「ひと晩でも、よく知らない男性と同じ部屋で過ごすことを、あなたは気にしないのですか」
「馬小屋の隅で過ごすか、あなたと同室かだったら、わたしは後者を選ぶわ」
「馬小屋?」
なぜ、と首を傾げたヴィンセントに、ノインは予想通りだと思いつつ、床とベッドを指さした。
「ちゃんとした部屋や、ベッドは貴重なの。従者にまで用意するものはないのよ。だから、もしわたしが従者を名乗ったら、主人であるあなたの部屋しか用意されず、わたしは馬小屋でほかの従者たちと雑魚寝ね」
「従者の分まで、宿代を払えば……」
「お優しいご主人さまだけど、そんな世間知らずなことしたら、宿代をふっかけられるわよ」
ノインはそういうものだと笑ったが、ヴィンセントは不満のようだった。彼が高貴な生まれであることは間違いない。
一方で、日中歩き通してもそこまで疲れていない様子や、使い込まれた旅道具を見るに、物見遊山で無謀な家出をしたお坊ちゃんでもなさそうに見える。
「ノインを馬小屋に寝かせるくらいなら、ふっかけられても払いますよ」
「ありがたいけれど、今後、もしそういうことがあっても、止めておきなさい。そういうことをする人間として、何かと目立つし、カモにされるわ」
宿屋の受付は、食事処と酒場も兼ねている。どんな人間がいて、誰の耳目を引くかわからない。
「そういえばあなたの、本当の行き先はどこなの?」
「王都でした。でも……」
目的地が王都だとしたら、方向が逆だ。ヴィンセントもそれはわかっているらしく、怪訝な顔をするノインを見返して、緩く首を振ってみせた。
「急ぎではありませんし、しばらく、お供してもかまいませんか?」
「わたしに? なぜ?」
「……見聞を広めたくて、旅をしているのです。ノインとともに過ごすのは、よい学びが得られそうな気がして」
答える前、ヴィンセントは一瞬目を反らした。ノインは、その仕草に気づかなかったふりをした。
「一緒に来るのはかまわないけれど、わたしはあなたに気を遣わないわ」
「もちろん。そのほうが、僕も気楽です」
「明日の朝には発つから、荷物はそのままがいいと思う」
それから、と、ノインは一台しかないベッドを示して言う。
「ベッドは、わたしとあなたが共用で使うの。わたしに付いてくるというなら、慣れてね」
「え……」
ぽかんとするヴィンセントを部屋に残し、ノインは階下の食堂へ、ふたりぶんのパンとスープをもらいに行った。
日が暮れて、階下には酒場としての賑わいが訪れている。騒がしい注文をさばきながら、女将が大きなパンとバター、それから大皿になみなみとしたスープをトレイに載せて渡してくれた。
「お嬢ちゃんたち、新婚旅行って言うには、また鄙びたとこへ来たもんだね」
「辺境伯領に、有名な遺跡があるでしょう。そこで愛を誓えば、一生幸せに暮らせるっていう……」
「そうなのかい? お熱いこって」
「女将さん、ベーコンや干したプラムはあるかしら」
それはこの先の旅路に必要な食糧だった。女将もこの手の注文に慣れているらしく、さっと奥に引っ込んだかと思うと、ひと塊の薫製肉とドライフルーツの袋を持って戻ってくる。
「はいよ」
ノインは宿代とは別に代金を払い、女将から受け取った食糧を麻袋に入れた。それを肩にかけ、両手でトレイを持ち上げる。
忙しそうな女将は、きっぷのよい笑顔を見せ、ノインに「ゆっくり休むんだよ」と言って別の注文を受けに行った。ノインは大皿のスープをこぼさないよう、慎重に階段を上がり、ドアの外から声をかけて、ヴィンセントに開けてもらう。
「夕飯をもらってきたわ」
「申し訳ありません、僕が行くべきでした」
「いいのよ」
ヴィンセントがトレイを受け取ろうとするのを軽くかわして、備え付けの小さなテーブルに載せる。湯気を立てるスープには野菜がごろごろと入っていて、お腹いっぱいになりそうだ。
ノインはナイフを出し、大きなパンを何切れかにスライスした。女将が添えてくれたスープ皿にスープを取り分け、おかわりは各自で取ることにする。
「ヴィンセント、食事の量でわたしに遠慮しないでね。足りなくて、空腹で倒れられたら困るもの」
「ノインは、どのくらい召し上がりますか?」
「気にしないで。もし足りなくなったら、下にもらいに行くわ」
同世代の女性と過ごすことなどあまりないので、ノインは、自分の食事量が一般にどの程度と評されるか知らない。今テーブルにある大皿のスープをひとりで飲み干すことはないとは言える。
結局、ノインとヴィンセントはややぎこちなく、互いの距離感を計るような食事をした。ヴィンセントの「もう十分」という申告が本当なら、彼は食が細くはなく、大食漢でもないのがわかった。
