婚約破棄予定のはずなのですが、悪行もしていない、没落もしていない、嫌われてもいない?どうやって破棄してもらえばいいのでしょうか。

カイゼルはルシアナの髪を掬いキスをした。
「これでも君に、想いが伝わっていないのなら、悪いのは私ではない。君が鈍すぎるんだ」

ポロリポロリと涙が溢れた。
(――でも、それではいけないわ)

「わ、私と婚約破棄はしませんか?」

カイゼルはピタリと固まり、目を見開いてルシアナを見た。
「ひどいことを言う。いくら私でも傷付くぞ」

「う、うぅ」
(だって····)

傷付けた側がボロボロ泣くものだから、カイゼルも怒るに怒れないだろう。申し訳なくなってきた。

「――ふぅ」

カイゼルのため息に、ビクリとし、ルシアナはカイゼルを見た。
(怒らせた?)
するとカイゼルは優しい瞳でルシアナを見ていた。

「怒ってないのですか?何故····」

「私の勘違いでなければ、ルシアナ。貴方はこの物語の結末を知っているのでは?」
「えっ」
「もしくは、最近思い出したのか?」

ルシアナは驚いた。
「カイゼル様、貴方も【エリィの真実】を知っているのですか」

カイゼルは頷いた。
「私は物心付いた頃から、前世の、【エリィの真実】の記憶があった」

ルシアナは分からない。
「えっ、では何故、何故私に好意を持っているのです?」

カイゼルは少し思案して、ゆっくり話してくれた。

「どの世界の悪役も、そうだったか分からないが、貴方は最初から悪ではなかった。貴方と初めて顔を合わせた時、貴方は優しい子供だった。最初は悪女のルシアナだと気づかないほど」

カイゼルは愛おしそうに口を開く。
「前世を思い出し、急に泣き喚く私を何度も宥めてくれ、私はすぐに貴方が好きになりました。【エリィの真実】を思い出してからは、貴方の家が傾かぬよう、不幸な生い立ちにならないよう見守っていたら、やはり貴方は優しいまま悪女にはならなかった」

(やっぱりオルテガ侯爵家が没落しなかったのは、カイゼルのおかげだったのね)

「でも、貴方はエリィと結ばれないと幸せに····」
「ルシアナ、必ずしも私がエリィと幸せにならなければならないか?」

「え···」

「私はエリィではなく、貴方を幸せにしたい。····貴方と幸せになりたいのだ」

気付けばカイゼルの大きな手に頬が包まれ、熱の籠もった瞳にひたすらに見つめられている。切実な想いが伝わってくるようで、ルシアナはカイゼルの手に頬を擦り寄せた。

「それが、叶うなら···」
「叶えてみせよう」
カイゼルは言うなり、顔を寄せて深くキスをした。
――長い。苦しくなって口を離したが、またすぐに引き寄せられた。カイゼルのぎらりと欲望を孕んだ金の眼にくらくらしながら、3度目のキスをした。

酸欠になりかけ、ようやくカイゼルはルシアナを解放した。


「病み上がりに本当にすまない」
見るからにしょんぼりとしたカイゼルに、ルシアナは微笑ってしまった。