滅びの魔女と楽園の神官

 ノインは宿に泊まるとき、ほとんど荷解きをしない。安らぐのはベッドのある宿の部屋よりも、土草の匂いを感じながら眠る野営のときだ。
 幼いころからずっとそうだった。

「部屋が空いていてよかったわ」
「ですがノイン、僕と同じ部屋というのは……」

 部屋に入ってさっさと荷物を置き、外套を脱ぐノインに対し、ヴィンセントはドアのそばで立ち尽くしている。

「そうするのが一番よかったのよ」

 ノインひとりなら野宿も平気だが、ヴィンセントを付き合わせるわけにはいかない。
 具合が悪いのかと思っていたヴィンセントは、途中で休憩を挟んだあたりから調子を戻し、日暮れのころ小さな村に着いた。
 生計を立てる手段は農耕が主のようだったが、街道沿いの村らしく大きめの宿が一軒あって、今晩はそこで過ごすことにした。
 困ったのはヴィンセントの立場である。
 ノインは夫婦と偽った。慌てるヴィンセントを新婚で恥じらいのためと宿の主人にごまかして、用意されたふたり部屋に有無を言わさず押し込んだ。

「ヴィンセント、あなた、従者にも護衛にも見えないもの」

 戸惑いの視線でノインの動向をうかがっているヴィンセントに、ノインはそう理由を明かした。
 ヴィンセントの言葉遣いは、上流階級のものだ。だが、言葉遣いそのもの以上に、発音のほうが誤魔化しがきかない。言葉遣いは真似できても、彼の完璧な発音は、一朝一夕には身につかず、明らかに育ちの良さ、それも相当のものであることを示していた。

「従者でも護衛でもない、男女ふたり旅なんて、夫婦でもなければ怪しまれてしまうわ」

 ノインは、細かな説明はせず、それだけ言った。

「頼りなく見えるのは、わかっているつもりですが……」

 ヴィンセントが情けなさそうに肩を落とす。
 そういうことではない、と言うのは内心だけに留めつつ、ノインはヴィンセントを観察した。
 線の細い美しい顔立ちに、力仕事とは無縁そうな細身の体。ふとした仕草は優雅で品がある。
 ともすれば弱々しく感じられそうな見た目だが、柔らかくも凛としたまなざしが、彼を気高く見せていた。

 彼は、アッシュグレイの長い髪を後頭部でひとつに結っていて、この国の男性としては、少し珍しい長さだ。瞳は月のような金色。
 男ながら、髪を長く伸ばしても邪魔にならない身分。その瞳の色も、もうあとほんの少しでも淡ければ、この国で理想とされる『星の瞳』そのものだったろう。

 夫婦だと告げたとき、宿の主人がノインとヴィンセントを見比べた。ノインは気づかないふりをしてしれっと宿帳に偽名を書き込んだが、それくらい、ヴィンセントは何もかも隠せていない。
 ノインのほうが従者だと告げたとしても、従者がいる身分のくせに護衛がいないことを不審に思われそうだった。

「あなたとわたし、助けてもらって何だけれど、行きずりの仲でしょう。この街で誤解されようと、大した問題ではないわ」