嫌われ公女が継母になった結果

飾り気のない貴賓室。丁寧に手入れされた調度が並ぶ。

セリアはそれらを一つひとつ、懐かしげな視線で眺めてから、腰を降ろした。


「そうですか……、カトランは」


と、カトランの欠席に、セリアが寂しげに呟いた。

わたしは、飽くまでもにこやかに応答し、接遇の役目を果たす。


「男爵夫人。……カトランは、この城の主にして辺境伯。敬意を払わないのは、母女大公の指示ですか?」

「いえ、そのような……」

「貴女から、カトランが呼び捨てにされる謂れはないと思いますけれど……?」

「……つい、懐かしさのあまり……」


と、セリアは片目の涙をぬぐった。

なるほど、これは清楚で可憐。仕草にも気品があり、身分の低さを感じさせない。


「……ガルニエ家の前当主夫人としての礼遇を求められるのなら、そのように取り計らいますが?」

「アデール様のお心遣い、誠にありがたきことながら、いまは女大公殿下より使者の任を受けた身。……それは、また日を改めさせていただき、追い追いと……」

「でしたら、男爵夫人は当家の家族ではございませんわね。……言葉遣いをお改めいただけますか?」

「失礼いたしました。……無作法をお許しくださいませ」


カトランの兄、前当主夫人の立場を主張してくるのかと思ったけれど、そうではないらしい。

ただ、セリアを前当主夫人として扱うならば、この城が落城した時の責任を問うこともできた。

母女大公の権勢を盾に、スルリと身を躱したとも受け取れる。

いずれにしても、決断を下すのは当主であるカトランの役目だ。

わたしは、この城の夫人として、にこやかな宴席でもてなす体裁を保ち、カトランに考える時間をつくってあげたい。

ザザが料理を運んでくれ、静かな晩餐会が始まる。


「……アデール様も退屈されているのではありませんか?」

「退屈とは?」

「こちらは北の辺地。王都と違い、何もございませんもの。劇場も、遊技場も、庭園も、饗宴場も、闘技場も、サロンも……」

「……男爵夫人は、随分、王都の生活に馴染まれているのですね?」

「はい。皆さまにとても良くしていただいて……」


おっとりと清楚に見えるセリアだけど、王都では享楽に耽っているのだろう。

王都の庭園など、退廃の極み。

迷路のような植栽の繁みで、普段とは違った趣向の快楽に溺れるばかり。季節の花や景色を楽しむ者などひとりもいない。

饗宴場も遊技場もサロンも、似たようなもの。

この分では、セリアにも恋人が何人いるか分かったものではない。


「王都のご友人も、アデール様のご不在を悲しまれているのではありませんか?」

「……王都に、わたしの友人などおりません」

「まあ……」

「わたしは、お母様に嫌われておりますゆえ。……ご存知なく、使者の役を受けたということはないのでしょう?」

「それは……、ええ」

「わたしには、この北の地が合っておりますのよ?」

「それは……、よろしゅうございました」


セリアは困ったように笑い、それでもわたしから視線を外さない。


――いや……。


と、内心、苦いものを噛み締める。

セリアや姉のファネットがはべらせる者たちを〈恋人〉などとは呼びたくない。

もとより、母女大公の使者が連れてくる従者たちに乱れた風紀を持ち込ませないようにと、マルクたちには厳命してある。

城の中の動線を塞ぎ、彼らを収める区画からは、この貴賓室にしか繋がっていない。

安全のためでもある。

気性の荒い兵士たちが、堕落した従者などに激昂すれば、乱闘沙汰もあり得る。

みだらなメイドが誘惑などしてくれば、即座に斬り捨てかねない。

そうなれば、相手は政治巧者の母女大公だ。

政治的に圧殺する道具にしてくるだろう。

武力において圧倒しているとはいえ、油断はできない。

ようやく平穏を取り戻そうとしている村の娘や子ども、老人たち。彼らの笑顔を曇らせるようなことはしたくない。

