令和八年。
大分県日田市天瀬町にある、高塚愛宕地蔵尊。
小太郎は、境内をゆっくりと歩いていた。
木々の間から差し込む木漏れ日。参拝客の話し声。風に揺れる木の葉の音。
いつもと変わらないはずの場所だった。
そのときだった。
――カラン、コロン。
どこからか、下駄の音が聞こえた。
「……ん?」
小太郎は、ふと足を止めた。
もう一度、耳を澄ます。
カラン、コロン。
日田下駄の、どこか懐かしく、優しい音。
音のした方へ視線を向けた瞬間、小太郎の周囲から人の気配が消えた。
「……え?」
先ほどまで聞こえていた参拝客の声も、鳥のさえずりもない。
境内は、まるで時が止まったかのように静まり返っていた。
そして、小太郎の目の前に広がっていた景色は、先ほどまでとはまるで違っていた。
空から、白いものがひらひらと舞い落ちてくる。
雪だった。
「雪……?」
大分のこの場所で、突然の雪。
戸惑いながら辺りを見回した小太郎は、ふと、一人の女の子に目を奪われた。
そこにいたのは、雪のように白く、美しい着物をまとった少女だった。
透き通るように白い肌。
綺麗な二重の瞳。
長いまつ毛に縁取られた瞳は、降りしきる雪の中で静かに輝いていた。
少女は、寒さに耐えるように両手を胸元に寄せていた。
その手は、雪にさらされて赤くなっている。
それでも少女は、空を見上げながら、じっと雪を眺めていた。
小太郎は、思わず声をかけた。
「あの……大丈夫?」
少女は驚いたように振り返った。
「……?」
二人の視線が重なる。
少女の瞳には、見知らぬ少年への戸惑いが浮かんでいた。
小太郎は、自分の服装を見下ろした。
現代の高校生の制服。
スマートフォンもある。
なのに、目の前の少女は、まるで時代劇から抜け出してきたかのような姿をしていた。
「ここって……どこなんだ?」
少女は不思議そうに小太郎を見つめていた。
小太郎は、胸の中に湧き上がる不安を抑えながら、恐る恐る尋ねた。
「ねえ。今って、何年なの?」
少女は、少し首をかしげた。
そして、当たり前のことを答えるように、静かな声で言った。
「天正十年ですよ」
「……てんしょう?」
小太郎の顔から、血の気が引いた。
天正十年。
西暦一五八二年。
本能寺の変が起きた、戦国時代。
そんなはずがない。
自分は、ついさっきまで令和八年を生きていた。
四百四十四年もの時を、越えてしまったというのか。
「嘘……だろ……」
呆然と立ち尽くす小太郎。
その頬に、冷たい雪が触れた。
少女は、赤くなった手をそっと握りしめると、小太郎を見上げた。
「あなたは……どちらからいらしたのですか?」
小太郎は答えられなかった。
自分がどこから来たのか。
令和という時代が、この少女に通じるのか。
何もわからなかった。
ただ、目の前にいる少女から、目を離すことができなかった。
「……俺、小太郎。鶴川小太郎」
少女は、ふわりと微笑んだ。
「私は、おゆきと申します」
カラン、コロン。
再び、どこからか日田下駄の音が響いた。
雪は静かに降り続いている。
このとき小太郎は、まだ知らなかった。
この不思議な出逢いが、自分の人生を大きく変えることを。
そして、この雪の日に交わした言葉が、四百四十四年後の未来まで受け継がれる約束になることを。
令和八年から天正十年へ。
時を越えた二人の物語が、いま始まった。
大分県日田市天瀬町にある、高塚愛宕地蔵尊。
小太郎は、境内をゆっくりと歩いていた。
木々の間から差し込む木漏れ日。参拝客の話し声。風に揺れる木の葉の音。
いつもと変わらないはずの場所だった。
そのときだった。
――カラン、コロン。
どこからか、下駄の音が聞こえた。
「……ん?」
小太郎は、ふと足を止めた。
もう一度、耳を澄ます。
カラン、コロン。
日田下駄の、どこか懐かしく、優しい音。
音のした方へ視線を向けた瞬間、小太郎の周囲から人の気配が消えた。
「……え?」
先ほどまで聞こえていた参拝客の声も、鳥のさえずりもない。
境内は、まるで時が止まったかのように静まり返っていた。
そして、小太郎の目の前に広がっていた景色は、先ほどまでとはまるで違っていた。
空から、白いものがひらひらと舞い落ちてくる。
雪だった。
「雪……?」
大分のこの場所で、突然の雪。
戸惑いながら辺りを見回した小太郎は、ふと、一人の女の子に目を奪われた。
そこにいたのは、雪のように白く、美しい着物をまとった少女だった。
透き通るように白い肌。
綺麗な二重の瞳。
長いまつ毛に縁取られた瞳は、降りしきる雪の中で静かに輝いていた。
少女は、寒さに耐えるように両手を胸元に寄せていた。
その手は、雪にさらされて赤くなっている。
それでも少女は、空を見上げながら、じっと雪を眺めていた。
小太郎は、思わず声をかけた。
「あの……大丈夫?」
少女は驚いたように振り返った。
「……?」
二人の視線が重なる。
少女の瞳には、見知らぬ少年への戸惑いが浮かんでいた。
小太郎は、自分の服装を見下ろした。
現代の高校生の制服。
スマートフォンもある。
なのに、目の前の少女は、まるで時代劇から抜け出してきたかのような姿をしていた。
「ここって……どこなんだ?」
少女は不思議そうに小太郎を見つめていた。
小太郎は、胸の中に湧き上がる不安を抑えながら、恐る恐る尋ねた。
「ねえ。今って、何年なの?」
少女は、少し首をかしげた。
そして、当たり前のことを答えるように、静かな声で言った。
「天正十年ですよ」
「……てんしょう?」
小太郎の顔から、血の気が引いた。
天正十年。
西暦一五八二年。
本能寺の変が起きた、戦国時代。
そんなはずがない。
自分は、ついさっきまで令和八年を生きていた。
四百四十四年もの時を、越えてしまったというのか。
「嘘……だろ……」
呆然と立ち尽くす小太郎。
その頬に、冷たい雪が触れた。
少女は、赤くなった手をそっと握りしめると、小太郎を見上げた。
「あなたは……どちらからいらしたのですか?」
小太郎は答えられなかった。
自分がどこから来たのか。
令和という時代が、この少女に通じるのか。
何もわからなかった。
ただ、目の前にいる少女から、目を離すことができなかった。
「……俺、小太郎。鶴川小太郎」
少女は、ふわりと微笑んだ。
「私は、おゆきと申します」
カラン、コロン。
再び、どこからか日田下駄の音が響いた。
雪は静かに降り続いている。
このとき小太郎は、まだ知らなかった。
この不思議な出逢いが、自分の人生を大きく変えることを。
そして、この雪の日に交わした言葉が、四百四十四年後の未来まで受け継がれる約束になることを。
令和八年から天正十年へ。
時を越えた二人の物語が、いま始まった。

