愛する人の代わりにはなれますか【完】




「…………」


廊下に出た椎名くんは、歩き出すことはしなかった。


目の前の、閉ざされた扉。

その向こうにいる先生を想うわけでもなく、ただ虚空を睨むように、彼の無機質な瞳がじっと扉の一点を見つめている。



……やがて。

すうっと、その顔から一切の体温と笑顔が消え失せる。


───感情を失った彼の横顔は、見惚れるほど美しいのに、どこか酷く不気味だった。



「……そっか」


薄い唇から、低く、冷え切った声が溢れる。




――”由宇が生きていたら、嬉しい”


先生の、あの泣き濡れた、縋るような声。




その言葉が脳裏に蘇るたび、彼の胸の奥が、激しい怒りと拒絶でじりじりと焼け焦げていく。



「なら……」


彼はゆっくりと目を伏せた。


伏せられた長い睫毛の奥で、深い闇がゆっくりと、確実に蠢く。



彼の心を支配しているのは、底無しの絶望か、それとも狂気的なまでの執念か────。




「俺が、全部終わらせるから」


拳を白くなるまで強く握りしめ、彼は胸の奥に眠る大切な存在へと呼びかける。





「───待っててね、”由衣(ゆい)”」


狂おしいほどの執念が籠ったその声は、掠れた吐息となって、誰に届くこともなく放課後の静寂に溶けて消えた────……。