魔法が使えないと虐げられていた令嬢は、実は規格外の最強でした

「クリスティアーナ、今日からおまえの新しい母親になるクラウディアだ。そして、この子がヴィッキー。お前の妹だ」
 父であるテニエス伯爵にそう告げられたとき、クリスティアーナは何を言われたのか、すぐには理解できなかった。
 九歳の冬だった。母のジョアンナが亡くなって、まだひと月も経っていない。ジョアンナの部屋には、まだ彼女が使っていた香水の香りが残っている。クローゼットにはドレスが掛かり、枕元には読みかけの本さえ置かれたままだ。
「新しい……お母様?」
 思わず聞き返すと、テニエス伯爵はあからさまに顔を顰めた。
「そう言っただろう。何度も言わせるな。ものわかりの悪い娘だなっ!」
「……ごめんなさい」
 反射的に謝るが、テニエス伯爵はもうクリスティアーナを見ていない。クラウディアを愛おしげに見ていた。
 クラウディアは華やかな女性だった。唇には鮮やかな色の口紅を引き、爪も同じ色に塗り揃えている。耳元には大粒の宝石が揺れ、首にはいくつもの宝石を連ねた大ぶりのネックレスが輝いていた。胸元の開いたドレスも鮮やかな色合いで、髪飾りをいくつもつけている。

 病弱だったジョアンナとは、何もかもが違った。ジョアンナも伯爵夫人として身なりには気を配っていたが、化粧は控えめで、宝石も大きさではなく質を選んだ。ドレスも上質ではあったものの肌の露出は控えめで、髪飾りもその日の装いに合わせて一つ選ぶ程度だった。身体が弱く、ときどき寝込むことはあったけれど、体調のよい日は必ずクリスティアーナの相手をし、娘をこよなく愛した優しい女性だ。

 庭で見つけた小鳥のこと。
 刺繍が少し上手にできたこと。
 どんな些細な話でも、クリスティアーナはジョアンナに話した。
 クリスティアーナは母が大好きだったので、余計に疑問や悲しさが胸に湧き上がった。
(お母様が亡くなったばかりなのに……どうして、もう別の人がお母様になるの?)
 けれど、それ以上にクリスティアーナの目を引いたのは、クラウディアの隣に立つヴィッキーだった。どう見ても、自分と同じくらいの年齢だ。彼女はじろじろとクリスティアーナを眺めてから、薄く笑った。
「あたしはあんたよりひと月遅く生まれたの。だから、お姉様って呼んであげるわ。あたしとあんたは腹違いの姉妹なんだって」
「腹違い……?」
 クリスティアーナはテニエス伯爵を見た。彼は舌打ちし、面倒そうに顔を背けた。
(私がお母様のお腹にいた時から……いいえ、もっとずっと前から、お父様はお母様や私を裏切っていたの?)
 喉の奥がつまった。いつも仕事が忙しいと言っていた。屋敷を留守にしていたのは、一生懸命仕事をしているのだと、クリスティアーナもジョアンナもそう信じていたのに。
 クリスティアーナが唇を噛むと、クラウディアが不機嫌そうに顔を歪めた。
「何よ、その顔! あたしがあんたのお母様になるのに、不満げな顔をするんじゃないわよ!」
「そんなつもりは……ないです」
「あんたの母親になんて、あたしだってなりたくないのよ。伯爵様から聞いていた通りだわ。随分生意気そうな子だし、まだ魔紋がないんでしょう? おまけに陰気な母親にそっくりなんて……最悪だわ」
 クラウディアは大げさにため息をつき、クリスティアーナは顔を上げた。
「お母様を知っているのですか?」
「会ったことはないけどね。いつも青い顔をして、具合が悪い、苦しいって寝込んでばかりいたって聞いたわ。怠け者の役立たずなのよね?」
「役立たずなんかじゃないわ。お母様は病気だったんです」
 思わず言い返した瞬間、テニエス伯爵の怒声が飛び、クリスティアーナの肩がビクリと跳ねる。
「クリスティアーナ! クラウディアに口答えをするな!」
「……はい」
「そうよ! あたしが平民だったからってばかにするんじゃないわよっ。あたしはね、あんたと違ってドラゴンの魔紋があるんだからね 。平民のわりには小さな火の玉を飛ばすことだってできるんだから」
 クラウディアは得意げに胸を張った。この国では、身分に関係なく多くの人間が魔力を持って生まれる。平民にも魔力はあり、日常生活で使う程度の簡単な魔法なら扱える者が多い。例えば火を灯すとかポットに水を満たす程度。風魔法なら高い木になった果物を一個か二個落とせる程度のものだ。

 さらにテニエス伯爵は、病気ばかりしていたジョアンナのせいで伯爵家がどれほど迷惑を被ったかと吐き捨て、急に表情を和らげながらヴィッキーの肩に手を置いた。
「ヴィッキーには敬語を使えよ。この子はお前と違って優秀だからな」
「敬語を……?」
 自分よりひと月年下の妹に敬語。戸惑っていると、ヴィッキーが得意そうに右手を差し出した。
「これを見れば分かるでしょう? あんたよりあたしの方がずっと偉いのよ」