うちのギルド長が高レベル冒険者なのにスライムしか狩らない。

息を吐く。

『身体強化』。

踏み込む。

剣を振る。

外れた。

二撃目。

また外れる。

三撃目。

その時。

「……あれ?」

違和感に気づいた。

観客の一人が、小さく呟く。

「なんだ?」

別の声が続いた。

「戦局は動いてるのに、ずっとスーラの顔が見えてないか?」

「……確かに」

普通なら。

打ち合えば、位置が変わる。

身体が入れ替わる。

見える角度も変わる。

なのに。

ずっと。

オレは観客側を向いたままだ。

「……退路だ」

誰かが言った。

空気が変わる。

ミルヴスさんが、じっとギルド長を見ていた。

「相変わらず、やばい『早さ』だな」

近くにいた冒険者が聞く。

「早さ?」

「動く速さじゃない」

ミルヴスさんは視線を外さない。

「見る。決める。動く。位置を取る。そこまでが早い」

オレは、ようやく自分の足元を見る。

いつの間にか。

オレの方が、訓練場の中央深くまで入っていた。

ギルド長は逆。

最初からほとんど出口側を離れていない。

「動きならオレの方が速い」

ミルヴスさんが続ける。

「でも、オレもあそこまで位置を制するのはまだ無理だな」

モアさんが静かに返した。

「簡単に位置を制せる相手なら、そもそもスーラはLv2にはなってないさ」

一瞬。

意味が分からなかった。

でも。

すぐに分かった。

オレが弱いからじゃない。

オレが読む。

動く。

誘う。

その全部を見た上で。

さらにその先。

出口だけは絶対に失わない位置へ、ずっとオレごと運ばれている。

「……なんだよ、それ」

もう一度踏み込む。

剣を振る。

外れる。

そしてまた。

ギルド長は、ほんの少しだけ出口側へ。

一度も。

逃げ道を失っていない。

腹が立った。

「ふざけるな、臆病者!!」

ギルド長は避けながら、

「え?」

とだけ返した。

「戦えよ! 前に来いよ!!」

「――なんでです?」

本気で分からない顔だった。

「なんでって、命をかけて戦ってるからだろう!」

今度は。

ギルド長が止まった。

「どうして命をかけているのに、わざわざ危ない致死圏に入らなくちゃいけないんです?」

「え、いや……でも、戦いってそういう……」

「戦いは、死にに行くための言い訳ではないんですよ」

一瞬。

訓練場が静かになった。

誰も笑わない。

モアさんも。

ミルヴスさんも。

集まった観客も。

ただ、ギルド長を見ていた。

オレだけが。

まだ。

うまく飲み込めない。

「ギルド長は、ずっと退路を確保するように動いていた」

誰かが呟いた。

ギルド長が、ぱっとそちらを見る。

「――気づいていましたか! 素晴らしい」

なんでそこで嬉しそうなんだよ。

呼吸が乱れている。

脚が重い。

魔力も減っていた。

相手は最初からずっと。

勝とうとしていなかった。

逃げ道だけを失わず。

それでも。

一発も当たらない。

「強い」

言葉が勝手に出た。

「でも、これを強さだって認めたら……」

胸の奥が、ぐちゃぐちゃする。

「オレはいったい、何を目指して強くなればいいんだよ!!」

自分でも。

なんでそんなことを言ったのか分からなかった。

ギルド長は少し考える。

「ここにはモアさんもいますし、ミルヴスくんもいます」

「……」

「世界には《竜殺し》がいます」

その名前くらい知っている。

知らない冒険者なんて、たぶんいない。

「聞くところによれば、バルムンクではあなたと同年代の冒険者が、Lv3の登録審査を受けているそうです」

「もうLv3になるやつがいるのか……」

胸が沈む。

先輩たちには届かない。

ギルド長には、簡単にいなされた。

同い年には、もう一つ先へ進もうとしているやつまでいる。

急に。

自分だけが、ひどく小さく見えた。

「なんだよ、オレなんて……」

「僕は、あなたみたいな人は初めて見ました」

「――はい?」

顔を上げる。

「モアさんみたいな人も、初めて見ましたし」

モアさんを見る。

「ミルヴスくんみたいな人も、初めて見ました」

ミルヴスさんが静かに肩をすくめた。

「ちなみに僕は《竜殺し》に憧れていましたが、今ではこんな感じです」

ギルド長が笑う。

「どこを目指すかは、スーラくんが決めればいいんじゃないですか?」

何も言えなかった。

「で」

ギルド長が一歩近づく。

「さっきの話に戻るんですけど――」

何の話だ。

そう思った時。

胸に何かが触れた。

左。

心臓の上。

ギルド長の指先だった。

いつの間に。

「なんで人同士が争う必要あるんでしょうね?」

「……」

動けない。

いや。

もう。

動く必要がない。

これが剣なら。

実戦なら、終わっている。

あぁ、形式ではなく模擬戦と言っていたのは、こういうことか。

「……参りました」

ギルド長が手を離す。

「はい。模擬戦は僕の勝ちですね」

それだけ言って。

最初から確保していた出口へ、そのまま歩いていった。