嫌われ公女が継母になった結果

村長(むらおさ)の家系といえば、厳密に言えば在地貴族や郷紳に分類されるのかもしれない。

けれど、灰燼から立ち上がろうとしているこの地で、ガビーが自分の恋や結婚を犠牲にすることはない。


「……どうなのですか? マルク。本当にガビーを好いてのことなら、わたしも喜んで応援させてもらいますけど」

「いや、がはははは……」


ジッと見詰めるわたしの視線に、いつもの笑いが尻すぼみになっていく。

マルクは辺境伯家のナンバー・ツー。騎士にも叙爵された。迫られたらガビーも断り切れないかもしれない。

好きで迫るのならともかく、カトランの周囲から排除するためではガビーに失礼だ。

そういうことは、わたしのように面倒な生まれの者だけが背負えばいい。


「どうなのですか、マルク?」

「…………です」

「え? ……もう一度」

「惚れてしまったのです! がははははははははははははははははははははっ!」


照れ隠しにしても、笑い過ぎだ。

雷鳴のような大声に思わず、ビクッと肩をすくめてしまった。


「……どうすれば良いですかね? アデール様」


と、マルクが太い眉を垂らした。


「が……、頑張って」


わたしが両拳を握ると、ザザに爆笑された。


「マルクの旦那。アデールに恋の相談はちょっと無理があるかなぁ……」

「そ、そうでありますか」

「……この状況だ。まずは実用的な品を、まわりの女子から妬みを買わない範囲で選んで贈ってみたらどうだ?」

「じ、実用的……、とは?」

「そうだなぁ。櫛とかどうだ? 多分、村では足りてないし、まあ……、村で使う分には共用にもできるだろ」

「櫛でしたら、手持ちが何本か」


と、リュリュに言われ、マルクが目を輝かせた。

なるほど。厳ついマルクだからこそ、はっきり分かる。

恋してる目ですわね。

ザザが真剣な口調で言った。


「……マルクの旦那は、ただでさえ身体がデカいんだ。ガビーを恐がらせないように気を付けるんだぜ?」

「がははっ! それは大丈夫。ガビーは気さくゆえ、既に何度も会話を……」

「バ~カッ。そういうことの対象として見られてるって思ったら、急に恐くなったりするんだよ。乙女ってのは」

「……そ、そういうものなのか?」

「だから慎重にな。……ただでさえ辺境伯家と領民の間には、いろいろ経緯があったんだろ?」

「む……、そうではあるが」

「ああっ! 想いを打ち明けたら、きっとあの娘も受け入れてくれる! ……とか、夢見がちなこと思ってるんじゃないわよ?」

「そ、そこまで能天気では……」

「……旦那の恋が成就したら、兵士と村娘のカップル第一号だ。後に続く者たちのためにも、ヘタを打つんじゃないわよ?」

「う、うむ……」


と、表情を堅くしたマルクは、リュリュに連れられて櫛を選びに立ち去った。

大きな背中を、ちいさく丸めて。


「……ちょっと、脅し過ぎじゃない?」

「ははっ。……明るい娘に勘違いしちまう男ってのは、手に負えないからな」

「そ、そうなのね……」


片眉をさげて笑うザザが、貴賓室に戻ろうとした。


「あの……、ザザ?」

「ん?」

「……わたしの相談にも、もっと乗ってほしいんだけど……」

「はははっ。結婚した後の恋だなんて、私にも経験がないよ」

「えぇ~!?」

「もちろん、応援してるよ?」

「お、応援だけ?」

「が……、頑張って」


と、ザザが両拳を握って腰をかがめ、わたしの顔を見上げるようにのぞき込んだ。

さっきの、わたしの真似だ。


「意地悪」


口を尖らせると、ザザに笑われた。


  Ψ


カトランの執務室で、久しぶりに緊張の汗をたらす。

わたしの書いた資料に、カトランがじっくりと目を通してくれている。

緊張しているのに、なぜか居心地がいい。

カトランが顔を上げ、真っ赤な瞳でわたしをまっすぐに見た。


「……いずれ必要になるとは思うが。急ぐ理由は?」

「その……、家憲と家規が落城時に失われていることで……、その……」

「……うむ」

「ふしだらと……、せ、せ、せ、清純な恋の境目が分からなくなっています」

「ん?」

「その……、兵士たちにも、いずれは結婚し家庭を持ってほしいのですよね? カトランは?」

「……ああ」

「謹厳な家風を守ろうとする余り、兵士たちが一歩踏み出せないのです。その……、村の娘たちに対して」


意外に深刻な問題だと気が付いたのは、つい最近のことだ。

悩みに悩み、迷いに迷ったマルクが櫛を選び終え、いざガビーにプレゼントするというので、完全に興味本位でついて行った。

そして、渡せなかった。

マルクは散々ザザにからかわれた。


「どれ、マルクの旦那のために、ひとつよく観察してみますか」


というザザと一緒に、農作業に勤しむ兵士たちと村娘を眺める。

皆、なかなか打ち解けられてない。


「……節度が……、あり過ぎるんじゃ?」

「ん? どういうこと? アデール」


明文化された規則がない中、謹厳な家風を守っているのは、カトランの感覚だ。

兵士たちは、カトランの感覚に合わせようとしており、忠誠心の篤い彼らにとって、それは誇りでもある。


「た、ただ……、こ、恋とは……、きっと〈ふしだら〉でもありますよね!?」


わたしは夫に、何を熱弁しているのだろうと思いつつ、自分のことは棚に上げる。


――妻とは扱わない、ことを撤回する。


と、実に遠回しに愛を打ち明けられたような気がするだけで、こんなにも気持ちを空回りさせてるわたしが、恋について語るだなんて……、という自嘲は脇に置く。


「ふむ……」

「あ、いや。ふしだらを推奨しようというのではなくてですね……」

「……そのくらいは、分かる」

「あ、はい」


カトランは再び、わたしの渡した資料に目を落とす。

健全な男女交際。

これを促進しつつ、風紀を乱さない規則づくりの草案だ。


「いいだろう……」

「本当ですか!?」

「アデールに任せる」


久しぶりに廊下でターンした。

信頼されることの喜びを噛み締める。

芋の植付けが終わると、兵士と村娘の接点が今より少なくなる。

それまでに〈ガルニエ家の恋愛規則〉を完成させようと、夜な夜なペンを走らせた。

ふと窓の外に月を見上げる。

王都の風紀を乱し尽くした母女大公や、姉や兄への、復讐をしているような心持ちもした。