◇
二日後。オルドからの報告によると、ハインツ邸でのティーパーティーは年齢様々な令嬢や婦人たちが参加していたものだった。通常社交デビューしたばかりの令嬢は、近い年頃の令嬢達だけのお茶会が多いはずだ。参列者も多く、どのタイミングでお茶をこぼしたのかは不明だった。
「ん……?アディラ伯爵夫人の名があるな」
元、公爵令嬢だったアディラ夫人は家格を気にしている印象がある。
「そうですよね。アディラ夫人が子爵家のパーティーに参加するのは珍しい事です」
「ふむ」
特に何もなければいいが。令嬢たちの茶会に呼ばれるようになって、元気がなくなっているのは間違いない。
「今日も断られてしまったな」
思わず呟く。
「ええ。社交デビューしたばかりですから。シーズンが収まれば回数も落ち着き、また頻繁に会えるようになりますよ」
「そうだといいが……」
そこまで言ってオルドがルークスを凝視しているのに気付く。ものすごく不快な顔で。
「なんだ?」
半眼でオルドを睨む。
「いえ、団長にそういうお相手が出来て嬉しく思います」
「彼女はそういうのではない。言っただろう。年齢が――……」
「――ルークス!」
言い返しきらないうちに執務室のドアが乱暴に開いた。
ノルマン前公爵夫人が勢いよく入室した。こめかみの血管が動いているのを見ると、大層お怒りの様子だ。
「母上?どうなさいましたか」
ルークスは思い当たる自身の失態を頭に浮かべながら声をかけた。
「ルークス。分かりましたよ。おかしな社交界の暗黙のルールを作った張本人が」
「――は?」
吐き捨てるように夫人は言ったが、ルークスはいまいちピンと来ていない。
(社交界の暗黙のルール?ああ。シエナと出会った夜会で聞いた話か)
「該当する令息がいたのですか?」
気の毒そうに言うと、夫人が食って掛かるように言う。
「該当する令息はどう考えても貴方です!そんな事は分かり切っていたからいいのよ。それを強制している人よ!」
「え?私?」
完全に寝耳に水である。オルドに意見を求めようと視線を送ると、呆れた様な顔で首を振っていた。
「それを帝都の令嬢達に広めたのはアディラ伯爵夫人だったの。――全く!たちが悪いわ。ノルマン公爵家を途絶えさせようとマティアス公爵家の差し金かしら?」
「いえ、おそらくそうではなく……」
後ろからアーサーが口を開いたが、すぐに口籠った。
「どうしたの」
夫人が訝し気にアーサーを見る。
「私から言っていいものか……」
「ノルマンが被害を被っているのよ。何かあるなら言ってちょうだい」
アーサーは思案しながら言った。
「アディラ夫人の思惑は、そのような大仰なものではないでしょう。おそらく閣下へ懸想しているからだと」
「私もそう思います」
アーサーの言葉にオルドも同意する。
「ええ……!確かに昔はそうだったかもしれないけど……!」
夫人も慌てている。
「アディラ伯爵夫人……元マティアス公爵令嬢は昔から閣下がお好きなようでした。子供の頃から見目麗しい姿だった閣下に女性が近寄らなかったのも、アディラ夫人の強めの牽制があったからこそです。帝国序列三位のマティアスの令嬢に逆らえる令嬢は当時いませんでしたから」
ルークスはどこか他人の事のように聞いていた。
「そ、そうだったのか?しかしそんなこと一言も言われたことがないぞ」
「それは……アディラ夫人はプライドの高い方でしたから…」
「そうですね……」
アーサーとオルドが互いに頷き合っている。
「はっ、団長。それだけ団長に執着されているアディラ夫人がシエナ嬢に気付いてはまずいのでは?」
「なぜだ?」
「何故って!団長が女性と親しくしているだけでも珍しいのに」
「閣下が特定の令嬢を邸宅に呼んでいる事は社交界にもひろがっております」
「そうなのか?!」
公爵夫人が呆れたように言った。
「アーサー。どうして私の息子はこんなに色事に疎いの?」
「我々の不徳に致すところでございます」
アーサーは頭を下げた。
「ルークス!早くシエナ嬢に求婚なさい!グズグズしているとアディラ夫人を調子に乗らせてしまいそうだわ」
「え、いやしかし…私ではシエナ嬢につりあいません……!」
母の勢いに狼狽えながら口を開くと、執務室の書類が宙を舞い始めた。
「しかしじゃないでしょう。何なの貴方はこの間から!つり合わないとは何ですか!シエナ嬢を侮辱しているの?」
怒号と共に、パリパリと夫人の周りに電気がはじけた。
母の深い紫色の瞳には魔力が宿っている。魔術を使う程の量ではないが、感情が高ぶると暴走するように溢れ出す。ルークスは母の出す圧に負けじと声を張った。
「侮辱などと!彼女に問題がある訳ではありません!ただ…、歳の差がありすぎることを言っているのです!」
夫人の声音が少し落ち着いた。
「なんですって?歳の差?」
「はい」
書類が床へ落ち、ルークス含め使用人たち皆が安堵する。
「歳の差……?アーサー、息子が言ってることがよく分からないわ」
「私にも分かりかねます」
粛々と頷くアーサーを睨むと、オルドが言った。
「団長、シエナ嬢の今日参加しているパーティーが開催されている場所がアディラ伯爵邸のようです」
ルークスは立ち上がり、すぐに部屋を出た。
「それをはやく言え」
「私も今、部下の報告で知りました」
