嫌われ公女が継母になった結果

貯蔵庫に案内され、この地での越冬の厳しさを知った。

カトランが領内の視察を繰り返しているのは、戦争で荒廃した領地の領民に、越冬のための食料や薪を配って歩くためだった。

城の周囲に村はなく、背の高い樹々に囲まれている。農地は見えない。

貯蔵庫の物資を丁寧に確認し、マルクに帳簿を見せてもらう。


「数字……、合わないわね」


と、ザザと一緒に、帳簿とにらめっこ。

貯蔵庫の管理や食料の調達は、家政の大事な仕事のひとつだ。

戦争で傷付いた領地で、農作物や家畜の管理というところまではまだ行かないけれど、越冬のための物資は気にかかる。

何度も貯蔵庫に足を運んで数え直しては、帳簿と照らし合わせる。


「こりゃ……、不正とかじゃないね」

「ええ。単に、慣れてないだけだと思う」

「まあ、みんな武人だもんな」


この城に、まだ文官はいない。

ザザと話し合って、物の出し入れの際は伝票に記入してもらう方式に改める。


「ちょちょいと書いといてくれたら、集計やらなんやらはこっちでやるから」


と、雑貨屋での在庫管理に慣れているザザが、貯蔵庫に関わる兵士たちに説明してくれた。

視察から戻ったカトランにも説明し、事後だけど許可を得る。


「うん……。これは、助かるな」


整理し直した帳面をパラパラとめくるカトランの呟きに、スッと息を吸い込んで、胸に貯めてしまう。

役に立てている。と、廊下でスキップしてしまった。

後ろで、わたしを真似たザザもひとつステップを踏んで笑った。


「良かったね。褒めてもらえて」

「うん……」


パトリスも交えた晩餐は、カトランが在城してるときだけに限っている。

母と息子としては距離のある対応かもしれないけど、謹厳な家風を重んじるカトランの意志を尊重したい。

わたしが〈乱倫の家〉の空気を持ち込む者でないと認めてくれたとはいえ、余計な心配を増やしたくない。

無言で食事を終え、3人でお茶にする。

カトランは領内の村々の様子を話してくれるようになった。

真剣に耳を傾ける。

領内の統治は、領主の家政に直結している。余計な口は挟まないけれど、大切な情報を聞き逃さないようにと集中した。

次の視察からカトランが帰って来たとき、執務室で資料を広げた。


「……恐らく、城内の越冬物資が、少しだけ足りないのではないかと……」

「ふむ……」


と、資料に目を通すカトランの真剣な表情を緊張して眺めた。

領内の荒廃がカトランの予測よりひどく、領民に配る物資が多くなっている。


――たぶん、カトランなら、領民に我慢させるのではなくて、城内の暮らしを切り詰めようとするはず……。


マルクは、


「がはははははっ! 我らは酒さえ切らさなければ、あとは何とかなります!」


と、笑うけど、事前に解っているなら対策が打てるのではないかと、思い切ってカトランに報告してみたのだ。

ドキドキする。

差し出がましいと、不愉快にさせてしまうかもしれない。

真っ赤な瞳が忙しなく動き、資料を上から下まで丁寧に確認してくれていた。


「うむ、確かに。……今の積雪ならギリギリ、ヘラジカやノロジカの猟が間に合う。すぐにマルクを向かわせよう」


と、カトランが資料を机に置いた。


「ありがとう、アデール」

「あ、はっ、はいっ!」

「期待以上だ。これからも、よろしく頼む」


廊下でターンした。

ザザが小さく拍手してくれる。


「よっ! ご夫人! 有能夫人!」

「ちょ……、やめてよぉ……。有能だなんてぇ……」


という、自分の頬が緩むのを止められなかった。

両手で持ち上げて、火照っていることにも気が付く。あー、緊張した。

その晩は、カトランが領内の狩猟や漁獲について教えてくれた。獲れた獲物は、塩漬け、燻製、乾燥などを経て貯蔵される。

翌朝、視察に出かけるカトランを見送る。

そして、マルク率いる狩猟隊の出発も見送った。

薄く積もった雪と、焦げ茶色の樹々。

見慣れない景色を美しいと感じ、しばし見惚れてから、パトリスが見送りに出てこなかったことに気が付いた。


――寒くなってきたし、体調を崩したりしてないかしら……。


そういえば、昨夜のお茶の席でもずっと黙っていたと心配しながら、パトリスの部屋に向かうと、真剣に学問に取り組んでいて、ホッとする。


「パトリス? どうして見送りに出なかったの?」

「うん? ……う~ん……」


と、パトリスは手元の書物から目を離さない。

いまは学問の時間だし、邪魔したらいけないと思い、そぉ~っと部屋を出ようとしてから気が付く。


「そうだ、パトリス。今日は久しぶりにゲームしましょうか? 攻城戦ゲーム」

「……いい」

「え……?」

「……やらない」

「そ……、そう?」


と、尋ねたわたしに、パトリスは何も応えてくれなかった。

少し戸惑ってしまったけど、学問に集中しているのだと思い、そのまま部屋を出た。

城にはカトランもマルクも不在で、兵士たちは何か問題が起きると、わたしの部屋に訪ねて来るようになった。


「あの~、アデール様。……下男が熱を出して寝込みまして。手持ちの薬草で様子を見ましょうか。それとも村の薬師を呼ぶべきですかね?」

