忙しない日常に疲れた私、水野緋夏は、財布とスマホだけを持って家を出た。
どこへ行くともなく、近所をぷらぷらと散歩するような気分で近所を歩いていると、エプロンをした女性が、植物で覆われた建物に向かって水やりをしているのが目に留まった。
「こんにちは〜」
声をかけると、
「こんにちは〜」
と、明るい声が返ってきた。
「ここ、建物が見えないくらい植物が生えてますね〜」
「そうなんですよ〜! でも、水やりは楽でいいです」
そう言って、女性はにこっと笑った。
……水やりが楽って、どういうことだろう。
そんなことを考えながら、建物をよくよく見てみる。
すると、植物の隙間に扉があるのが見えた。
「あの……ここは、お店かなんかですか?」
「ああ〜! ここは喫茶店ですよ〜! コーヒー一杯、いかがですか〜?」
……話し方が若い……。
年下かな?
なんて思いながらも、案内されるがままに店の扉を開けた。
――カランカラン。
そーっと中に入る。
「いらっしゃいませ〜」
イケオジ風のマスターが、カップを拭きながらこちらを振り返った。
店内を見渡す。
木の温もりを感じる落ち着いた空間。
静かな音楽が流れ、ふわりとコーヒーの香りが漂っている。
私はそのままカウンター席に座った。
「あの……おすすめのコーヒー、お願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
マスターは、カウンターの奥でコーヒー豆を補充していた男性に声をかけた。
「誠翔、今日のおすすめを一杯頼むよ」
「了解です」
誠翔と呼ばれた男性は、いくつかのコーヒー豆を選ぶと、ミルでゆっくりと豆を挽き始めた。
そして、丁寧にお湯を注ぎ、ゆっくりとドリップしていく。
……ポタン、ポタン……。
一滴ずつ落ちていく液体を、ぼーっと眺める。
店内には、コーヒーの香りと木の香りが漂っていた。
周りのお客さんを見回すと、パソコンを開いて仕事をしている人もいれば、本を読んだり、勉強をしたりしている人もいる。
みんな、それぞれの時間を静かに過ごしていた。
視線をコーヒーに戻す。
ちょうどカップに注いでいるところだった。
「お待たせしました。
本日のスペシャルブレンドになります」
「ありがとうございます」
カップを手に取り、まずはスーッと香りを楽しむ。
そして、一口。
「ハァーー……」
思わず、息が漏れた。
「美味しい……。なんか、染み渡る感じ……」
小声で呟くと、
「ハハハ」
と、男性――改め、誠翔さんがふわりと笑った。
「えっ……。すみません……聞こえてました……?」
「バッチリ聞こえてました!」
誠翔さんは、少しはにかみながらそう言った。
その後も、誠翔さんやマスターの仕事を眺めながら、ぼーっと過ごしていると、
――カランカラン。
店先にいた女の子が、店の中へ入ってきた。
「マスター、誠翔さん、水やり終わりました!」
元気よく声をかけると、
「ナナちゃん、静かに」
と、マスターが苦笑する。
「七瀬、スイーツ作りが残ってるぞ」
誠翔さんもそう声をかけた。
この女の子は、七瀬ちゃんというらしい。
三人のやり取りを眺めながら、コーヒーを一口飲む。
「あっ……さっきの!」
突然、七瀬ちゃんが私の存在に気づいた。
「ここのコーヒー、美味しいですよね!」
「はい……。なんか、ほっと一息つくことのできるコーヒーですね……!」
そう答えると、
「わかります!! 実はこれ、あの男性がお客さんの印象からブレンドしているんですよ〜」
そう言いながら、誠翔さんを手で示す。
「そうなんですか?!」
「すごいですよね〜。ちなみに私は、スイーツ担当の七瀬です〜」
七瀬ちゃんがにこにこと自己紹介をしてくれる。
そんなふうに私たちが話していると、
「七瀬、ワッフルとドーナツが足りなくなってるぞ」
誠翔さんがカウンターの奥から出てきて、七瀬ちゃんに声をかけた。
そして、私のほうを見て、
「くつろいでいるところ、すみません。ごゆっくりどうぞ」
そう言うと、七瀬ちゃんの背中を軽く押しながら、カウンターの奥へ消えていった。
「ふふふ……」
その様子を眺めながら、思わず笑ってしまう。
すると、マスターさんがワッフルを持って出てきた。
「今日のスイーツになります」
「ありがとうございます!」
「うちのスタッフがすみません……」
「賑やかで、楽しい人たちですね!」
そう言うと、マスターさんは微笑んだ。
「いい子たちなんです」
「じゃあ、ごゆっくりどうぞ」
そう言って、マスターさんもカウンターの奥へ戻っていった。
その後も、外の景色やスタッフの様子を眺めながら、ゆっくりと時間を過ごした。
やがてコーヒーを飲み終え、立ち上がってレジへ向かう。
「1,200円になります」
お金を払い、軽くお辞儀をする。
「またのお越しをお待ちしております」
「ありがとうございました」
――カランカラン。
扉を開け、外へ出る。
そして扉が閉まった瞬間。
一気に日常へ戻ってきたような感覚がした。
さっきまで止まっていた時間が、また動き始めたような――そんな気がした。
私は一度だけ、振り返って喫茶店を見る。
植物に囲まれた、小さな店。
「……また来よう」
小さく呟いて、家へと歩き出した。
それから、私がこの店の常連になるまで、そう時間はかからなかった。
どこへ行くともなく、近所をぷらぷらと散歩するような気分で近所を歩いていると、エプロンをした女性が、植物で覆われた建物に向かって水やりをしているのが目に留まった。
「こんにちは〜」
声をかけると、
「こんにちは〜」
と、明るい声が返ってきた。
「ここ、建物が見えないくらい植物が生えてますね〜」
「そうなんですよ〜! でも、水やりは楽でいいです」
そう言って、女性はにこっと笑った。
……水やりが楽って、どういうことだろう。
そんなことを考えながら、建物をよくよく見てみる。
すると、植物の隙間に扉があるのが見えた。
「あの……ここは、お店かなんかですか?」
「ああ〜! ここは喫茶店ですよ〜! コーヒー一杯、いかがですか〜?」
……話し方が若い……。
年下かな?
