「じゃあ、由宇の代わりじゃなくてもいいです」
「……え?」
椎名くんが、まっすぐに先生を見つめる。
「俺は俺として、センセーのそばにいますよ」
「…………」
「───”由宇の弟”として」
その境界線を引くような言葉に、先生の瞳が激しく揺れる。
「それなら、センセーも文句ないでしょう?」
そう言って、椎名くんはいつものように笑った。
……だけど。
その笑顔が、今日の私には酷く寂しく見えた。
「……俺、まだ何も知らないんです」
「……?」
「センセーが知ってる由宇のこと」
椎名くんが、静かに言葉を重ねていく。
「俺にも教えてください」
「…………」
「センセーが知ってる由宇がどんな人だったのか」
「…………」
「何が好きだったのか。どんなふうに笑ってたのか」
そこで一度、椎名君はフッと言葉を切った。
「……どんなふうに、センセーを好きだったのか」
その言葉が保健室に溶けた瞬間、先生の瞳から、再び大粒の涙がこぼれた。
この人は、兄の代わりになりたいんじゃない。
───たぶん。
ただ、兄がこの世界に残した温もりを、これ以上失いたくないだけなんだ。



