滅びの魔女と楽園の神官

 それを見て、ヴィンセントはようやく、この妖精のような少女が村の子どもで、ここに逃げてきたのだと気がついた。
 同時に、彼女にとって、自分が憎むべき相手であることも、やっとわかった。
 けれど少女は、ヴィンセントを憎しみの目で見ていない。それどころか、ヴィンセントの命の心配をしている。

『あなたにとって、僕は敵ではないのですか。なぜ、僕の身を案じてくださったのです?』

 少女はヴィンセントを見つめた。涙に濡れた瞳に、頼りなさは欠片もなかった。

『あなたが何も知らないこと、すぐにわかったわ。もし、憎むべき相手がいたとしても、それはあなたじゃない。それにわたしは、何かを憎んではいけない』

 少女のまなざしの強さに、ヴィンセントは圧倒された。
 パチパチと木の燃える音が迫ってきた。このままここにいては、火事に巻き込まれてしまう。

『……逃げないと……。あなたにとって安全な場所はありますか?』

 視線を動かしても、暗い森ではろくに見えない。土地勘もないヴィンセントでは、彼女を導いてやることも難しい。

『殿下! どちらにいらっしゃいますか⁉』

 ヴィンセントを呼ぶ側仕えの声が聞こえた。少女がヴィンセントと、声の聞こえた方角を見比べ、視線でヴィンセントへ行くよう促す。
 その直後、すぐそばで枝を踏む音が聞こえた。
 少女がそちらへ顔を向け、さっと身を翻す。
 ヴィンセントは少女に遅れて音のしたほうを見、眩しい炎に目を細めた。

『あれは……おい、こっちにひとり逃げたぞ!』

 将校はヴィンセントを一瞥したものの、すぐに少女の姿を捉え、声を上げた。その隙に、ヴィンセントは従者の声がしたほうへと駆け出した。

『殿下!』

 側仕えの者は、思ったよりすぐ近くにいた。彼に連れられ、あっという間に広がる炎を避けて森を出たヴィンセントは、炎が村を燃やし尽くしているのを目にした。

 あの少女は無事だろうか。

 最後に見た彼女は、将校の持っていた松明の炎に照らされ、淡い金の髪も、薄灰の瞳も、濃くまばゆい色に染まっていた。それは苛烈な美しさで、ヴィンセントと対峙したときの、彼女のしなやかな優しさには、似合わないと思った。

 どうか逃げ延びてほしい。

 ヴィンセントの祈りが通じたのかどうか、ほどなくして将校が不機嫌そうに戻ってきた。
 そしてヴィンセントは、将校が挙げた『魔女』の特徴を、わずかも否定しなかった。
 そのことが、多くの無辜の民を犠牲にしている。
 けれどあの少女を生贄に差し出すことにも、正しさを見出せない。彼女ひとりに、いったい何の罪があるというのだろう。
 罪を捏造して躊躇いなく村を焼き、ひとりの少女から家族を奪ったあの将校こそ、『魔女』にふさわしい者ではないか。

 国のための仕事だったのだ、といくら考えても、疑念が消えはしなかった。