「ノイン、寝床の話ですが……」
「馬小屋の隅で過ごすか、あなたと同室かだったら、わたしは後者を選ぶわ」
「馬小屋?」
なぜ、と首を傾げたヴィンセントに、ノインは予想通りだと思いつつ、床とベッドを指さした。
「ちゃんとした部屋や、ベッドは貴重なの。従者にまで用意するものはないのよ。だから、もしわたしが従者を名乗ったら、主人であるあなたの部屋しか用意されず、わたしは馬小屋でほかの従者たちと雑魚寝ね」
「従者の分まで、宿代を払えば……」
「お優しいご主人さまだけど、そんな世間知らずなことしたら、宿代をふっかけられるわよ」
ノインはそういうものだと笑ったが、ヴィンセントは不満のようだった。彼が高貴な生まれであることは間違いない。
一方で、日中歩き通してもそこまで疲れていない様子や、使い込まれた旅道具を見るに、物見遊山で無謀な家出をしたお坊ちゃんでもなさそうに見える。
「ノインを馬小屋に寝かせるくらいなら、ふっかけられても払いますよ」
「ありがたいけれど、今後、もしそういうことがあっても、止めておきなさい。そういうことをする人間として、何かと目立つし、カモにされるわ」
宿屋の受付は、食事処と酒場も兼ねている。どんな人間がいて、誰の耳目を引くかわからない。
「そういえばあなたの、本当の行き先はどこなの?」
「王都でした。でも……」
目的地が王都だとしたら、方向が逆だ。ヴィンセントもそれはわかっているらしく、怪訝な顔をするノインを見返して、緩く首を振ってみせた。
「急ぎではありませんし、しばらく、お供してもかまいませんか?」
「わたしに? なぜ?」
「……見聞を広めたくて、旅をしているのです。ノインとともに過ごすのは、よい学びが得られそうな気がして」
答える前、ヴィンセントは一瞬目を反らした。ノインは、その仕草に気づかなかったふりをした。
「一緒に来るのはかまわないけれど、わたしはあなたに気を遣わないわ」
「もちろん。そのほうが、僕も気楽です」
「明日の朝には発つから、荷物はそのままがいいと思う」
それから、と、ノインは一台しかないベッドを示して言う。
「ベッドは、わたしとあなたが共用で使うの。わたしに付いてくるというなら、慣れてね」
「え……」
ぽかんとするヴィンセントを部屋に残し、ノインは階下の食堂へ、ふたりぶんのパンとスープをもらいに行った。
日が暮れて、階下には酒場としての賑わいが訪れている。騒がしい注文をさばきながら、女将が大きなパンとバター、それから大皿になみなみとしたスープをトレイに載せて渡してくれた。
「お嬢ちゃんたち、新婚旅行って言うには、また鄙びたとこへ来たもんだね」
「辺境伯領に、有名な遺跡があるでしょう。そこで愛を誓えば、一生幸せに暮らせるっていう……」
「そうなのかい? お熱いこって」
「女将さん、ベーコンや干したプラムはあるかしら」
それはこの先の旅路に必要な食糧だった。女将もこの手の注文に慣れているらしく、さっと奥に引っ込んだかと思うと、ひと塊の薫製肉とドライフルーツの袋を持って戻ってくる。
「はいよ」
ノインは宿代とは別に代金を払い、女将から受け取った食糧を麻袋に入れた。それを肩にかけ、両手でトレイを持ち上げる。
忙しそうな女将は、きっぷのよい笑顔を見せ、ノインに「ゆっくり休むんだよ」と言って別の注文を受けに行った。ノインは大皿のスープをこぼさないよう、慎重に階段を上がり、ドアの外から声をかけて、ヴィンセントに開けてもらう。
「夕飯をもらってきたわ」
「申し訳ありません、僕が行くべきでした」
「いいのよ」
ヴィンセントがトレイを受け取ろうとするのを軽くかわして、備え付けの小さなテーブルに載せる。湯気を立てるスープには野菜がごろごろと入っていて、お腹いっぱいになりそうだ。
ノインはナイフを出し、大きなパンを何切れかにスライスした。女将が添えてくれたスープ皿にスープを取り分け、おかわりは各自で取ることにする。
「ヴィンセント、食事の量でわたしに遠慮しないでね。足りなくて、空腹で倒れられたら困るもの」
「ノインは、どのくらい召し上がりますか?」
「気にしないで。もし足りなくなったら、下にもらいに行くわ」
同世代の女性と過ごすことなどあまりないので、ノインは、自分の食事量が一般にどの程度と評されるか知らない。今テーブルにある大皿のスープをひとりで飲み干すことはないとは言える。
結局、ノインとヴィンセントはややぎこちなく、互いの距離感を計るような食事をした。ヴィンセントの「もう十分」という申告が本当なら、彼は食が細くはなく、大食漢でもないのがわかった。
「ノイン、寝床の話ですが……」
