嫌われ公女が継母になった結果

貴賓室の奥の方、大半を占めていたのはコルベール伯爵家からの贈物だった。


「……えらく、かさばるな?」


と、首をひねったザザと荷解きする。

大きな木箱の中に入っていたのは、さらに包み。それも数が多い。

包みを開けると、粗羊毛(コースウール)の布地。さらに少量の白い麻布。それに、針と糸、はさみ、石けん……。


「おしろいに、口紅まで入ってるじゃねぇか!?」


と、ザザが愉快そうな声をあげた。


「そうねぇ……」

「これは、アレだ」

「え? ……なに?」

「村の娘たちに下賜してやれってセットだな。なかなか気が利いてるじゃねぇか」

「あ……、ああ!!」


見れば、包みには一つひとつ布地の切れ端が貼ってあって、開封しなくても中に入ってる布の色柄が分かるようになっていた。


「かぁ~っ! やるねぇ。コルベール伯爵家っていえば、第二王女侍女マノンの実家だろ!? あの黒縁眼鏡の!」

「え、ええ……」

「頭が小さくて、律儀そうな」

「……そうね」

「農作業にも丈夫な粗羊毛(コースウール)の布地に、下着に使える麻布。決して華美じゃなくて、高価でもないけど、手触りはいい」

「本当ね」

「女がオシャレに気を配り始めたら、なんていうんだ? 心の復興……、ってヤツが早まるんじゃねぇか?」


大きな木箱は全部で5つ。包みは無数にあって、領民の大人から子どもまで女性全員に配っても、まだ余りそうな数がある。


「おいおい、小さいけど手鏡まで入ってるぞ!? ……領民の身の丈にあわせた、それでも細やかな気遣いが嬉しいねぇ」

「……本当ね」

「手鏡も、一つひとつ、ちょっとずつデザインが違うな」

「ええ。可愛らしいわ」

「私だけの……、ってのが嬉しいもんだからな」


ソランジュ殿下の滞在中、決して長い期間ではなかったのに、マノンは、ガルニエ辺境伯領の状況をよく見てくれたのだろう。

実情を探る密偵の役を果たしていたのかもしれないけれど、その結果、父伯爵に進言してくれた贈物には、心躍らされた。


「……みんな、喜ぶだろうなぁ」


と、目を細めたザザと、ただひたすら数を数える。

そして、いちばん奥の木箱から、丁寧な文字で詳細に書かれた一覧表が出てきて、


「やってられっかぁ!!」


と、ザザと笑い合った。


~ガルニエ家 家規、第○○条~
先方からの送り状が入っている箱は、手前に置くこと。


太字で書いた。


  Ψ


マノンが贈ってくれた〈女子の復興セット〉を配り歩く許可をカトランに求めた。


「……化粧?」


と、カトランが眉間にシワを寄せた。


「女子にとっては大切です。こう……、気持ちが華やぎますから」


と、口紅の見本をひとつ見せる。


「ほら。決して派手な色でもなくて、風紀を乱すようなものではありませんわ」

「ふむ……」

「ダ、ダメでしょうか……? みんな、喜ぶと思うのですが……」

「……しかし」

「はい……」

「当主夫人であるアデールでさえ、化粧などしていないというのに……」

「してます」

「……え?」

「してます」


真っ赤な瞳で、ジーッとわたしの顔を見詰めるカトラン。あまり、嬉しくない。


「……華美になり過ぎないよう、控え目にしておりますが……」

「そ、そうか……」

「毎朝、ザザにやってもらっています」

「あ……、うん」


ええ。わたし、〈おぼこい〉んですよね?

家風に合わせる努力だったのだけど……。


「……まあ、わたしは派手なお化粧が似合うタイプでもないので」

「あ、ああ。……す、すまなかった?」


そうです。ひと言、謝ってもおかしくない場面なのですよ?


