バツイチだけど恋をしてもいいですか

 悔しい気持ちをこらえ、黙り込むしかなかった。

「――沢辺」

 その時、低い声がフロアに響いた。空気が一瞬で変わり、辺りが静まり返る。

 声を発したのは、神崎課長だった。

 背が高く端整な顔立ちに、隙のないスーツ姿。そして、感情が読み取れない冷たい眼差し。

 三十七歳で独身。プライベートを垣間見せない仕事人間で、有能すぎるあまり周囲から〝鬼課長〟と呼ばれ恐れられている。

 そんな神崎課長が、鋭い視線を駿介に向けていた。

「契約書の事前確認は、三営業日前までに法務に提出するのが決まりだが?」

 静かな問いかけに、駿介の笑顔が引きつる。

「えっと、今回はちょっと急ぎで」
「急ぎになった理由は」
「取引先の都合で……」
「どういう都合で今日の朝まで契約書が提出できなかったのか、具体的に教えてもらえるか」

 畳みかけるような問いかけに、駿介は目を泳がせる。

「いや、ちが……。いろいろ忙しすぎて、その……」
「忙しいのはどこの部署も同じだ。提出期限を守らない理由にはならない」
「で、でも俺は、子育てしてて――」
「子育てをしていれば、ルールを守らなくていいと?」