嫌われ公女が継母になった結果

カトランとパトリスが、明らかに激しく感情を昂ぶらせていて、


――セリア・ポワチエ男爵夫人。


が、パトリスの実の母親であることは、疑いようがなかった。


「公女アデールである」


と、わたしが口火を切った。

カトランを差し置いて名乗るからには、辺境伯夫人ではなく、公女として話すしかない。


「母の代人、ご苦労」

「……ははっ」


と、セリアが再び、頭を下げる。

気品のあるドレス。

清楚でおっとりとした雰囲気。

立ち居振る舞いにも、王都の退廃的な空気は感じられない。


「……アデール様にお目通り叶いましたこと、光栄に存じます」

「母の近況など聞きたい。謁見の間には、わたしが案内します。……カトランとパトリスは、先に行ってください」


定めたばかりの家規、礼則に反する。

けれど、今はやむを得ない。

カトランはひと言も発せず身を翻し、パトリスは傅役のギオに付き添われながら、城の奥へと戻っていく。

この場で、状況を把握できているのは、わたしのほかにマルクしか見当たらない。

マルクに目くばせすると、カトランを追って城の中へと早足に消えた。


――この女性が……、カトランを裏切り……、パトリスを投げ捨てた。


けれど今は、王国最大の権門、ランベール大公家から遣わされた祝賀の使者だ。

公女としてのわたしは母の代人に敬意を払い、辺境伯夫人としてのわたしは礼をもって迎え入れるほかない。

おっとりとした柔らかな微笑みを浮かべるセリアを、城の奥へと案内する。


「女大公殿下の近況にございますか?」

「ええ……。どうされていますか?」

「……お仕えするようになりましたのが最近のことですので、アデール様がおられました頃のことは分かりかねますが、変わらず精力的に活動されておられますわ」

「そうですか……、それは良きことを聞かせていただきました」


どういう経緯で母に仕えることになったのか。そもそも、男爵家に再嫁したのか。セリアが使者に選ばれたのは何故なのか。

詳しいことは何も聞き出すことが出来ないままに、謁見の間に座るカトランの前に着いてしまった。

辺境伯に叙爵され、身分に相応しく新設した、謁見の間。

まさか、最初に迎える賓客が、パトリスの母親になろうとは思ってもみなかった。

セリアは、主座に腰を降ろすカトランに、気品ある拝礼を捧げ、


「この度の、カトラン閣下の辺境伯叙爵。誠に喜ばしく……」


と、型通りの祝辞を述べる。

わたしはカトランの隣に座り、それを聞いている。

チラリと横を見れば、カトランは冷ややかな視線でセリアを見下ろしていた。

パトリスの姿はない。

カトランが下がっていて良いと、指示を出したのだろう。

そして、カトランが口を開いた。


「……なぜ、そなたが女大公殿下の使者なのだ。セリア」

「お懐かしゅうございます……、カトラン閣下。いえ、カトラン」


と、セリアがポトリと涙をこぼした。

兄の夫人。セリアから見れば、カトランは義弟ということになる。

呼び捨てにしたのは、その親愛の情を示したつもりなのだろう。


「一別以来……、この城のことも、カトランのことも、パトリスのことも……、想わぬ日はございませんでした」

「口では何とでも言える」


カトランは、冷え冷えとした言葉を吐き捨て、席を立った。


「使者の則を超えぬ限り、追い出しはせぬが、……もてなしもせぬ」

「ああ……、この城に置いてくださるのですね。優しいカトラン」


と、セリアが涙を拭って微笑んだ。

ソランジュ殿下同様、母女大公からの使者は、しばらく滞在することで辺境伯家への敬意を表す。

母のことだ。

きっと、知っていてセリアを使者に選んだのだ。

険しい表情をしたマルクに、セリアを宿舎となる部屋へと案内させた。


「アレは……、相当やばいな」


と、眉間にシワを寄せたザザが、低い声で呟く。

オーレリアンのことも、ひと目で見抜いていたザザの言うことだ。

話の流れからザザにも、セリアがパトリスの実母で、前子爵の夫人、カトランの元兄嫁であることは分かっただろう。

ただ、ザザは、セリアとカトランとの間にあったことは聞かされていないし、パトリスを投げ捨てた話も知らないのに、気配だけで、何かを見抜いている。

もしも、セリアのふる舞いに何か瑕疵があれば、すぐにカトランが追い出す。

カトランは、公女である姉でさえ追い払ったのだ。それは間違いない。

けれど、今の時点では、女大公からの正式な使者を私的な理由だけで冷遇する訳にもいかない。

カトランの執務室に駆け込む。


「……晩餐会は、わたしひとりで接遇を」

「そうか……」

「よ、よろしいでしょうか?」

「……頼む」


カトランは正装を脱ぐこともなく執務机の椅子に腰かけ、外の景色を眺めていた。

表情は窺い知れず、声には抑揚がない。

だけど、これ以上に言葉を重ねる気にもなれず、静かに退出した。

パトリスの部屋に駆け込むと、ギオとチェスをしていた。


「パ、パトリス……?」

「……うん」

「……晩餐会には来なくていいからね?」

「そう?」

「ええ……」


事情を知らないギオに目配せをして、後のことを頼む。

貴賓室の設えを変えさせ、厨房に人数とメニューの変更を伝える。

当主の出てこない晩餐会だ。

格式としては一段落ちる。料理の内容も変更しないといけない。

それでも、あれほど感情を昂ぶらせたカトランに接遇させる気には到底ならない。

こちらのもてなしに瑕疵が生じれば、恐らくは母女大公の思う壺だ。

一旦、部屋に戻り、時間まで心を落ち着ける。

ザザに、セリアとカトランのこと、セリアとパトリスのことを打ち明けて協力を求めるか、相当に迷った。

けれど、やはりふたりとも、他人に知られたくはない事柄だろう。

わたしの口から話すことは控えた。

ただ、晩餐会での給仕を替わってもらうよう、ザザに頼んだ。


「いいけど……?」

「お願い。男爵夫人が何を言い出すか分からないし……。機転の利くザザに、側にいてほしいのよ」

「ふふっ、分かった。任せとけ」

「……ありがとう」

「アレだな? ワインを男爵夫人のドレスに、ぶちまけたりしたらいいんだな? 派手にいっとくか!?」

「ザザ……?」

「冗談だよ、冗談。そう恐い顔するなって。美人が台無しだぞ?」

「……どうせ、わたしなんて、おぼこいし」

「変なこじらせ方するなよ~」


と、ザザが肩を揉んでくれた。

セリアを使者に遣わしたことには、恐らく、母女大公の計略が潜んでいる。

わたしは、それに、ひとりで立ち向かわなくてはならなくなった。