魔法が使えないと虐げられていた令嬢は、実は規格外の最強でした

 その手の甲には、ドラゴンの魔紋がくっきりと浮かんでいる。幼い頃から十歳までの間に魔紋が現れるのは当たり前のことだ。炎を操る者にはドラゴン、水を操る者には人魚、風を操る者には翼を広げたペガサスと、魔紋の形によって使える魔法も違う。
 貴族は平民より多くの魔力を持ち、名門貴族ともなれば強い魔法を使えることは一種の義務ですらあった。
 そのため、伯爵令嬢でありながら九歳になっても魔紋の現れないクリスティアーナを、テニエス伯爵は以前から苦々しく思っていた。
「お姉様には本当に何もないのね。あたしは五歳で出たのに」
 ヴィッキーはクリスティアーナの右手を勝手に取ると、何もない手の甲をじっくり眺めて笑った。
「お父様、この人、本当にお父様の娘なの? あたしはちゃんとドラゴンの魔紋を持っているのに」
「ヴィッキー!」
 テニエス伯爵が声を上げたため、クリスティアーナは一瞬だけ期待した。そんなことを言ってはいけないと、叱ってくれるのかもしれない、と思ったのだ。
 だが、テニエス伯爵はヴィッキーを咎めず「まだ九歳だ。十歳まではほんの少しでも可能性がある。十歳になっても出なければ、そのときは本当の出来損ないだがな」と言っただけだった。
「多分、魔紋が現れることはないわよ。出たとしても、使える魔法は弱い魔法に決まっているわ」
 クラウディアとヴィッキーが声を上げて笑った。
「いいか、クリスティアーナ。十歳までに必ず魔紋を出せ。伯爵家の娘が魔法ひとつ使えないなど、いい恥さらしだからな」
 
 それからというもの、テニエス伯爵は顔を合わせるたびに魔紋が出たかとクリスティアーナに尋ねるようになった。出ていないと答えれば罵倒し、「いつまで待たせるつもりだ」「伯爵家に泥を塗る気か!」と責めた。
 クラウディアも同じだった。クリスティアーナの右手を見るたびに、「今日も魔紋がでてないわね。さすが怠け者の娘だわ。母親は病弱、娘は魔法ひとつ使えないなんて」とジョアンナまで引き合いに出してあざ笑った。
 ヴィッキーに至っては、自分の魔法を見せつけるのがすっかり楽しくなったらしく、会うたびに新しく覚えた魔法を自慢した。

 ある日は、クリスティアーナのすぐそばに立つ木を狙って炎の魔法を放った。突然、顔の横を熱風が走り、木の幹に炎が燃え上がる。思わず身をすくませたクリスティアーナを見て、ヴィッキーは楽しそうに笑った。
「あら、残念。もう少し横にそれてたら、お姉様は丸焦げだったのに。いい厄介払いができたのにねぇ」
 そんな言葉を毎日のように浴びせられているうちに、クリスティアーナは右手を見るのが怖くなった。それでも朝起きれば、もしかしたら今日は現れているかもしれないと期待して手の甲を確かめる。
 だが、いつ見てもそこには何もなかった。
 夜になると、クリスティアーナはベッドの上で両手を組み、神様に祈った。
「神様、どうか私にも魔紋をください。……どうか、お願いします」
(魔紋さえ出れば、お父様はもう怒らないかもしれない。ヴィッキーのように褒めてもらうことは無理でも、せめて恥ずかしい娘だとは思われなくなるかもしれない)
 そう信じて何度も祈ったが、翌朝になっても右手は変わらない。

  そして迎えた十歳の誕生日。
 その日の午後、クリスティアーナはテニエス伯爵から執務室へ来るように言われた。朝から誰にも「おめでとう」とは言われていない。それでもクリスティアーナが気にしているのは、祝いの言葉ではない。
(また魔紋のことで叱られるのかしら。 右手には相変わらず何もないわ。何を言われるんだろう?)
 クリスティアーナの執務室へ向かう足取りは重かった。 部屋に入ると、テニエス伯爵だけでなくクラウディアとヴィッキーもいた。

「今日でお前も十歳だな」
「はい、お父様」
 テニエス伯爵の言葉に、クリスティアーナは小さく頷いた。 テニエス伯爵はクリスティアーナの右手に目を向け、魔紋がないことを確かめると、盛大に鼻を鳴らした。

「出来損ないめっ! お前をテニエス伯爵家の娘として扱うのは今日までだ。魔紋のない娘など、私の娘ではない!」