滅びの魔女と楽園の神官


 コレルへは行かないと言ったノインは、平地を進むのをやめ、山を越えて国の中央部へ出る道を取った。

 王国は、北東部にある山脈が、国の中央部と北東地域一帯を分断している。この山脈から東の領土は、昔から隣国と取り合いになっていて、今は王国の辺境伯領となっていた。
 王国が何度も争ってこの土地を奪い返すのは、ここで石炭が豊富に採れるからだ。
 この北東部を移動していたノインとヴィンセントは、縦に細長い土地ゆえに、引き返せば自分たちを『魔女』と告発した村の近くを通らざるをえない。そこでノインは、山越えを選んだのである。

 うかつに国境を越えられないヴィンセントは、ノインの選択に密かに安堵した。ノインが隣国へ抜けるほうを選んでいれば、ついてゆくことができなくなるからだった。
 しかしながら、足取りを隠すため、ノインとヴィンセントは森を抜けてすぐ山へ向かい、十分な装備を調えられないままの山越えになってしまった。しかも、ノインが進むのは、これまた国で整備した山道ではない、地図にない道だ。

「人の多い街までは、あまり目立ちたくないの」

 ノインはそう言って、躊躇無く道を外れた。
 地図を広げる様子のない彼女が何を頼りにしているか、ヴィンセントにはわからなかった。だが、森といい、山といい、道に迷う気配がないからには、彼女についていけば、遭難はしないと気づいている。

「山越えに三日はかかるのではありませんか。そのあいだ、食糧は……」

 日が暮れ、足下が見えなくなる前に野営の支度を整えながら、今さらヴィンセントが心配していると、ノインは干した肉や果物、薫製肉を、まるでこうなることを見越していたかのように取り出した。

「あなたと会った、あの村を出るときから、なんとなく予感はしていたのよ」

 串に通した薫製肉を、魔法でつけた火で炙る。野営の支度も食事の用意も、ノインは手慣れていた。

「疲れませんか、そんなにずっと、警戒していて」
「そうね。でも魔女狩りのせいで、ここ数年、ずっとそうだもの。慣れたわ」
「あなたが慣れてしまうほど、この国は『楽園』から遠くなってしまったのですね」
「国が滅ぶと言われたら、荒むのも仕方がないと思う。それでもあの辺りは、ほかのところよりいっそうぴりぴりしているように感じたわ」

 ノインは村にいるときより、今のほうが肩の力を抜いているように見えた。ヴィンセントがそれを言うと、ノインがおかしそうに笑った。

「こんなところなら、人はいないもの。安心でしょう?」
「獣や毒虫も恐れないと?」
「よっぽどの獣でなければ、獣除けの魔法で十分よ。よっぽどの獣の噂は、もうずっと聞かないわ」

 たき火はふたつあり、ひとつで肉を炙り、もうひとつには鍋がかけられている。ノインが摘んだ野草のスープだ。
 ノインは、旅の途中、この山のように、人が立ち入りにくい場所を通っては、貴重な薬草などを摘み、お金に換えているのだという。

「獣なんかより、今はどこへ行っても魔女狩りが恐れられている。人のほうが恐ろしいかもしれないわね」
「国が滅びるという話……ノインは信じますか?」
「国の星読みがそう言っているんでしょう? わたしは星は読めないから、何とも言えないけれど、『魔女によって』というなら、怪しいと思うわ」
「……なぜです?」

 ヴィンセントは、内心の動揺を押し殺して、なるべく自然な疑問を装った。

 魔女は、この国を滅ぼすのか。

 それはノインにこそ尋ねたい問いだった。