そう思えば、味のしない晩餐を、心にもない微笑で乗り切る気力も湧いてくる。


「けれど、アデール様とこうして二人きりでお話しできる機会を早々にいただけるとは、大変幸甚に存じます」

「……左様ですか」


思わせぶりな言い回しに「それはどういうこと?」と、問いで返せば、セリアに主導権を握らせてしまう。

にこやかに返答し、料理を口に運んだ。

もちろん、暗にザザを下がらせるよう求めていることなど相手にしない。


「……女大公殿下より、密命を受けておりますれば……」

「ええ。どうぞ?」

「いえ、その……。お人払いを……」

「ふふっ。……大公家の家人ごときが、ずいぶん大きな口を叩きますわね?」

「……え?」

「わたしの侍女を下がらせろと?」


にこやかに、セリアを見詰める。

わたしが本気で身分を振りかざせば、男爵などという爵位は、平民と変わりない。

まして、その夫人など、名乗りを許さず退けることも出来るのだ。

家人扱いが悔しくとも、セリアは母女大公の使者として席を立つことも出来ない。

クスクスと、わたしを〈嫌われ公女〉だと貶めて嘲笑い、孤立させる手立ても、この北の辺地には存在しない。

カトランとパトリスを守るためなら、わたしはなんでも出来る。


「用向きを申せ」

「あ……」

「……二度、言わせるのか?」


セリアの微笑に、ほころびが見えた。

嘲笑と侮蔑に囲まれ、小さくなって呼吸も出来ずに過ごした王都でのわたしを聞かされていたのだろう。


――話が違う……。


という顔を、セリアが一瞬だけ見せた。


「……パ、パトリスを引き取らせていただきたく……」

「断る」

「し、しかし……、女大公殿下の思し召しにございますれば……」

「アデールが断ったと伝えよ」

「……お、恐れながら……」

「なんですか?」

「……ア、アデール様とカトラン公の間にできる御子に、辺境伯家を継がせてこそ……、婚姻の意味が……」

「既に、パトリスが世子たるは、王家よりの承認も受けています」

「……ゆ、ゆえに密命と……。恐れ多いことながら……、女大公殿下がアデール様に向けられる母心に、大変感銘を受け、使者の任を受けましてございます」

「母心……、ですか」

「わ、私にも……、パトリスへの母心がございます。どうか、ご慈悲を……」


白々しいことを言うものだ。

セリアの行いが、どれほどパトリスとカトランの心を苛み続けているか。

美しい涙をひと筋垂らしたくらいで、なかったことに出来るものではない。

まして、単身この城に姿を見せ誠心誠意、謝罪するのでもなく、母女大公の権勢をかさにきて、自分の行いには毫も触れない。

本心も本性も知れたもの。

と、すべてを糾弾したい気持ちを、グッと抑えた。

セリアの背後には、母女大公がいる。

わたしたちの心を掻き乱すのは、母の策略だろう。

うかうか乗せられる訳にはいかない。


「用向きは分かりました。当主であるカトランともよく話し合いましょう」

「……カトラン……公、と……」

「当然でしょう。……それとも、わたしがカトランと話し合うことに、何か不都合なことでもありますか?」

「い……、いえ。……よろしくお取り計らいくださいませ」

「わたしが、断ったということを忘れないでくださいね」


にこやかに応え、最後のお茶を無言でいただいた。


「私、いらなかったんじゃねぇか?」


と、部屋に戻って、わたしのドレスを脱がせてくれるザザが笑った。


「……そんなことないわよぉ。内心ではビクビクしてたんだからぁ」

「ほんとかねぇ? なかなかの迫力だったぜぇ~?」


おぼこいし、迫力あるしでは、わたしは一体、どんなキャラなのだ。

と、苦笑いして肩の力を抜いた。

ただ、与えるべき礼遇としての滞在期間は、まだ充分に残されている。

パトリス周辺の警護を強化するようにと、マルクに伝えた。

セリアが連れ去ることを、恐れた。