想定外につき、対処不要

 支社に着くと、俺は直ぐに自部署に行き、デスクに向かって、ノートパソコンを開いた。業務内容は特に目を通す必要は無い。歌音は仕事自体は真面目にするし、こちらが指示することは殆ど無い。

 俺が確認するのは、咲山璃乃のスケジュール。これはどの担当も共有してるが、何か起きた時に対処する為だ。

 内容を把握しておけば、今後動きやすくなる。よし、変わった仕事は入って無い。休日もしっかり取れてるようだ。新人にしては上手くやってる。いや、彼女が大人しくしてるだけだろう。そう考え、ノートパソコンを閉じ、自部署を後にした。

 廊下を歩きながら、ふと時計を見ると、まだ10時過ぎだった。歌音はレコーディングで、あいつのスタジオに居るが、2時間以上は掛かる見込みだ。

 少し休息を取ろう、と思い、社員食堂に向かう事にした。エレベーターを待ちながら、そこに映る姿を見て、少し身なりを整えていると、目の前のドアが開いた。

 軽く視線を上げると、懐かしい顔が目に入った。直ぐに声を掛けようと、口を開いた時。

「あ、木崎くん。お久しぶり。上に行くのかい?混んでるから、やめといたほうがいいよ」明るく元気な声で、社長はそう言うと、俺の前で背筋を伸ばして立った。その脇では、奥さんである秘書が寄り添うようにしていた。

「お久しぶりです。社長のほうこそ、退院したばかりなのに、もう仕事ですか?」俺が挨拶をして尋ねると、社長は背伸びをするように胸を張った。

「見ての通り、悪い所は全部取って貰ったよ」と言って、社長は思いきり口角を上げた。

「そうですか。ですが、無理はなさらないように、お願い致します」思わず俺は眉尻を下げた。

「それより、時間あるかい?」そう社長が尋ねてくるので、俺は「勿論です。近くの店を予約致しましょうか」と尋ねた。すると、社長は「いや」と言って、視線を秘書に向けると、秘書が「応接室を空けてあります」と応えた。

 見事な連携に目を見張っていると、社長は俺に向かって言った。

「僕の入院中、君に色々とあったようだから、話がしたい。いいかな?」

「承知致しました。エレベーターで行きましょう」そう俺が提案すると、社長は「たかが一階上だよ?階段で行こうよ」と言ったが、俺は直ぐに「今は掃除をしてる時間です。怪我をされてはいけないので、エレベーターのほうが安全です」と答えた。

 そこで、エレベーターのドアが開き、秘書が先に乗り込むと、社長は足を進めた。

 俺も後に続くと、「全く、君は相変わらずだね」と社長は溜息混じりに言って、俺のほうを見ると、また口角を上げた。