滅びの魔女と楽園の神官

 ヴィンセントは、もう前を向いたノインの横顔をじっと見下ろした。ノインの表情は平素のままで、何も読み取れない。
 ノインがあどけない少女であったら、何ということもない問いだったろう。けれど彼女はただの少女とは言い難く、つい真意を探ってしまう。

「なあに?」

 ヴィンセントに気を許してくれたのか、今日のノインには、今までの彼女よりも素直な雰囲気がある。
 それを、そのまま受け止めていいのか。
 ヴィンセントは、自分が試されている心地だった。

「……確かに、僕は星読みの能力を持っています」

 肯定してみて、ノインの反応を見る。尋ねておきながら、彼女は少し意外そうに目を瞬かせた。

「あなたに、未来が読めるようには見えなかったわ」
「そう何でもわかるわけではありません。明日の天気くらいは、いつでも読めますが」
「きっと晴れね」

 ノインは一度空を見上げて、さらりと答えた。昼間の今、まだ星は見えない。彼女は雲や風の様子を読んだのだ。星読みの力とは異なるが、旅慣れた彼女は、その肌で、自然と気配を感じるのだろう。

「僕もそう思います。天気ほどたやすく、さまざまな未来を読めたなら、どれほどよかったことでしょう」
「たとえば、どんなことならわかるの?」

 ヴィンセントは先ほどノインがしたように空を見上げ、陽光に隠された星の光を見透かすように目を細めた。魔力を宿した眼なら、昼間でも星の光を読むことはできる。

 このあたり一帯の明日の天気、この近くで誰かが幸福な縁を得ること、または付近の村の誰かが老いて死ぬこと。

 よくあるいくつかを簡単に読んだところで、魔力を抑え、視線を前に戻した。

「精密に読むなら、それなりの手順が必要です。ノインが魔法を使うのと同じだと思います。複雑な魔法を使うときは、あの光の玉を生むより難しいでしょう?」
「そうね。じゃあ、国が滅ぶ予兆を視るのは?」

 ヴィンセントは、初めてその予兆を星が示した夜を思い返した。まず神官長が気づいて、それから星読みの神官総出で夜通し空を見上げていた。

「まず、空にひどく不吉なものを感じます。魔力を操り、それが何かを慎重に探って、滅びの予兆と知るのです」
「それ以上詳しいことはわからないの?」

 ノインの素朴な疑問に、ヴィンセントは、わかったらいいのに、と思わずにいられなかった。
 ただ未来のぼんやりした事象がわかるだけの己が、やはりどうしても無力に思える。

「未来というのは、常に不確定です。ほんの少しの差異が、大きな違いを生むこともあるものですから。大きな事柄ほど、細部はわからないものなのです」
「そんなに違いが出るというのに、滅ぶことだけは変わらないのも、おかしなものね」
「だから国も右往左往しているのです」

 明日になれば、滅びの予兆が消えてはいないか。

 神殿では、誰もがそんな願いを抱いていた。

 未来が変わりやすいのも確かで、昨晩星が示していた未来の出来事が、翌日の夜には消えていたり、変わっていたりすることも、しばしばある。
 国が形振り構わなくなってきているのは、この五年、決して予兆が消えないからだ。

 まるで、何者かが、どうしても国を滅ぼそうとしているかのようだった。

「ねえ、それなら、なぜこの国が滅ぶのかは、まだ決まっていないということじゃないかしら」
「えっ?」
「魔女が国を滅ぼすと決まっているなら、星は、そのように示すものじゃない?」

 ノインがひとさし指を空に向けた。

 晴れ渡る空は、まさか不吉な予兆を漂わせているようには思えない、すっきりとした青色をしている。実際、星読みの力を持たない者にとっては、綺麗な秋晴れの空なのだろう。
 ノインは、星を読まないその瞳を、彼女の真上の空へ向けた。

「未来は不確定。国が滅ぶ予兆は見えているけれど、それだけ。そうなんでしょ?」

 濁りのないノインの薄灰色の目が、ヴィンセントを見る。星の光に眩まされていない、透き通った目だ。

「……そうだとしたら、僕たちはどうすればよいのでしょう。いったいなぜ、この国は滅びると……」
「その『なぜ』を決めるのは、人間なんじゃない?」

 ノインは忌憚無く言って、手のひらを広げた。

「本当に『魔女』がいて、何らかの方法で滅ぼす。行きすぎた魔女狩りで国が乱れ、どこかで反乱が起きる。今の動揺に、隣国がつけこんでくる……」

 指を一本ずつ折りながら、ノインが原因になりそうな事柄を挙げている。
 この国が滅亡の危機に瀕していても、彼女は冷静そのものだった。

「もし、理由が定まっていないのなら、今の僕たちにできることはないのでは……」
「時おり、そういうこともあるでしょう。運命というのかしらね」

 軽やかな口調でノインは言った。
 国に守られなくても、彼女は生きてゆける。