海沿いの古工場と猫

 徐々に空が晴れてきたころ、夕方になっていて、黒瀬さんはまだ車の下に潜り込んでいた。愛車を持って行けと言ってくれたし、声を掛けるのも悪いと思い、静かに運転席に乗り込んだ。

 なるべく気づかれないように、愛車を走らせ、家に向かって行った。

 部屋に入ってから、すぐお風呂に入り、髪を乾かした。気のせいかもしれないけれど、何となく熱があるような感じがした。身体にも怠い重さがあった。早めに寝ようと小部屋に向かった。

 布団に入り、目を閉じたところで、意識が途切れた。

 暗い中を見続けて、どこにも行けずに、何を見ているのかも分からなかった。

 深い場所に居るようで、次第に熱さが纏わりついてきた。

 自分が息をしている音さえ聞こえなくて、覚えのある姿が朧気に浮かんできた。

 一瞬だけ、心臓が跳ねて、あの人の顔が見えた気がした。
 
 そこで、ゆっくりと瞬きをしながら、目を開けると、白い天井が広がっていた。

 やたらと喉が乾いているのに、身体が重すぎて、動けなくなっていた。

 何とか携帯を手にしたけれど、画面に指を触れることにも力が入らず、瞬きを繰り返して眠りに就いた。

 そこから、またしばらく意識は暗がりの中に沈んでいた。

 ようやく目が覚めたときには、辺りが暗くて、どれくらいそうしていたのか、分からなかった。

 少しずつ身体が動くようになり、携帯を手にしたと同時に、着信音が鳴った。長い息を吐いてから、耳に当てると、聞き覚えのある声が話し出した。

「千乃ちゃんかい?祥子だけど、来れるようになったらおいで。待ってるよ」

 そう言ったあと、すぐ電話は切れた。

 頼ることはしたくないし、心配されるのも嫌だったから、掛け直すことはしなかった。

 休めば治っていくと思い、力を入れて身体を起こした。

 どうにか立ち上がり、キッチンへ向かい、コップに水を注いで飲んだ。

 思い切り飲んだせいで、息が詰まりそうになり、慌てて口からコップを離した。

 そして、冷蔵庫まで行き、扉を開けて、食べられそうな物を手にした。

 再びキッチンに戻り、スプーンを取り出して、ゼリーを一口含んだ時だった。

 一度チャイムが鳴ってから、こちらが出ないと分かると、連続して鳴らされた。

 玄関先に歩いて行って、静かにドアを開けると、黒瀬さんが立っていた。

「電話しろよ……お前」

 その声を聞いて、ふと気が緩み、そのまま身体が傾いていった。