滅びの魔女と楽園の神官

 兵士たちはみな外に出たようだが、食堂のカウンターの隅で、女将が数名の村人へ、何か温かい飲み物を出してやっていた。

「まさか魔女を泊めちまったなんてねぇ。わかってたら、その場で捕まえたのに」

 つい数時間前、気のいい笑顔でノインたちに惜しげもなくパンとスープを振る舞ってくれた人が、今は嫌悪もあらわに顔をしかめている。
 ノインはとうに慣れてしまったけれど、ヴィンセントの気配が悲しげに揺れたのがわかった。
 彼の手を引き、歩調を合わせながら、慎重に宿の戸口へ移動する。捜査のためか、ドアが開け放たれていたのに助けられ、体や荷物をぶつけないよう気をつけて通り抜けた。

 外は、松明を持った村人や兵士が、そこここに散ってノインたちを探している。広く、松明の無い場所は暗い分、宿の中より動きやすく、人を避けながら村の出口にたどり着くまで、たいした苦労はなかった。

 村の出口は兵士がひとり見張っていたものの、やはりノインの目くらましには気づかず、ノインとヴィンセントは堂々と歩いて村を出ることができた。その先の街道にもぽつぽつと人はいたが、元々の兵士の数も多くないのと、村人たちも夜に村を離れたくないようで、いくらも行かないうちにひと気は絶えた。

「目くらましを解くわ。念のため、道を外れましょう」

 先がわからないまま、魔力を使い果たすわけにはいかない。
 ノインは星を見上げて方角を確かめ、ヴィンセントを連れて背の高い草が茂る道無き道へ降りた。
 街道は整備されて歩きやすい反面、万一、馬で追って来られたら、すぐに見つかってしまう。

「僕たちを、どこまで追ってくるでしょうか」
「もし、本当にわたしを魔女と疑って探しているのなら、しばらくは。でも……」

 その先を言葉にするのを、ノインは少しためらった。
 燃えるような金髪に、金の目。
 魔女の条件は周知されている。
 ノインの髪はごく淡い金髪だ。目の色も薄い灰色で、条件に合わない。ひと目見ればわかる不一致にもかかわらず、ノインを魔女と見なしたのは、生贄や、手柄が欲しかったから。

「もしあの村に、金髪に金の目、あるいはそのどちらかでも持つ子がいたら……」
「…………」

 ヴィンセントも、ノインの言わんとすることに気づいたようで、黙って顔を伏せた。
 魔女を捕らえた実績が作れるなら、もはや誰でもいいのだ。

「……わたしの代わりに、誰かが犠牲になるの」
「そんなの、ノインに罪は……ありませんよ」

 思わずこぼしたノインのつぶやきに、ヴィンセントがすかさず非難がましく答える。その声の大きさを手振りで宥め、ノインは周囲を見回して人が居ないかを確かめた。

「申し訳ありません」
「嬉しいわ。わかっていても、自分ひとりだと気が滅入るもの」

 ノインは時折星の位置を見上げつつ、草むらをかきわけて進み、やがて森にたどりついた。
 街道の方向を伺っても、人の気配はない。

「兵は、こちらには来ませんでしたね」
「そうね。夜明けを待った……と、考えることにしましょう」

 ノインはランタンを取り出し、中に魔法で生み出した光の玉を入れ、体の前に掲げた。万が一の追っ手を警戒してのことだ。光の玉を浮遊させたら、夜では遠目にも目立つ。

「今夜、どこまで進みますか?」

 ランタンがあっても暗すぎる森を見回して、ヴィンセントが不安そうに問う。危険は冒したくないのだろう。ノインは自分の顔が照らされるようにランタンを掲げ、微笑んでみせた。

「そう奥まではいかないわ。少し先に、下草の柔らかな場所があるの。そこで休みましょう」

 足下に気をつけて、と、ノインは木の根が隆起する地面をランタンで照らした。それから、地面すれすれのごく低い位置に、光の玉を数個浮かべる。

「下だけでなく、上の枝やツタにもね」

 今度は上を見上げさせ、低い位置に張り出している木の枝などを示す。

「大変ですね……」
「街道を行けたらよかったのだけれど、やはり、追っ手が来たらまずいもの」
「そういえばノイン、もし追っ手が前の村からの情報を得ているなら、あなたの行く先も知られているのではないでしょうか」
「コレルへは行かないわ」
「えっ……わっ」

 ノインの返事に気を取られたヴィンセントが、何かにつまずく。彼の足下に光の玉を寄せながら、ノインはヴィンセントが立ち止まっているうちに続けた。

「どうしても行かなければならない場所ではないの。目的地なんてない旅だから」

 ヴィンセントが顔を上げる。淡い光しかない今は、彼の表情もよくは見えない。それでも、じっとノインを見つめ、何かを推し量ろうとする気配が伝わってくる。
 ノインは泰然とその視線を受けた。後ろ暗いことなど何ひとつない。
 やがて視線を逸らしたヴィンセントの伏せた目元に、罪悪感のようなものが見えた。

(このひと、純粋すぎるわ)