滅びの魔女と楽園の神官

「ひとりで立てますか?」
「ええ」

 ひとりのほうが気楽だ。それは間違いないのだけれど、今、ノインを支えてくれていたヴィンセントの体の温かさを感じて、ついほっと息をついてしまう。
 転びそうになったときに支えてくれる人など、ノインは五年前に失ったきりだった。

 ふたたび歩き出しながら、胸元の水晶板を服の上から探り、心を落ち着ける。
 ヴィンセントの体温を、ノインは慕わしく思った。そのように動いた自分の感情を、無かったことにはできない。

 でも、忘れてはいけないことがある。

 水晶板から引き出さずとも、鮮やかによみがえる炎の記憶。ノインの家族を奪った忌まわしい夜。
 ヴィンセントが何の目的で、ノインとともにいようとするのかは、見極める必要がある。そのために冷静さを保たなければならない。

 ヴィンセントは間違いなく、あの日、ノインたちに向けて火を放った側の人間なのだ。
 彼の言葉遣いや振る舞い、王族の血に特有の色素の薄さから、身分を推測するのは難しくなかった。
 ノインはこの国や、王族に復讐しようとは思っていない。憎しみに目を曇らせてはならない。物事はノインを通って、記録として残される。ノインが不純物になってはいけない。

 ヴィンセントを憎みはしない。彼自身は非道な人間でもないように思える。
 けれどそうだとしたって、彼に心を許すのは、家族への裏切りのような気がした。
 さざ波立つ心を、ゆっくりと息を吐いて鎮める。
 記録を濁らせるようなことがあってはいけないのだ。憎しみも、怒りも、愛情も、優しさも、それが邪魔になるなら、捨ててしまえる。

 ノインだけが生き残ってしまった。
 だからこそノインは、父母の遺志を継ぎ、役目を果たさねばならないと、強く心に決めているのだった。