嫌われ公女が継母になった結果

セリアは、連れてきたメイドたちと一緒に女性用の山荘に逗留させている。

メイドたちが隠し持っていた肌の露出が多い衣服はすべて没収し、落ち着いたものを進呈した。

給仕班の厳つい兵士が出す武骨な料理を、不平そうに食べている。正使であるセリアが突き上げられてるらしいけど、わたしの知ったことではない。

若葉の芽吹いた清々しい景色を楽しめばいいものを、彼女たちの目には入らないらしい。

夜中に抜け出し、男性用の山荘に忍び入ろうとしたメイドを捕え、謎の抜け道を発見することが出来た。

やはり、悪い道は悪人に見付けてもらうのが一番だと、妙に納得してしまった。

セリアとの無言の入浴を続ける中、お試し初回への準備が着々と進む。

そして、セリアが王都に戻る日が来た。

一旦、城に戻り、儀仗をもって見送る。

その直前、パトリスがわたしの手を握った。


「あのね……、継母上」


と、控え目な声で、俯き加減に頬を赤くするパトリスに、膝を折って耳を近付けた。

辺境伯家の騎士団が勢揃いし、勇壮なる儀仗を披露し、セリアたちを圧倒した後、カトランと共に見送りに出た。

カトランと並ぶわたしの腕の中には、パトリスがいる。

わたしに、しっかりとしがみつき、セリアの方をチラッと見た。

セリアが忌々しげに唇を噛んだ。

もはや、本性を隠す必要もないと思ったのか、露骨に憎悪を表してきた。

にこやかに送別の言葉を述べる。


「セリア・ポワチエ男爵夫人。使者の役目、大儀でした。ランベール大公家よりの祝意。たしかに受け取りましたわ」

「それは、なによりにございます」


拗ねた様な投げやりな返答にも、悠然と微笑を返した。


「そうそう、母への伝言を頼みます」

「……なんでございましょうか?」

「アデールは幸せです……、と伝えてくれますか?」

「……かしこまりました。次にお会いする機会があれば、アデール様が公女の身分でいらっしゃるかどうか分かりませんけど」

「それは、困ったな」


と、カトランが冷ややかに言った。

そして、わたしの肩を抱く。

ビクッとしたのは、わたしだ。

こんなに近い距離にカトランが来るのは初めてのこと。思わず顔を見上げると、柔らかに微笑んでいた。


「アデールが公女でなくなるのか」

「ええ……。私の報告次第では、そのようなこともあるでしょうね」

「困ったな」

「でしたら……」

「アデールに辺境伯夫人の称号しか残らないのでは、ますます絆が深まってしまう」

「なっ……」


近い距離のカトランにドキドキしながらも『ここだ!』と思ったわたしは、そっと、パトリスの足の裏をくすぐった。


「うひっ!」


パトリスの笑い声が城壁に反響して、みなの耳まで届く。

騎士団の兵たちがドッと笑い、温かい視線でわたしたち家族を眺めた。

カトランも頬を緩め、柔らかく優しげな眼差しでパトリスを見詰めている。

カトランは、パトリスの笑顔が好きだ。

ただ、パトリスは口を尖らせ、わたしを控え目な視線で可愛らしく睨んでいる。


「なにをするのですか……、継母上」

「ごめんね。つい」


パトリスはわたしの身体を少しよじ登り、耳元に口を寄せた。


『……ボク、まだ「もう、いいよ」って言ってないのに、ズルはダメだよ』

『本当ね。ごめんなさい、パトリス』


わたしたちのヒソヒソとしたやり取りを微笑ましげに見守っていたカトランが、セリアに向き直った。


「ご使者殿」

「……なんでしょうか」


王国最強の騎士団が楽しげな笑いに包まれる中、セリアの従者たちは肩をすくめて小さくなり、こちらを恨めし気に見詰めていた。


「俺からも女大公殿下に伝言を頼もう」

「……はい」

「良き妻をいただいた。生涯、大切にさせてもらう」

「……それだけですか?」

「そうだ」

「……たしかにお伝えいたしましょう」

「ご使者殿には、もう二度と会うことはないだろうが、壮健にな」

「……ありがたきお言葉」

「野垂れ死にでもされたら、却って寝覚めが悪い。ロウソクが燃え尽きるように、静かに消え去るのが良いだろう」

「くっ……」


セリアは踵を返し、馬車に乗り込んだ。

この結果を、母女大公がどのように受け止めるのかは分からない。

ただ、セリアが評価されることはないだろう。

新辺境伯は女大公からの使者を、礼を尽くしてもてなした。という体裁は完璧に整えてある。

もてなしを受け取れなかったとするなら、使者の恥であり、ひいては母女大公の恥となるように。

祝賀使の隊列が遠くなり、皆で城の中に戻った。

セリアが立ち去るまで限定の〈抱っこゲーム〉だったはずだけど、結局、晩餐の時間まで、パトリスがわたしに『もう、いいよ』と言うことはなかった。

居心地良さそうに、わたしに抱かれたままでいてくれた。

パトリスの頭をそっと撫でると、ニコッと笑ってくれて、それから照れ臭そうに、わたしの肩の辺りに顔を隠した。

そんなパトリスを、カトランも微笑ましそうに眺めていてくれた。


  Ψ


セリアの急な訪問で遅れていた〈お試し初回〉の日が近付く。

わたしまでソワソワしながら、最終チェックをしていく。

つつがなく終ること。

なにより、楽しかったという感想を村に持ち帰ってもらうこと。

皆がリラックスできるよう、余計な干渉をしないようにすること。

ザザにも手伝ってもらいながら、入念にチェックしていく。


「門限は21時か……」

「ええ、休暇とはいえ、あまり夜遅くまで出歩くのも……」

「そうだな。まあ……、温泉のほかには何もないところだし、いいんじゃねぇか?」


そして、いよいよ温泉に向けて出発しようという前日。

突然、先触れもなく第二王女侍女のマノンが、城に訪れた。


「密使……、というほど大袈裟ではないのですが……」


と、黒縁眼鏡をクイッと上げる。


――セリアを懇切丁寧に追い返したことが、王都でなにか波紋を呼んでいるのか?


と、緊張の面持ちで、律儀そうな侍女の顔を見詰めた。