋を渡された。店から出て、工場に行くと、シャッターが閉まっていて、その前に大福がぽつんと座っていた。こちらを向くこともなく、目を閉じているようだったけれど、見ているうちに少し寂しくなった。

 ビニール袋を持ったまま、どうしようかと考えていたら、足元に柔らかい毛が纏わりついてきた。ふと視線を下げると、大福が可愛らしい顔でこちらを見上げていた。

 おもむろにしゃがんで、視線を合わせ、優しく頭を撫で回した。

「黒瀬さん、どこ行ったんだろうね……」そう呟いたとき、車が近づいてくる音が聞こえてきた。

 すぐに立ち上がってみると、一台の赤いスポーツカーが来て、ブレーキ音を立てて停まった。

 運転席から髪の長い女性が出てきて、ドアを乱暴に閉めたと同時に、大福が素早くどこかに去って行った。

 女性は工場を見回して、「なにここ、汚いなぁ……」と嫌そうな顔で言った。

 お客さんかと思って、踵を返そうとすると、女性がこちらに向かって言った。

「ここの人?車見てもらいたいんだけど、早く開けてくれない?」

 捲し立てるような口調に、戸惑っていると、また車が近づいてくる音が聞こえてきた。

 それでも女性はこちらを急かすように言った。

「ちょっと、立ってないで、答えなさいよ」

 困り果てた末に、口を開いたところで、見覚えのある姿が現れた。

「何か用か」黒瀬さんが尋ねると、女性は顔色を変えて言った。

「車が調子悪くて……、見て貰えませんか?」

「了解。鍵は?」と黒瀬さんは言って、軍手を片手に持ち、工場のシャッターを開けた。

 そこで、女性は「こっちです」と言って、スポーツカーに向かって行き、黒瀬さんの様子を窺っていた。

「あっそ。じゃあ、離れて」黒瀬さんは女性に言ってから、こちらを向いて言った。

「わりぃけど、椅子に座っててくれ。余り時間取らせねぇから」

「いや、でも……」そう口にしてみると、黒瀬さんは少し眉尻を下げていた。

 その顔に言葉を返すことを躊躇い、溜息を吐いてから、椅子に向かって行き、腰掛けた。

 すると、黒瀬さんがこちらを見て、軽く笑い、すぐにスポーツカーへ向かって行った。