想定外につき、対処不要

 エレベーターのドアが開いた瞬間、俺の横を薔薇の香りが通り過ぎ、ドアに手が添えられた。爪に塗られた朱色のマネキュアを目にし、直ぐに視線を上げると、女性が口を開いた。

「お久しぶりですね。木崎さん」

 満面の笑みを浮かべ、こちらを見ながら、胸を張る姿を見て名前を思い出した。

「ご無沙汰しております。どうしてここへ」

 俺は直ぐに尋ねながら、エレベーターから抜け出し、足を止めた。

「支社からの視察で伺いました。現場に同行したいので、お願いします」

 立花は言葉を並べ立てるように口にし、こちらを促すように窺っていた。

「申し訳ございませんが、そういった伝達は来ておりません。同行するなら、タクシーでお願い致します」

 俺は社の規定通りに言葉を述べ、その場から足を進めた。すると、立花は俺の横に来て、足並みを揃え始めた。このまま俺の社用車に乗り込む事を予想したが、丁度良く正面玄関前にタクシーが何台か停められているのを目にした。

 直ぐにタクシーの横に立つと、ドアが開かれ、そこで俺は立花を促した。

「一緒に行ったほうが早くありませんか?」立花はそう言って、こちらの顔を窺ってきたが、俺はその視線を外し、「社の規定に反する事は出来ません。必要であるならば、先に伝達をするようお願い致します」と念を押し、立花が乗り込むまで見ていた。

 乗り込む際に立花はこちらに目を向けてきたが、俺は何よりも先に現場の事に考えを巡らせ、社用車に向かって乗り込んだ。

 あの監督は気難しい所がありそうだし、周りのスタッフ達も気を張っていた。そこに見知らぬ者が居れば、当然目につく事になる。俺が見ていた時の立花は問題を起こすような事は無かったが、余りにも期間が空きすぎて、予測の立てようが無かった。

 それでも立花の様子を思い返せば、現場に来ることは避けられないだろうし、ここで俺が支社に確認しても逆に怪しまれる可能性がある。そう片付けたところで、俺は一つの仮説を立てた。

 おそらく立花は自身で計画を立て、俺の行き先を塞ぐように動いている。

 昔から頭の回転が速い人だったから、それは充分に理解している。

 しかし、何を目的にしているのか、それだけは見当もつかない。

 俺は警戒を解かぬまま、駐車場に車を停めてから、現場に急いで行った。