なんて思いながらも、案内されるがままに店の扉を開けた。
――カランカラン。
そーっと中に入る。
「いらっしゃいませ〜」
イケオジ風のマスターが、カップを拭きながらこちらを振り返った。
店内を見渡す。
木の温もりを感じる落ち着いた空間。
静かな音楽が流れ、ふわりとコーヒーの香りが漂っている。
私はそのままカウンター席に座った。
「あの……おすすめのコーヒー、お願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
マスターは、カウンターの奥でコーヒー豆を補充していた男性に声をかけた。
「誠翔、今日のおすすめを一杯頼むよ」
「了解です」
誠翔と呼ばれた男性は、いくつかのコーヒー豆を選ぶと、ミルでゆっくりと豆を挽き始めた。
そして、丁寧にお湯を注ぎ、ゆっくりとドリップしていく。
……ポタン、ポタン……。
一滴ずつ落ちていく液体を、ぼーっと眺める。
店内には、コーヒーの香りと木の香りが漂っていた。
周りのお客さんを見回すと、パソコンを開いて仕事をしている人もいれば、本を読んだり、勉強をしたりしている人もいる。
みんな、それぞれの時間を静かに過ごしていた。
視線をコーヒーに戻す。
ちょうどカップに注いでいるところだった。
「お待たせしました。
本日のスペシャルブレンドになります」
「ありがとうございます」
カップを手に取り、まずはスーッと香りを楽しむ。
そして、一口。
「ハァーー……」
思わず、息が漏れた。
「美味しい……。なんか、染み渡る感じ……」
小声で呟くと、
「ハハハ」
と、男性――改め、誠翔さんがふわりと笑った。
「えっ……。すみません……聞こえてました……?」
「バッチリ聞こえてました!」
誠翔さんは、少しはにかみながらそう言った。
その後も、誠翔さんやマスターの仕事を眺めながら、ぼーっと過ごしていると、
――カランカラン。
店先にいた女の子が、店の中へ入ってきた。
「マスター、誠翔さん、水やり終わりました!」
元気よく声をかけると、
「ナナちゃん、静かに」
と、マスターが苦笑する。
「七瀬、スイーツ作りが残ってるぞ」
誠翔さんもそう声をかけた。
この女の子は、七瀬ちゃんというらしい。
三人のやり取りを眺めながら、コーヒーを一口飲む。
「あっ……さっきの!」
突然、七瀬ちゃんが私の存在に気づいた。
「ここのコーヒー、美味しいですよね!」
「はい……。なんか、ほっと一息つくことのできるコーヒーですね……!」
そう答えると、
「わかります!! 実はこれ、あの男性がお客さんの印象からブレンドしているんですよ〜」
そう言いながら、誠翔さんを手で示す。
「そうなんですか?!」
「すごいですよね〜。ちなみに私は、スイーツ担当の七瀬です〜」
七瀬ちゃんがにこにこと自己紹介をしてくれる。
そんなふうに私たちが話していると、
「七瀬、ワッフルとドーナツが足りなくなってるぞ」
誠翔さんがカウンターの奥から出てきて、七瀬ちゃんに声をかけた。
そして、私のほうを見て、
「くつろいでいるところ、すみません。ごゆっくりどうぞ」
そう言うと、七瀬ちゃんの背中を軽く押しながら、カウンターの奥へ消えていった。
「ふふふ……」
その様子を眺めながら、思わず笑ってしまう。
すると、マスターさんがワッフルを持って出てきた。
「今日のスイーツになります」
「ありがとうございます!」
「うちのスタッフがすみません……」
「賑やかで、楽しい人たちですね!」
そう言うと、マスターさんは微笑んだ。
「いい子たちなんです」
「じゃあ、ごゆっくりどうぞ」
そう言って、マスターさんもカウンターの奥へ戻っていった。
その後も、外の景色やスタッフの様子を眺めながら、ゆっくりと時間を過ごした。
やがてコーヒーを飲み終え、立ち上がってレジへ向かう。
「1,200円になります」
お金を払い、軽くお辞儀をする。
「またのお越しをお待ちしております」
「ありがとうございました」
――カランカラン。
扉を開け、外へ出る。
そして扉が閉まった瞬間。
一気に日常へ戻ってきたような感覚がした。
さっきまで止まっていた時間が、また動き始めたような――そんな気がした。
私は一度だけ、振り返って喫茶店を見る。
植物に囲まれた、小さな店。
「……また来よう」
小さく呟いて、家へと歩き出した。
それから、私がこの店の常連になるまで、そう時間はかからなかった。


