想定外につき、対処不要

 俺が足を進めたと同時に、現場に監督の声が上がり、スタッフ達が慌ただしく行き交い始めた。彼女は衣装担当に連れられて現場を抜け出し、その後にメイク担当も付いて行った。俺は軽く様子を眺めた後で、立花の元に行き、少し距離を空けて立ってから声を掛けた。

「そろそろ支社に戻られたほうが良いかと思います」

「最後まで見ていきます」

 立花は何食わぬ顔で答えてきたが、俺は時計を見てから、視線を戻して返した。

「おそらく、てっぺんを超えます。社の規定では事前に申し送りが無いと、問題になります」

「心配してくれてるんですか?」立花の声が少し上がった。

「いいえ。社の風紀に関する事を述べただけです」俺は静かに答えた。

「じゃあ、気にしなくて大丈夫です。暇を見つけて連絡するので」その声は軽く苛立って聞こえた。

 そこで、俺は深呼吸をし、前を見据えて、口を開いた。

「ここまでの行動を、現場の方々にも認知されております。その影響は我が社の評判だけでなく、そちらの査定や評価にまで及びます。私は社の一員として、規定に反する事は見逃せません。ですので、支社に戻られるよう、お願い致します」

 すると、立花は溜息を漏らし、迷った様子で、少しこちらに寄ってきた。

「じゃあ、相談に乗ってください。社内の事で悩んでるので……」

 直ぐに俺は横にずれて、一呼吸してから、口を開いた。

「申し訳有りません。そういう事でしたら、社の上司や然るべき部門に相談するのが適切かと思います」

 しかし、立花はこちらに体を向け、見上げるようにしていた。

「木崎さんじゃないとダメなんです」

 力強い声が周囲に聞こえている気がし、俺は周りを見ながら応えた。

「私は本社の一員です。支社の事までは関わる事が出来ません。帰社したほうが賢明な判断です」

 それでも、立花は引かなかった。

「そうですか。じゃあ、然るべきところに相談します。覚えててください」

「どうぞ、ご自由に。お疲れ様でした」

 俺は毅然として言ったが、立花が何を考えて居たのか、一つも理解出来なかった。

 立花が去るのを感じ取り、ふと視線を横に向けると、彼女が現場に入ってきた。立花とすれ違ったが、彼女は気にも留めず、こちらに歩いてきた。

 そして、俺の前で立ち止まり、スカートの裾を持って、明るい顔をして言った。

「ね、見て。かわいいでしょ、これ。似合う?」と彼女は無邪気に笑った。

「とても、似合ってます」そう返して、俺は少し口角を上げた。

 その時、漸く肩の荷が降りた気がした。

 だが、この後に何か起きるような気配を感じていた。