滅びの魔女と楽園の神官

 それからしばらくは、穏やかな道程が続いた。途中、乗り合い馬車が通りかかったときは、乗っていかないかと声をかけられたが、ノインがヴィンセントを指し、「彼とふたりがいいの」と断っていた。新婚夫婦という設定は、まだ有効らしい。

「本当にあなたと物見遊山の旅ができたら、楽しいでしょうね」

 つい、そんなことを口にしていた。無遠慮すぎたと反省する前に、ノインが小さく声をあげて笑った。

 その、無邪気な少女めいた様子は愛らしく、よりいっそう、ありえない『もしも』を思って胸がうずく。

「そうだったら、あなたとわたしは、どんなふうに出会っていたかしら」

 ヴィンセントは、自分たちの出会いをさかのぼって、ノインと出会い、楽しく旅をするための条件を考えた。

 まず、国が滅ぶなんて予兆のあるなかでは、とてものんびり旅をしていられない。

 予兆がなければ、ヴィンセントが神殿を出る機会はなかったろう。

「……僕は、あなたに出会うためには、生まれからやり直さなければならない気がします」

 ノインは、またくすくすと笑った。

「あなた、見るからに良いところのお坊ちゃんだもの。わたしと出会うことなんて、なかったでしょうね」

 おそらくは世慣れしない雰囲気を隠しきれずにいて、出自が半分見抜かれていたことには諦めを感じつつ、ヴィンセントは頬を緩める。

「現状はとても喜べませんが、ノインと出会えたことは、幸いに思います」
「ロマンチックなことを言うのね」

 いったい、自分は何を口走っているのか。

 抱えた矛盾に心を乱されるヴィンセントの隣で、ノインは穏やかにヴィンセントを見上げた。彼女に許された気になってしまう。

 ヴィンセントにはない自由さを持つノインと、穏やかに過ごしたかった。

 はじめから、叶うことのない望みだ。

「でも、わたしもあなたと過ごせて、よかったと思うわ」

 ヴィンセントがこの国でそれなりの身分にあると気づいていながら、ノインはそう言って微笑む。

「いつどこで、誰とどう出会うかこそ、運命と呼ぶのかもしれない。あの村であなたが割り込んできてくれたような。ねえ、なぜ助けてくれたの?」
「……なぜでしょう。自分でもわからないのです」

 ノインが最初の村で引き留めにあっていたとき、ヴィンセントは彼女の容姿を見て、やっと見つけた、と思った。

 ひと目でわかった。

 彼女の家族を焼き尽くしたあの忌まわしい夜から、彼女のことを、忘れた日はなかったからだ。

「あのとき、あなたを助けなければ、と、とっさに思いました。理由はわかりません」
「それも運命? それとも、あなたの優しさかしら。天は何をどこまで定め、どこからを人の手にゆだねているのかしらね」

 ノインが空を見上げて問いかける。答えのない問いだ。
 ノインはすがすがしい空を見ていたのと同じ表情をヴィンセントにも向け、ひょいと肩をすくめた。

 あの夜、ヴィンセントを口実に、彼女の村が焼き尽くされたことをノインが知ったとしたら、どんな目を己に向けるのか。それを恐れる心が、ヴィンセントの中に存在する。

 憎まないと決意したとしても、あんなことがあって、本当に憎まずにいられるとは、どうしても思えなかった。
 そこまで考えて、ヴィンセントはふと、あることに気づいて愕然とした。
 ヴィンセントの思いは、ノインの清い心がけを汚している。

(……僕が、ノインに憎まれたいのでしょう……)

 あの夜から、ヴィンセントを苛み続ける罪悪感がある。それを償う機会がほしい。

 すべてを打ち明けて、そのうえで、ノインに許されたい。

 自分がなぜ、軍の捜索とは別に、神殿を出て国を巡ることを選んだのか、その根底にあった己の願望に、ようやく気がついた。

 もう一度、ノインに会いたかった。魔女探しを口実にして、その願いのために神殿を出たのだった。

 魔女を討つ覚悟など、初めから己にはなかったのだ。

「ヴィンセント、今度は何を憂えているの」

 ノインが歩調を緩め、心配そうにヴィンセントを見上げている。
 今ここで彼女にすがりついて、すべてを打ち明けてしまえたら。
 ヴィンセントは、こみ上げる願望をどうにか飲み下した。

「ご心配をおかけして申し訳ありません。僕は大丈夫です」