「いえ。謝っていただくほどのことでは」

「……そ、そうか」

「みんなに、配ってもよろしいですわよね?」

「ああ……。アデールに任せる」


わたしとザザで、領内各地を巡ることにした。

なにせ、城に女性はわたしとザザだけ。領内を治める政庁に仕える、たった二人の女役人だとも言える。

それに、下着用の布も入ってるのだ。やはり、女性が配った方がいいだろう。

あとは、すべての集落に足を運んでそれぞれの実情を知った上で、家憲と家規を起草したいと考えていたところだったし、好都合だ。


「うわぁ~っ!! いただいていいんですかぁ!?」


と、ガビーが溌剌とした喜声をあげ、目をキラキラと輝かせてくれる。

包みの外から布地の色柄が分かるので、女子がみんなで、キャッキャと選ぶ。

マノンの律儀な一覧表をもとにして集落への配分を決めたので、配布の後先で不公平にならないように工夫できた。

ザザが、わたしの耳元に口を寄せた。


『……見ろよ。みんなの笑顔』

『ええ……、ほんとに嬉しそう』

『オシャレしたら、次は色恋にも目が向いていくかもしれねぇなぁ……』


手鏡を大切そうに握り締める小さな女の子を、母親が優しい眼差しで見守る。

お婆さんが試しに紅をさしてみて、みながキャアと騒いで、


「はやく爺さんに見せてあげなよ!」


と、背中を押す。

怒ったように照れながらも、乙女の表情に若返ったお婆さんがオズオズと家に帰る。

老いも若きも幼きも。女子の瞳をキラキラと輝かせる素敵な贈物だった。

風紀の乱れきった王都にも、このような贈物を選べる家が残っているのだと、温かい気持ちにもなれた。

ふと、みなの騒ぎに紛れて、ガビーが黙り込んでいるのに気が付いた。

難しい顔をして、黄色とオレンジ、ふたつの包みを交互に見比べている。


「ふふっ。迷ってるの?」

「あ、ええ……。う~ん……」

「じっくり選んでくれて大丈夫よ。わたし、みんなの話も聞きたいし」

「……マルク様は、どっちが好みなんですかねぇ……」

「ほっ、ほぉ~ん!?」


と、ザザが腕組みして、ガビーの顔を眺めた。


「あ、いや……、違いますよ? 違いますからね? そういうアレじゃなくてですね……」


と、ここまで慌てるガビーを見て、わたしもようやく気が付いた。


「ほっ、ほぉ~ん!?」

「なんですか、アデール様までぇ!? そういうのじゃなくてですね……」


これ以上からかうと、かえって逆効果になりそうだったので、ザザと微笑み合って、そっとしておくことにした。


「……アデールも口紅。もう少し、派手にする?」

「ううん、いいわ。わたし、おぼこいし」


こうして、領内各地の集落を巡る。

戦争の傷跡は一様ではなく、恐る恐る受け取る集落もあった。

けれど、耳を澄ますと、家屋の中から笑い声が聞こえる。

いまは、わたしに笑顔を見せてくれなくてもいい。少しずつ傷を癒して、前を向いてほしいと祈った。

貴賓室を塞いでいた贈物は、すべて荷解きできた。

実用的なものは活用し、無駄に華美なものはリュリュに買い取ってもらい財政の足しにした。

そして、伝票で知っていたのだけど、やはり母女大公からの贈物はなかった。


――わたしを無視しているのか……、単に大物ぶっているのか……。


母の心の内を考えることは、虚しさを募らせるだけだと、嫌というほど知っている。

行き先の決まらない贈物の中に、結構な量の麻布があった。


「どうするかね、これ?」


と、貯蔵庫に収めた麻布を、ザザと見上げた。

買い取ってもらっても知れているし、今すぐ使うところもない。


「あ……」

「なんだ、アデール?」

「……いいこと思い付いた」

「なんだ、なんだ?」

「グループ交際をやってみよう」

「グループ交際?」

「この麻布で」


と、スキップしながら部屋に戻り、カトランに提案する資料をまとめ始めた。