嫌われ公女が継母になった結果

背後の頭上から、オーレリアンの柔和な声が響いた。


「おやおや、無理をなさるから……。私がケガを見てさし上げましょう」


激痛に耐えるわたしが、ふり返れずにいると、廊下のパトリスが部屋の中に駆け込んだ。


「ダメだ! お前は継母上に近付くな!」


今までに聞いたことのない、パトリスのハッキリと強い意志を感じる声。


「若君。お継母上はケガをされているのです。そこを退いてくださいませ」

「イヤだ! お前がどっか行け!」

「そうされている間にも、お継母上のケガがひどくなってしまいますよ?」


と、オーレリアンの柔和な声が、近付いてくる。


――パ、パトリスを……、守らなきゃ。


と思うのだけど、肩の痛みでうずくまったまま動けない。

かろうじて首を、痛む肩と反対側に回せたとき、腰のあたりに柔らかくてギュッと強い衝撃を受けた。


「継母上はボクが守るんだ!」


パトリスが、わたしの身体に……、しがみついていた。


「おやおや、それでは、お継母上のケガがひどくなってしまいますよ?」

「イヤだ! はやく、どっか行け!」


柔らかく微笑んだままのオーレリアンの手が、パトリスに伸びる。


「や、やめなさい!!」


と、わたしが叫んだとき、ニュッと再び何かが伸びた。

今度は鋭くて、煌めく、……剣先。


「私の妻と子に、なにをしている?」


カトランの冷たい声が、低く響いた。

鋭い剣先が、オーレリアンの鼻先に突き付けられていた。


「……い、いやだな。誤解ですよ、カトラン公……」

「なにが、誤解だ?」

「オレはただ、ケガをされたアデール夫人を介抱しようとしただけで……」

「養父上! こいつです! こいつが……、継母上にケガさせたのです!」


と、パトリスが、わたしの身体にしがみついたままで叫んだ。

カトランの声が、頭上でさらに低くなる。


「ほう?」

「そんな、子どもの言うことなんか……」

「ガルニエ家、世子の言葉を侮辱するのか?」

「い……、いや、そんなつもりは」


バタバタバタッと、廊下を駆けて来る兵士たちの足音が響いた。


「罪人だ。捕縛せよ」


カトランの声で、兵士たちがわたしの身体をかわして部屋に駆け込み、オーレリアンを後ろ手に縛り上げる。


「こ、こんな! こんな無粋なことオレにしていいのか!? オレは王女殿下の随行員で、伯爵家の……」

「うるさい」


と、兵士のひとりが、オーレリアンの背中を殴って引き倒した。


「オ、オレは……」

「だまれ」


しゃがみ込んで顔を睨みつけた厳つい兵士の言葉に、オーレリアンは沈黙した。

カトランが、わたしを抱き起こしてくれる。


「……すまない。遅くなった」

「い、いえ……」

「傷は痛むか……?」


と、カトランがそっと触れた肩に、激痛が走る。


「ウッ……」

「すまない……。すぐに手当てしよう」

「……申し訳……」

「アデールが謝る必要はない」


そのとき、頭上でソランジュ殿下の声がした。


「……これは?」

「殿下の随行員が、我が妻にケガをさせた」


カトランが、わたしを抱きかかえたまま、低く冷たい声で応えた。


「なんと……。それは、すぐに詮議させていただき、しかるべき罰を……」

「必要ない」

「……え?」

「こちらでやる」

「え……? し、しかし……、その者は私の……」

「ガルニエ家当主、カトラン・ガルニエの妻を傷付けたことを、王家は軽んじるということか?」

「そ、そういう訳では……」


ソランジュ殿下の話を、カトランの鋭い声が遮った。


「マルク!」

「はっ! ここに」

「ソランジュ殿下との話は後だ! まずは、アデールの手当てをする。殿下を貴賓室にご案内せよ!」

「心得ました」

「不埒者は、地下牢に繋げ!」


有無を言わせぬカトランの気迫に、ソランジュ殿下の気配は廊下の向こうに消えて行き、オーレリアンも連行されて行った。


「ギオ!」

「はっ。お側に」

「殿下の随行員をすべて拘束しろ。抵抗する者がいれば、手荒な手段も許す」

「心得ました」

「殿下は貴賓室から出すな。私が行くまで軟禁しておけとマルクに伝えろ」

「承知」


と、ギオも素早く立ち去る。

カトランの声が、柔らかく響いた。


「……パトリス、よくやった。もう、アデールを放してもいいぞ?」

「養父上……、アデール、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。いまから、私が診る」


その言葉に、わたしの腰の辺りから、パトリスの身体の温もりが離れて行った。

ふわりと、身体が宙に浮いた。

カトランの腕がわたしの背中と膝の裏に滑り込み、抱き上げられているのだと気が付いた。


「カ、カトラン……?」

「大丈夫だ。すぐに手当てしてやる」


ベッドに寝かされる。

先ほどまでの、パトリスがわたしの身体への接触を恐れず、身を挺して抱き付き、立ちはだかってくれた感動と、


――継母(はは)上!


