嫌われ公女が継母になった結果

城に帰る馬車の中で、あからさまに〈ガッカリ〉という顔を、カトランに向けてしまった。

見れば、パトリスもわたしと同じ顔をしている。

カトランは戸惑い気味に視線を下げた。

ただ、カトランの、この表情が『戸惑っているのだ』と分かるようになったのも、温泉旅行中のことだ。

以前は、深く思い悩んでいるか、気分を害したのかと受け止めていた表情。

わたしにも少しずつ、カトランのことが解かるようになっていた。


「……そうだな。一緒に行くか」


と、カトランが顔を上げた。

自分は集落の視察に行くから、先に城に戻るようにと言われ、パトリスと落胆していたのだ。


「あ、ありがとうございます」

「……領民にアデールとパトリスの顔を見せておくのに、いい頃合いかもしれない」


パトリスと目を見合せて、


――やったね!


と、微笑み合う。

単に3人で出かけた温泉旅行を、3人で帰りたかっただけだ。

けれど、カトランが大切にする領民たちに、夫人と令息として引き合わせてくれるというのだ。

カトランからもう一歩進めて、自分を認めてもらったことが、ほのかに嬉しい。

集落に着くと、ザザにコートを着せてもらい、馬車を降りる。

まだ、一面の雪景色。

だけど、城の兵士たちが畑の雪かきをして、農地を耕していた。

時折、畑から出てくる瓦礫を取り除いては、また耕す。

カトランに付いて歩く後ろで、ギオが解説してくれた。


「辺境伯家の兵員数は過大です」

「……そうね」


城にあった台帳から想定される収穫と、兵員数を頭の中で照らし合わせる。


「……ご主君は、兵を解雇せず、まずは屯田兵にすることを考えておられます」

「なるほど……」

「和約を結んだとはいえ、まだまだ油断はできませんし、……アレらを、野に返すおつもりもありません」


自分とガルニエ家のために戦ってくれた兵士たちを、用済みになったから解雇する。

たしかに、カトランの性分からは考えにくい。


「ギオ。……屯田兵って何?」


と、パトリスが顔を見上げた。


「畑を耕し、農作業をしながら、領地を守る兵士のことですな」

「ふ~ん……」

「……いずれは帰農させることもお考えでしょうが、いきなりという訳にもいきませんからな」


戦争の爪痕を感じる、荒れた農地。

黙々と働く兵士たちが、元は山賊や野盗だったとは、にわかには信じられない。

彼らは彼らなりの事情があって身を落としていたのだと、よく解かる光景だった。

いま彼らを解雇すれば、いずれまた山賊に戻ってしまうかもしれない。

荒廃した領地でも、なんとか彼らを養おうとしているカトランが、とても誇らしい。

領民の村娘や、奥さんたちが、兵士にお茶の支度をしていた。

カトランが声をかけると、上目遣いに様子を窺いながら、ペコリと頭を下げる。


――領民から、私は嫌われている……。


と、カトランの言葉を思い出す。

脱走兵たちの広めた悪評で、カトランは領民たちから警戒されているのだ。

何度も足を運び、越冬物資を引き渡し、説得して村に戻らせた。


――まだ、カトランの努力は続いているのだ……。


と、胸を打たれる。

王国最強の武力を持つカトランであれば、領民たちを強制的に移住させることも出来ただろう。

けれど、そうはしなかった。

粘り強く話し合いを重ね、領民たちが自ら山を降りるのを待った。

最終的には、越冬の厳しさが領民たちを動かしたのかもしれない。

それにしても、カトランは丁寧に接し、納得してもらった上で、村に戻らせた。

王都で享楽に耽る貴族たちの何人が、これほど領民を想って統治しているだろうか。

兄君の子息、ガルニエ家の令息であるパトリスの身柄でさえ、力づくで取り返そうとはしなかったのだ。

わたしもカトランの夫人として、丁寧に接しようと、微笑みを絶やさない。


「カトランの夫人となりましたアデールです。どうか、よろしくね」


わたしの言葉に、村娘たちはペコリと伏し目がちに頭を下げる。

ありありと、わたしを警戒する眼差し。

ザザが話しかけてみるのだけど、彼女たちの眼差しから、険しいものは去らない。

この眼差しに囲まれながら、カトランはめげることなく足を運び続けたのだ。

そして、心の壁を融かそうと、意を尽くしている。

無駄口を叩いている訳ではない。

畑の再耕状況を尋ね、必要なものはないか? 足りてないものはないか? と、丁寧に聞いていた。

軍司令官のような佇まいであるけれど、偉そうぶるところはなく、卑屈でもない。

凛々しい横顔を眺め、


――なんと素晴らしい夫に嫁げたのか……。


と、また胸を躍らせて、


――アデールを妻とは扱わないと言った、俺の発言を撤回したい。


というカトランの言葉を思い出して、つい顔を背けてしまった。

パトリスが心配そうに、わたしを見詰めていた。


「……アデール? 顔が赤いよ? 寒い?」

「う、ううん。大丈夫……」

「でも、顔が赤いよ?」


何回も言わないでほしい。

と思いつつ、パトリスからも顔を背けて、農地に目をやる。

村娘たちの支度したお茶をもらおうと、兵士たちが集まってくる。

ワイワイと騒がしい声が近付くにつれ、村娘たちが緊張していくのが分かった。


――まだ、完全に打ち解けている訳ではないのだ……。


わたしにも出来ることがあるのではないかと、兵士たちに手を振ろうとしたとき、後ろから元気な女の子の声がした。


「あーっ! カトラン様、来てくれてたんだ~っ!?」


振り返ると、小柄な女の子が木箱を抱え、満面の笑みで大きく手を振っていた。

オレンジに近い赤髪に、丸顔。歳のころはわたしと同じくらいか。見るからに溌剌そうな娘だった。

カトランが小さく手を挙げて応える。

周囲の村娘や奥さんたちの空気が緩む。赤髪の女の子に苦笑いしている雰囲気だ。

女の子は駆けて来るや、わたしの前に立った。


「この人が、カトラン様の奥さん!?」

「え、ええ……。アデールよ……」

「私、ガビー!」


おっと。と、内心、苦笑いする。

貴人に許しもなく名乗ることが、投獄されることもあるような非礼だとは知らないのだろう。


――ここは王都ではないのだから……。


と、ザザとの出会いを思い返す。


――あんた、面白いな!? 私、ザザ。名前は?


身分を隠して通った雑貨屋で、なぜかわたしを気に入ってくれた。

先に名乗られることが、気持ち良かった。

あのザザの笑顔を、わたしの原点と定め、ガビーに微笑みを返した。


「そう。よろしくね、ガビー」

「私、カトラン様の側室だから!」


こんなに、たくさんのことを一度に考えた一瞬はほかにない。

結論は決まっている。


――そんな訳ない。


だけど……、ひょっとして村に側室を囲ってた? 戦争中、カトランを慰めて……、いやいや、カトランよ? でも、ガビーったら、なんていい笑顔で。わたしより歳下に見えるけど、え? カトランってそういうのが好み……、いやいや、だから、カトランが側室なんて……。というか、パトリスも聞いてるんだけど……。

スウッと、カトランに横目を向ける。

顔に手をあてていた。

やっぱり、そんな訳はなかった。

木箱から蒸かした芋を出し、兵士たちに配って歩くガビーの笑顔に……。

困った。

みんな、苦笑いとか、顔をしかめたりとかはいいから、事情を説明してほしい。