「まあ、それは心配ね。ちょっと、わたしも様子を見に行きますね」

「え? それは、わざわざ済みません」


とか、


「貯蔵庫の麦に湿気がきてるような……」

「まあ、大変! すぐ見に行きますね。カビてしまったら冬の間、困りますものね」


などと、家政を担う夫人の仕事に追われて過ごす。

頼られるのが嬉しいし、わたしも張り切って城の中を駆け回った。

そんな、兵士からの相談を受けているとき、ふと、扉の向こうからパトリスがジトッとわたしを見ているのに気が付いた。


「あ。パト……」


と、わたしが名前を呼びきる前に、パトリスはプイッと行ってしまった。

謹厳な家風にあわせ、部屋に兵士を入れるときには扉を開けっ放しにしている。

パトリスの態度は気になったけど、兵士からの相談も捨て置けない。最後までちゃんと聞いて、対応に城内を歩いた。


――あれ? ……パトリスから嫌われた?


と、背筋に冷たいものが走る。

こういうとき、早めに解決せず放置することが、どういう結果を招くのか。わたしはよく知っていた。

だけど、カトラン不在の時は晩餐も一緒にしないし、なかなかパトリスと話す機会がつくれない。


「しばらく、一緒に遊んでやれなかったから、拗ねてるのかねぇ……?」


と、ザザが首をひねる。


「う~ん……」

「ま。そのうち、機嫌なおすでしょ? 子爵様が戻ったら、相談してみよ?」

「……うん。そうね」


最近、家政に夢中でパトリスと遊んでいなかった。パトリスに寂しい思いをさせていたのかもしれない。


――カトランが帰ったら、一緒にゲームをとお願いしてみよう……。


と、ジリジリと気持ちを重たくしながら、カトランの帰城を待った。


  Ψ


けれど、カトランが帰るまで、何もしないでいる気にもなれなかった。

わたしは意を決して、兵士たちの食堂に足を運ぶ。

家政を通じ、兵士たちとはだいぶ交流することが出来ていた。

だけど、なにせ、ザザには、


――いいケツしてんな!?


とか、言っちゃう人たちだ。

砕けた席に混ざりに行くのは勇気がいる。

それでも、なにかパトリスの異変について知っていたり、気が付いてることがあるかもしれない。


「大丈夫だって! 失礼なこと言うヤツには、私がビシッと言ってやるからさ!」


と、ザザに励まされながら、恐る恐る、酒盛りをしてる席に顔をのぞかせた。


「お、おお~っ! アデール様!? さ、どうぞどうぞ……」


兵士たちは、快くわたしを受け入れてくれた。奥の席に通され、ザザと並んで座る。


「アンタら!? 今日は下ネタ禁止だからね!? アデールを前にして変なこと言ったら、子爵様に言い付けるよ!?」

「へへっ。分かってますよぉ~、ザザの姐さん」


なんだか、いつの間にかザザは、兵士たちから慕われているみたいだった。

いきなり本題というのも構えさせてしまいそうで、ザザが世間話を振ってくれる。


「まあ!? ……山賊!?」

「へへっ……。そうなんですよ。元は山賊の頭だったのを、カトラン様に拾ってもらったんでさ」

「アデール様? こいつ、カトラン様に3度挑んで、3度ともコテンパンにやられたんですぜ?」

「バカ。お前なんか、4回だろ!?」


そう言いながらも、みな楽しそうだし、カトランを心から尊敬していることが伝わってくる。

わたしはお茶をいただいていたけど、気持ちのいいお酒というのは、こういうことを言うのだなと思った。

お酒と言えば、怠惰や堕落、退廃的なものだと思っていた。

けれど、そうではない世界もあるのだと、目から鱗が落ちる。


「パトリス様……? さあ、変わったところがあるようには見えませんけどね……」


話題は自然とパトリスの話になった。

でも、パトリスに異変を感じている兵士はいない。彼らの目に、大人しいパトリスは普段通りに見えていた。


――わたしにだけ、か……。


と、少し気持ちが落ち込んだ時、隅の席に座る年老いた兵士が口を開いた。


「……あの子は、偉い子だ」


ザンバラの白髪に、片目は傷でふさがっている。低いしわがれ声で、首元から大きな傷跡がのぞいているのも印象的だった。

小柄だけど引き締まった身体で、何も喋らず背中を丸めて、チミチミと舐めるようにお酒を飲んでいた。


「……儂らはみんな新参者。古くから子爵家に仕えるのはマルク殿だけだ」

「ええ、そうね……」

「だから、詳しいことは分からねぇ。……でも、まだ6歳のあの坊やは……」


と、老兵士は鼻をすすった。


「……いつも、この城がまた攻められたときのことを考えてる」

「え?」

「よほど、……ツラいことがあったんだろうな」

「ジイさん。酒の席だ。知ってることがあるんなら、アデールに教えてやれば?」


と、頬杖をついたザザが、笑うように軽い調子で言った。


「ふんっ。……姐さんにはかなわねぇな」

「バ~カッ。ジイさんの姐さんじゃ、私がバアさんになるじゃねぇか?」


ザザがおどけた調子でそういうと、みながドッと笑い、老兵士の表情も和らいだ。

みなが静かになり、老兵士の言葉を待った。


「……あの子はな」


と、食堂に響く老兵士のしわがれ声に、わたしも耳をそばだてた。