うちのギルド長が高レベル冒険者なのにスライムしか狩らない。

「ぎ、ギルド長!!」

「はい?」

呼び止めると、ギルド長が振り返った。

「オレと戦ってください!」

「え、嫌ですけど」

早い。

あまりにも早い。

「まだ何も説明してないですよ!?」

「え、だから戦うんでしょう?」

「そうです!」

「じゃあ嫌です」

「なんで!?」

ギルド長は不思議そうに首を傾げた。

「なんでって……戦う必要ないじゃないですか」

「あります!」

「あるんですか? そうですかぁ」

分かってくれたらしい。

「でも嫌です」

分かってなかった。

後ろでミルヴスさんが吹き出す。

「ははっ、お前、ギルド長に何期待してんだよ」

「だってLv7ですよ!?」

ギルド長はその会話にも特に反応せず、

「じゃあ、皆さん怪我には気をつけてくださいねー」

と手を振って、そのまま訓練場を出ていった。

オレは呆然と背中を見送った。

「……逃げた」

「違うと思うぞ」

モアさんが笑った。

◇

次の日のギルドロビー。

「ギルド長、模擬戦しましょう!」

「嫌です」

その次の日の関所前。

「今日はどうですか!」

「何がです?」

「模擬戦です!」

「嫌です」

その次の日は書斎で待ち伏せ。

「ギルド長!」

「だから、嫌ですよ」

「まだ言ってない!」

「もう分かりますって」

なんだ、この人。

全然受けてくれない。

廊下で会っても。

食堂で会っても。

訓練場で会っても。

依頼掲示板の前で会っても。

全部。

「嫌です」

だった。

「アイツ、折れないなー」

ミルヴスさんが、どこか面白そうに言う。

モアさんも少し笑った。

「そうだな。若いな。でもまあ――」

視線の先。

訓練場の端には、今日もギルド長がいる。

オレの話を聞きながら、依頼報告書に何かを書き込んでいた。

「ギルド長!」

「いつも元気でいいですねぇ」

「今日こそ!」

「嫌です」

「即答!」

「毎日同じこと聞かれてますからねぇ」

筆を動かしたまま言う。

腹立つ。

「そんなにオレと戦うの怖いんですか?」

筆が止まった。

「――怖い?」

しまった。

周りの空気も、少し止まった気がした。

でも。

ギルド長は怒らなかった。

顔を上げる。

「スーラくん」

「……はい」

「君はどうして、そんなに僕と戦いたいんです?」

初めて聞かれた。

少し考える。

「強くなりたいからです」

「なるほど?」

「モアさんと戦いました」

「それは勉強になったでしょうね」

「ミルヴスさんとも」

「へぇ、ミルヴスくんが模擬戦受けたんですか。ラッキーでしたね」

「二人とも、めちゃくちゃ強かった」

「――でしょうねぇ」

その言い方は、妙に優しかった。

でも。

揺るがない感じがした。

モアさんはLv3。

ミルヴスさんはLv4。

今のオレじゃ、全然届かなかった。

「だったらLv7って、どんだけ強いんだって思うじゃないですか」

ギルド長は何も言わない。

「オレ、自分がどこまで行けるのか知りたいんです」

言葉が止まらない。

「こんな強さがあるんだって。こんな強さにまで憧れていいんだって。実際に見てみたいんです。ギルド長!」

しばらく。

ギルド長は黙って、こっちを見ていた。

その目は、いつもの柔らかい目だった。

でも。

なんとなく。

今までとは少し違った。

「……なるほど」

報告書を閉じる。

「分かりました」

「え?」

「一回だけですよ。あなたの期待に応えられるとは言いませんからね」

「それでもいいです!」

ギルド長が立ち上がる。

少し離れたところで、ミルヴスさんが顔を上げた。

モアさんは腕を組んでいる。

「やった!」

「ただし」

ギルド長が人差し指を立てる。

「形式ではなく、模擬戦であることは忘れないでくださいね」

「そんなこと、分かってますよぉ!」

たぶん。

◇

その日の訓練場は、妙なことになった。

また人が集まっている。

モアさんとミルヴスさんとの模擬戦の時でさえ、うちのギルドの半分以上は見ていた。

たぶんだけど、他ギルドの冒険者まで混ざっている気がする。

「ギルド長が模擬戦するってマジ?」

「オレ初めて見る」

「あの《スライム狩り》が戦うんだろ? 俺も初めてだ」

「私、《スライム狩り》より古参だけど、スライム以外と戦ってるところ初めて見るわぁ」

なんで誰も知らないんだ。

Lv7だぞ。

もっと戦ってろよ。

中央へ出る。

右手首はもう何ともない。

身体も動く。

前回までの反省もした。

モアさんから教わったこと。

ミルヴスさんとの戦いで分かったこと。

全部使う。

正面には、ギルド長。

ただ。

少しだけ気になった。

立っている場所が、妙に端寄りだ。

すぐ後ろに、訓練場の出口がある。

「そこから始めるんですか?」

「はい」

剣を構える。

ギルド長は武器も持たない。

構えもしない。

「準備いいですか?」

「僕はいつでも」