滅びの魔女と楽園の神官


「ヴィンセント。起きて」

 夜半、ノインはヴィンセントを揺すり起こした。
 寝るときは緊張していた様子だったが、疲れに負けたらしくぐっすりと眠り込んでいた彼は、ノインに体を揺さぶられて眠そうに目を開けた。

「荷物を持って。早く」

 寝ぼけ眼のヴィンセントは、ノインが彼の腕を強く引いて上体を起こしてやって、ようやく異変に気づいたようだった。
 夜中だというのに、妙に騒がしい。
 ノインは状況を正確に捉えていたが、ヴィンセントは露骨に動揺し、何が起こっているのかわからない顔でノインを見た。

「魔女狩りよ」

 ノインは窓から外の様子を伺い、潜めた声で答えた。

「前の街で、誰かが通報でもしたのかしら。それとも、本当の不意打ちかしら」
「どうするのですか」
「逃げるわ。わたしは差し出される危険が高いもの」
「僕も一緒に行きます」

 手早く外套を纏い、荷物を背負ったヴィンセントが、ノインの隣に並び、細く開けた窓から外を見る。
 村の男たちが、宿を囲んでいた。窓から見えるのは宿の裏手で、表の様子はわからない。魔女狩りの正規兵はもう到着しているのだろうか。
 人々の持つ松明が、異様な熱気をもたらしているかのようだった。

「それがいいわ。前の街からの追っ手だとしても、この街を抜き打ちで調べに来たとしても、あなたはわたしと一緒にいるのを知られているから」

 ノインがひそひそと話した直後、馬の嘶きと、人々のどよめきが宿の表のほうから聞こえた。
 馬に乗って来たなら、おそらくはそれなりの地位の正規兵がいる。
 ノインはヴィンセントを手招き、彼と手を繋いで、自分たちの周りに簡単な目くらましの魔法を展開した。ほぼ同時に、部屋のドアが叩かれる。

「お客さんら、ちょっと出てきてもらえませんかね!」

 宿の主人がドアの前で叫ぶ。ノインはヴィンセントを引っ張って、部屋の隅へ身を潜めた。

「お客さん! 開けますよ!」

 鍵を閉めてあるドアが蹴破られ、宿の主人と兵士が数名、どたどたと入り込んでくる。彼らは部屋をざっと見回して、ベッドの下まで確かめたが、目くらましの魔法に隠れたノインとヴィンセントには気づかなかった。
 もぬけの殻に見える部屋に、兵士たちは「ちくしょう、逃げられた!」と悪態をつき、急いで階下に降りていく。

「仮にも『魔女』を探しているのに、魔法をちっとも疑わないものね」

 ひと気が完全に無くなってから、ノインはごく小さくささやいた。

「魔女狩りはもう、目的を見失っています……」

 ヴィンセントが痛ましげにつぶやく。
 ノインは目くらましの魔法を保ったまま、周囲に聞き耳を立て、足音を潜めてゆっくりと階下へ降りた。