滅びの魔女と楽園の神官

「前にも言ったけれど、ひとりで国を滅ぼせる人間がいたとしたら、こんな国、とうに滅ぼしてる」

 悲しいかな、ノインの言い分には納得するしかない。

「魔女狩りで国が揺らいでいる現状を思えば、それを『魔女によって』とは言えるかもしれないわね」

 ノインは脂の滴る肉をまだ火に当てていた。彼女は、脂を落とした肉のほうが好みのようだ。彼女の魔法で生まれた火が、脂でいっそう大きく燃え上がる。
 ふわりと舞う火の粉を目で追い、ヴィンセントが空を見上げると、木々の合間に、無数の星が輝くのが見えた。すぐに目を伏せる。

「星の予兆が示すのは、国が滅ぶことだけです。国王も手を尽くして原因を探りましたが、もう魔女のほかに、要因が見つからない」
「星を読めるからといって、人に、その定めを変えることができるとは限らないんじゃないかしら」
「人がどうにかできるものではないと? だから人には、要因も見つけられないということですか?」
「さあ……」

 ノインは薫製肉を火から上げ、息を吹きかけて冷ましながら、端のほうをかじった。彼女にとっては、国が滅ぶかどうかよりも、肉の焼き加減のほうが重要そうだった。

「この国が長く平穏であったのは、星を読む力があったからです」
「そうらしいわね。けれどたとえば、隣国が攻めてくることは読めても、攻めてくるのを止めることは、できなかったじゃない」
「けれど、国が滅ぶと予期したなら、何もせずにはいられません」
「そう言って、たくさんの人々を犠牲にしているわ。ヴィンセントはそれを、必要な犠牲と思う?」
「……僕に、止める力があるなら、止めています」

 重苦しい気持ちに胸を塞がれながらつぶやくと、ノインは食事の手を止めて、ヴィンセントの顔をじっと見た。

「もしかして、その力を求めて旅をしているの?」

 ノインは的を射ていた。ヴィンセントは無意識に手を強く握りしめた。

「……そうです。手当たり次第の犠牲を、止められるなら……」
「本物の魔女ひとりを、見つければいいと?」
「…………」

 ヴィンセントも、そう思って旅に出た。けれど今のヴィンセントは、その『力』を前に、正しいと思えなくなってきている。
 答えられないヴィンセントを置いて、ノインは続けた。

「国を救うために、魔女ひとりを犠牲にするのは、わかるわ。たったひとりで、大勢が救われるのよ」
「ノインは、その犠牲を当然と考えるのですか?」
「いいえ。でも、もしも本当に魔女ひとりで国が救えるなら、魔女は、それを知って生きていくのも苦しいでしょうね」

 ノインはさらりと言った。彼女の手の内で、肉を刺していた串がもてあそばれている。
 もしもノインが、自分が『魔女』だと知ったら、その串で喉を突くだろうか。
 ふと考えてしまい、ヴィンセントはぞっとした。

(僕は……その手から串を取り上げるでしょう、きっと)

 魔女を討たねばならない使命感で旅に出たのに、いつの間にか、ヴィンセントの中に矛盾が生まれている。

「魔女は、自分が『魔女』であることを知らないのでしょうか」

 炎に照らされたノインの横顔を見つめるが、彼女はヴィンセントの問いかけにも、冷静な表情を変えなかった。

「『魔女』によって国が滅ぼされるというのは、国がそう言っているだけで、真実とは限らないのよ。この前提が間違っていれば、国を滅ぼすものなんて自覚も持ちようがないわ」

 ノインは手の中の串にもう一枚薫製肉を刺して、火に当て始めた。

「魔女、ね……」

 炎を見つめて、ノインがつぶやく。そのまなざしは、目の前の炎ではなく、どこか遠いところを見ているようだった。
 薄灰色の瞳が炎のゆらめきで淡く光る。

「皆殺しにするはずだった一族の生き残り。もし魔女が国を滅ぼす力を持っていたなら、その力を、何より一族を守るために使ったと思わない?」

 ヴィンセントは、はっと目を見開いてノインの顔を見た。
 彼女の言うとおりだと思った。

 ヴィンセントの脳裏に、あの日の光景がよみがえる。