二日後。オルドからの報告によると、ハインツ邸でのティーパーティーは年齢様々な令嬢や婦人たちが参加していたものだった。通常社交デビューしたばかりの令嬢は、近い年頃の令嬢達だけのお茶会が多いはずだ。参列者も多く、どのタイミングでお茶をこぼしたのかは不明だった。
「ん……?アディラ伯爵夫人の名があるな」
元、公爵令嬢だったアディラ夫人は家格を気にしている印象がある。
「そうですよね。アディラ夫人が子爵家のパーティーに参加するのは珍しい事です」
「ふむ」
特に何もなければいいが。令嬢たちの茶会に呼ばれるようになって、元気がなくなっているのは間違いない。
「今日も断られてしまったな」
思わず呟く。
「ええ。社交デビューしたばかりですから。シーズンが収まれば回数も落ち着き、また頻繁に会えるようになりますよ」
「そうだといいが……」
そこまで言ってオルドがルークスを凝視しているのに気付く。ものすごく不快な顔で。
「なんだ?」
半眼でオルドを睨む。
「いえ、団長にそういうお相手が出来て嬉しく思います」
「彼女はそういうのではない。言っただろう。年齢が――……」
「――ルークス!」
言い返しきらないうちに執務室のドアが乱暴に開いた。
ノルマン前公爵夫人が勢いよく入室した。こめかみの血管が動いているのを見ると、大層お怒りの様子だ。
「母上?どうなさいましたか」
ルークスは思い当たる自身の失態を頭に浮かべながら声をかけた。
「ルークス。分かりましたよ。おかしな社交界の暗黙のルールを作った張本人が」
「――は?」
吐き捨てるように夫人は言ったが、ルークスはいまいちピンと来ていない。
(社交界の暗黙のルール?ああ。シエナと出会った夜会で聞いた話か)
「該当する令息がいたのですか?」
気の毒そうに言うと、夫人が食って掛かるように言う。
「該当する令息はどう考えても貴方です!そんな事は分かり切っていたからいいのよ。それを強制している人よ!」
「え?私?」
完全に寝耳に水である。オルドに意見を求めようと視線を送ると、呆れた様な顔で首を振っていた。
「それを帝都の令嬢達に広めたのはアディラ伯爵夫人だったの。――全く!たちが悪いわ。ノルマン公爵家を途絶えさせようとマティアス公爵家の差し金かしら?」
「いえ、おそらくそうではなく……」
後ろからアーサーが口を開いたが、すぐに口籠った。
「どうしたの」
夫人が訝し気にアーサーを見る。
「私から言っていいものか……」
「ノルマンが被害を被っているのよ。何かあるなら言ってちょうだい」
アーサーは思案しながら言った。
「アディラ夫人の思惑は、そのような大仰なものではないでしょう。おそらく閣下へ懸想しているからだと」
「私もそう思います」
アーサーの言葉にオルドも同意する。
「ええ……!確かに昔はそうだったかもしれないけど……!」
夫人も慌てている。
「アディラ伯爵夫人……元マティアス公爵令嬢は昔から閣下がお好きなようでした。子供の頃から見目麗しい姿だった閣下に女性が近寄らなかったのも、アディラ夫人の強めの牽制があったからこそです。帝国序列三位のマティアスの令嬢に逆らえる令嬢は当時いませんでしたから」
ルークスはどこか他人の事のように聞いていた。
「そ、そうだったのか?しかしそんなこと一言も言われたことがないぞ」
「それは……アディラ夫人はプライドの高い方でしたから…」
「そうですね……」
アーサーとオルドが互いに頷き合っている。
「はっ、団長。それだけ団長に執着されているアディラ夫人がシエナ嬢に気付いてはまずいのでは?」
「なぜだ?」
「何故って!団長が女性と親しくしているだけでも珍しいのに」
「閣下が特定の令嬢を邸宅に呼んでいる事は社交界にもひろがっております」
「そうなのか?!」
公爵夫人が呆れたように言った。
「アーサー。どうして私の息子はこんなに色事に疎いの?」
「我々の不徳に致すところでございます」
アーサーは頭を下げた。
「ルークス!早くシエナ嬢に求婚なさい!グズグズしているとアディラ夫人を調子に乗らせてしまいそうだわ」
「え、いやしかし…私ではシエナ嬢につりあいません……!」
母の勢いに狼狽えながら口を開くと、執務室の書類が宙を舞い始めた。
「しかしじゃないでしょう。何なの貴方はこの間から!つり合わないとは何ですか!シエナ嬢を侮辱しているの?」
怒号と共に、パリパリと夫人の周りに電気がはじけた。
母の深い紫色の瞳には魔力が宿っている。魔術を使う程の量ではないが、感情が高ぶると暴走するように溢れ出す。ルークスは母の出す圧に負けじと声を張った。
「侮辱などと!彼女に問題がある訳ではありません!ただ…、歳の差がありすぎることを言っているのです!」
夫人の声音が少し落ち着いた。
「なんですって?歳の差?」
「はい」
書類が床へ落ち、ルークス含め使用人たち皆が安堵する。
「歳の差……?アーサー、息子が言ってることがよく分からないわ」
「私にも分かりかねます」
粛々と頷くアーサーを睨むと、オルドが言った。
「団長、シエナ嬢の今日参加しているパーティーが開催されている場所がアディラ伯爵邸のようです」
ルークスは立ち上がり、すぐに部屋を出た。
「それをはやく言え」
「私も今、部下の報告で知りました」


