うちのギルド長が高レベル冒険者なのにスライムしか狩らない。

地面を蹴った。

『身体強化』を巡らせた脚が、一気に間合いを詰める。

速い。

自分でも分かる。

昨日までより、踏み込みが鋭い。

これがLv.2になったオレ様か!

剣を右から振り抜く。

――ガンッ!

鈍い音が訓練場に響いた。

「おおっ!」

どこからか声が上がる。

気づけば、さっきまで各々で訓練していた先輩たちが手を止め、こっちを見ていた。

「モアさんが模擬戦やってるぞ」

「珍しいな」

「相手、昨日Lv2になったスーラだろ?」

聞こえてる。

そして、悪くない。

もっと見てろ。

剣を引く。

左へ回る。

盾が来る。

右へ切り返す。

また盾。

もう一度、左。

盾。

「……っ!」

遅いはずなのに。

全然、抜けない。

「いい動きするじゃないか」

盾の向こうからモアさんの声。

余裕そうなのが腹立つ。

「まだまだ!」

一度距離を取る。

「今の切り返し良かったぞ!」

「でもモアさん全然動いてねぇ!」

「うるさい!」

笑い声が起きた。

くそ。

次は黙らせる。

呼吸を整える。

今度は真正面。

走る。

モアさんの盾がわずかに上がる。

――そこだ。

直前で身体を沈め、盾の下へ潜る。

「お」

見えた。

脇腹。

剣を振る。

届く。

そう思った瞬間。

モアさんの盾が、すっと沈んだ。

「――『重量増加』」

次の瞬間。

ガァンッ!

剣を通して衝撃が走った。

手首。

肘。

肩まで一気に痺れる。

「っ――!」

硬い。

いや。

さっきまでと、まるで違う。

壁を殴ったみたいだった。

「うわ、真正面から行った!」

「モアさん相手にそれは痛ぇぞ!」

「分かってる!」

剣を落としかける。

まずい。

このままじゃ握れない。

すぐに右腕へ意識を向ける。

「『痛覚鈍化』」

じんじんした痛みが遠のいていく。

完全に消えたわけじゃない。

でも。

これなら、まだいける。

「お」

モアさんが少しだけ笑った。

「ちゃんと繋いだな。だが、その判断はどう転ぶかな?」

また踏み込む。

盾が重くなるなら、その瞬間だけ動きも鈍るはずだ。

そうか。

受ける瞬間だけ重くしてる。

だったら――その前に抜く。

左。

右。

左。

盾が追ってくる。

そこから一気に正面。

「お、今のいいぞ!」

「行けるか!?」

行ける。

剣を振る直前、『身体強化』の出力を上げる。

脚。

腰。

肩。

腕。

一瞬だけ全部を繋ぐ。

モアさんの盾が動く。

「読めてますよ」

盾の端。

その外。

「そこだ!」

剣を振る。

カンッ!

軽い音。

止められた。

盾じゃない。

モアさんの腕につけられた訓練用の防具だった。

「なっ――」

受け止められた反動に耐えようと、剣を握り込む。

――はずだった。

力が入らない。

「え?」

右手が、言うことを聞かない。

痛みはほとんどない。

なのに、指先だけが自分のものじゃないみたいだった。

震える手から、剣がこぼれ落ちる。

「悪くはなかったぞ」

その一言が聞こえた直後。

足を払われた。

視界が回る。

「うわっ!」

背中から地面へ落ちた。

「いてぇ……」

観客から笑いと拍手が同時に起きる。

「惜しかったな!」

「いや今のモアさん上手すぎだろ!」

「盾しか見てなかったな、スーラ!」

うるさい。

「今日お前さんは、オレの誘導に見事に引っかかった」

「……説教ですか?」

こういう雰囲気には慣れっこだ。

昔からみんな、オレが凄いと言えば、そうじゃないと言った。

なのに。

「昨日までのお前さんなら、引っかかることすらできなかっただろう。強くなってるぞ」

「え?」

「お前さんがちゃんとオレの動きを読んで、誘導しようとしてるのが分かった。だからオレは、その読みの先にこいつを置いた」

モアさんが手甲を軽く叩く。

「お前さんが相手を読むように、相手もお前さんを読む。巧者なら、もっと深く、もっと鋭くな」

参ったな。

オレは地面に落ちた剣を見る。

拾おうとして――握れない。

「……なんで」

「『痛覚鈍化』だ」

モアさんが盾を下ろした。

「お前さん、さっき右腕が痺れた時に使ったろ」

「使いましたけど……」

「少し強くかけすぎたな」

モアさんは自分の右手を軽く握ってみせる。

「痛みだけ誤魔化すつもりが、腕の感覚まで鈍らせた。途中から握力も落ちてたんだろう」

言われて、もう一度剣を握ろうとする。

やっぱり、力が入らない。

「……気づかなかった」

「痛くなかったからな」

モアさんは笑った。

「『痛覚鈍化』は便利だ。痛みで動けなくなるのを防げる。けど、痛みってのは身体からの知らせでもある」

右腕を指差される。

「効かせすぎて、何が起きてるかまで分からなくしたら本末転倒だ」

「……はい」

悔しい。

ものすごく悔しい。

でも。

これは覚えておいた方がいい。

「まあ、Lv2になったばかりなら十分だろ」

モアさんが手を差し出してくる。

その手を掴んで立ち上がった。

「最後の入り方も悪くなかった。ちゃんとオレの盾を動かしてたぞ」

「……ほんとですか?」

「そこは嘘ついてどうする」

少しだけ嬉しい。

でも。

まあ。

考えてみれば当然か。

モアさんはLv3だ。

一つ上。

しかもベテラン。

だったら。

「モアさんはLv3ですからね」

「ん?」

「いや。さすがだなって」

自分でも、ちょっとだけ負け惜しみっぽいとは思った。

モアさんが眉を上げる。

その時。

少し離れたところから、飲み物をすする音が聞こえた。

見る。

ミルヴスさんが、まだソファにいた。

最初から最後まで見ていたらしい。

そして。

意味ありげに、こっちを見ている。

これはきっとチャンスだ。

ミルヴスさんはカップを置いた。

「嫌な予感しかしない」

「ミルヴスさん」

「ほらきた」

そう言って、ミルヴスさんは頭を抱える。

「――次、お願いします!」

ミルヴスさんは、ほんの少し。

ほんの少しだけ、笑ったように見えた。