と、呼んでくれた感激が、驚きに塗り変えられてしまう。


「……上着を脱がすぞ?」

「は……、はい」

「パトリス、扉を閉めろ」

「はい、養父上」


扉の閉まる音がした。

部屋には、わたしとカトランと、パトリスだけ。

カトランは淡々とわたしの上着を脱がせ、肩を露出させる。

クッ、クッ、と肩を指で押さえられるたびに、激痛が走る。


「……大丈夫だ。骨は折れていない」

「そ……、そうですか」


少し首をあげると、パトリスが心配そうにわたしの顔を見詰めてくれていた。


「パトリス……。大丈夫だって」

「うん……」


それから部屋の外まで救護班が持って来てくれた薬草を、カトランが丁寧に貼ってくれて、それから包帯を巻いてくれた。


「キツくないか?」

「はい……、大丈夫です」


痛みの余り、生まれて初めて男性に肌と下着を見られてしまった恥かしさは、着せ直してくれた上着の前を止めてもらうまで、忘れていた。


「安静にしていれば、大丈夫だ」

「あ、ありがとう……、カトラン」

「……すまなかった」

「……で、殿下のところに行かれるのですか」

「ああ。……このままで済ますつもりはない」

「わ、わたしも行きます」

「ん? ……しかし」

「い、行かせてください。……ふ、夫人ですから」


さっき、カトランがわたしのことを妻と呼んでくれたことは嬉しかった。

だけど、自称するのは違うのではないかと思った。


「……そうか」


と言ったカトランが、ベッドから起き上がらせてくれた。

とても優しい手付きで。


  Ψ


ソランジュ殿下は屈強な城兵たちに囲まれ、貴賓室の中央の椅子におひとりで座られていた。

気の毒になるほど顔を青ざめさせているのに、背筋はピンとまっすぐに伸び、凛とお美しかった。

カトランに従い、パトリスの手を引いて、わたしも貴賓室に入る。

部屋を出るとき、パトリスは自分から手を伸ばし、わたしの手を握ってくれた。

ソランジュ殿下の向かいに、カトランと並んで座る。


「……ちょ、勅使に対して」


と、口を開いたソランジュ殿下を、カトランは腕を上げて制した。


「私の妻を傷付けたことを、軽くみられるのか?」

「そうではありませんが……」


――妻っ……。


と、弾んだ心を、顔には出せない。

そして、わたしはやはり「妻」になりたかったのだと、心弾ませた自分にも驚く。


「あの者は……?」


と、カトランはソランジュ殿下に対する冷厳な姿勢を崩さない。


「……王宮よりの推薦で」

「ほう。殿下も詳しくは知らぬと?」

「はい……」

「それでは、なおのこと詮議はこちらで行わねばならない」

「……面目次第も、ございません」

「左様でしょうな」

「このお詫びは、なんとしても」

「……そのような話は、詮議の後で結構」

「しかし!」

「まずは、王家の面目。勅使の面目。王女の面目」

「……ッ……」

「アデールの受けた傷を気遣う程度の礼儀も、王都では廃れましたか?」

「……まこと、申し訳ないこと、この上ございません」


ソランジュ殿下は青ざめた顔を、さらに白くされ、テーブルに額をこすり付けんばかりに頭をお下げになられた。

カトランの冷え切った表情を窺いつつ、そっと口を開く。


「あの……、発言しても?」

「どうぞ」


と、カトランがわたしに目を向けた。


「ソランジュ殿下」

「……はい」

「お詫びをいただく替りと言ってはなんですけれども、……わたしから、ひとつお願いが」

「……なんなりと」

「カトランの辺境伯叙爵にあわせ、子爵位をパトリスに継承させるお許しをいただけませんでしょうか?」

「なに?」


と、カトランが、わたしにハッキリ顔を向けた。

通常、新たに叙爵されても、元の爵位が消滅する訳ではない。

形式上、カトランが辺境伯と子爵を兼ねるのが一般的だ。


「……ガルニエ家の世子が、子爵位を継承していく。家督を譲られ辺境伯となれば、子爵位は次の世子が継ぐ。このような形をお認めいただければ、ありがたいと思うのですが……」

「しかし……」


と、ソランジュ殿下が逡巡された。


「……それでは、アデール夫人が御子を為された時に……」

「構いません。……ガルニエ家の世子はパトリス・ガルニエ。このことを内外に解りやすく示していただきたいのです」

「それは、ご随意にしてもらって……」

「王家の承認が欲しいのです。……大公家の介入を招かないために」

「アデール夫人……」

「王家にとってもガルニエ家にとっても、悪い話ではないかと……?」

「……良いのか?」


と、カトランが、わたしから目を逸らした。


「ええ。……パトリスが、わたしを庇ってくれたご褒美です。『継母(はは)』とも呼んでくれました」

「……分かった」


と、カトランが軽く頷くと、ソランジュ殿下も堅い表情で口を開かれた。


「……承りました。王国第二王女裁可という形ではいかがでしょうか? これならば、この場で決定できます」

「それで、よろしいかと……」


と、わたしが顔を向けると、カトランは感情の読めない堅い表情で肯いた。

これで、カトランもソランジュ殿下ご自身に対しては矛を収めた。

ただし、すべての随行員に対する詮議は、マルクを筆頭に城の兵士たちによって厳しく執り行われる。

そして、オーレリアンが、わたしの姉ファネットの恋人のひとりであると判明したのだった。