嫌われ公女が継母になった結果

晩餐会を終えた夜分。カトランの居室に足を運んだ。

普段、家政の報告や相談は執務室で行っているので、居室に入らせてもらったことは数えるほどしかない。

どの部屋にも増して簡素な設えで、ソファに腰を降ろすと、ミシッという音がした。


「……パトリスを?」


と、カトランが険しく顔を歪めた。

セリアをもてなした、晩餐会でのことを報告している。

もっとも、晩餐会はふたりきり。

会食と言ってもよいのだけど、セリアは母女大公からの密命をわたしに漏らした。

カトランの真っ赤な瞳が、わたしから逸れた。


「……大公家としては、その方が都合が良いのだろうな……」

「パトリス周辺の警護を強化するようにと、マルクに命じました」

「警護の人選は?」

「マルクに任せてあります」


カトランとセリアの間に起きたこと。詳しい内容は、わたしも聞かされていない。

カトランの苦しさを、わたしは共有できない。

話して楽になるものなら、いくらでも聞かせてもらう。だけど、カトラン自身が語ろうとしないものを無理に聞き出すものでもない。

わたしが王都でのことを、詳らかには語ろうとしないように。

カトランの瞳がわたしを映さないまま、口元が動いた。


「……パトリスは渡さない」

「ええ。それで、よろしいかと」

「……本当に、いいのか?」

「え?」

「大公家で、アデールの立場がなくなるのではないか?」


最初に会ったときよりも、さらに冷えた口調だった。

グンッと、カトランが遠くに行ってしまったような錯覚を覚える。


「……パトリスを子爵に推挙したのは、わたしです」

「……そうだな」

「母は……、わたしの意向を蔑ろにしたのです」


カトランは、なにも応えなかった。

まるで、わたしの言葉など、すべて信じられないかのように。


「カトラン……」

「……なんだ?」

「わたしは……、母に復讐したい」

「……復讐?」

「母がいなくても……、わたしは幸せになれるのだと、……見せ付けてやりたい」


わたしも、カトランから視線を逸らした。

おなじ方向を向いて、夜の暗い窓の外を眺めた。

孤立無援で過酷な戦争を戦い抜いた、カトラン。数々の裏切りにあい、兄を失い、一時は領地も失い、それでも諦めなかった。


「……わたしを、妻にしてください」


静寂が、妙に優しく感じられた。

本当に思っていることだけを口にする。その安堵が、胸のうちに広がった。

男女の恋の機微など、わたしには分からない。まして、恋の駆け引きなどしたこともないし、やり方も分からない。

楽しいものだとも思えない。


「わたしでは……、カトランの気持ちを上書きできませんか?」


カトランが激しく感情を揺さぶられ、昂ぶらせているのは、まだどこかでセリアのことが好きだからなのではないか。

そう言ったも同然のことを、カトランに投げかけてしまった。

そして、自分の心が、帝国軍9万の命を奪った、この恐ろしい狂戦公に激しく惹かれているのだと、ハッキリ自覚した。


「わたしが、母女大公から公女の身分を剥奪されてしまっても……、ずっとお側に置いてもらえませんか……?」

「いや」


ふっと、カトランの声が軽くなった。

顔を向けると、ニヤリと笑っていた。


「使えるものは、使わせてもらえばいい」

「は、はい……」

「狂戦公カトラン・ガルニエの妻になってくれるのだろう?」

「はい……」

「強かにあれ」


カトランの表情は柔らかく優しげで、それは、上官のするそれとは違っていた。


「だが、残念だ」

「え?」

「親の承諾がない場合、男女の婚姻は18歳からと、アデールが家規に定めてしまった」

「……あっ。え?」

「ふふっ。……既に夫人ではあるが、妻とするのは、あと2年、待つことにしよう」

「はい……」


ドキドキと胸が高鳴る。

居心地が悪い。

上官と部下のような関係が、霧散したように感じる。


――バ~カッ。そういうことの対象として見られてるって思ったら、急に恐くなったりするんだよ。乙女ってのは!


ザザの言葉が、胸に蘇る。

恋愛経験が豊富なら、ここでカトランの隣に座り直したりするのだろうか?

正しいふる舞いが分からない。


「俺は、アデールの身分がどうあろうとも、2年後、必ず妻としよう」

「は……、はい」

「ただひとり、アデールを妻としよう」

「……本当ですか?」

「本当だ」


胸のうちに染み渡る熱いものが何なのか、わたしには経験がなかった。

ただ、カトランと見詰め合った。


  Ψ


部屋に戻り、ザザに根掘り葉掘り聞かれるのだけど、うまく答えることが出来ない。


「絶対、なんかあったって顔してるのになぁ~」

「な、なんかは……、あったわよ」

「それを聞かせてほしいんだよ」

「う、うまく言葉に出来ないのよ……」


当主夫人として、女大公の使者からの理不尽な要求への対処を当主に相談に行って、恋に落ちて帰って来ました。


――好きになるって、こういうことなのか……。


と、気が付いたのは、ひとりで布団をかぶってからのことだ。

ゴロゴロと、身悶えした。

ただ、セリアがこの城から去った訳ではない。油断のできない日々が続く。

ソランジュ殿下をもてなしたのと同じ回数だけ晩餐会を開き、わたしがひとりで接遇する。


「それで、アデール様。パトリスのことは……?」

「当主カトランと協議中にございますわ」


にこやかに返答し、それ以上の問いを許さない。

結論は既に決まっていても、それはセリアが去る日に伝えたので充分だ。

夫人として家政の業務を再開させ、お試し初回の準備を進める。

セリアたち一行は城の一区画に閉じ込め、外に出ることを許していない。不満があるなら帰ればいい。

それ以上にセリアの身の上について詮索することはやめた。

いかにして男爵家に再嫁し、いかにして母女大公に取り入ったのか。すべて、いまのガルニエ家には関わりのないことだ。

知りたいと思えば、セリアと母女大公の術中に落ちる。

ガビーを城に呼び、ワクワクと一緒に胸を躍らせながら、お試し初回の打ち合わせを終え、部屋を出たときのことだ。

廊下に、セリアがいた。


「何をしているのです? ……こちらへの立ち入りを許した覚えはありませんが」

「申し訳ありません。つい、懐かしさを募らせてしまい……。勝手知ったる城の中ををと……」


と、セリアは儚げな表情で涙をぬぐった。


「ただちに部屋に戻り……」


そのとき、わたしの顔が青ざめた。

セリアの肩越しに、廊下の先にパトリスの姿が見えたのだ。

そして、わたしの表情が、セリアに気付かせてしまった。


「ああ……、パトリス」


と、駆け寄るセリアを止める手が、宙を切る。

脳裏に、セリアに抱き締められて身体を強張らせるパトリスの姿がよぎった。


「パトリス! 逃げて!!」


体裁なく叫んでいた。