いまさら家に男が一人増えたところで構いません!

襖を開けた瞬間に私は息をのんだ

壁際には湊が座り込んでいた

両腕をだらりと垂らし

壁へ背中を預けている

少し離れたところではお父さんが片膝をつき

畳へ片手をついて体を支えていた

その二人の前に

刀を持った伊織くんが立っている

服は裂け

全身に戦った跡がある

口元からも血が流れていた

それでも一人だけ立っている

伊織くんが私を見て小さく笑った

「美緒さん」
「見てのとおりだよ」

湊を見てからお父さんへ目を向けた

「湊も剛志さんも」
「僕が倒した」

伊織くんが刀を下ろした

「だから美緒さんが僕に勝てるわけがないよね」
「二人を連れて帰ってくれるかい?」
「早く治療してあげなきゃ」

私は答えなかった

伊織くんへ向かって真っすぐ歩いていく

「美緒さん?」

返事はしない

壁際に座り込んでいる湊が苦しそうに顔を上げた

「姉ちゃん」
「無理だ……」
「よせ」

湊が立ち上がろうとする

だけど体が言うことを聞かない

壁へ背中を預けたままずるりと腰を落とした

湊だけじゃなく

お父さんまで伊織くんに負けた?

伊織くんって

そんなに強かったんだ

凄すぎるわ

でも今はそんなことより……

「美緒さん」

伊織くんの声が僅かに強くなる

「やめてください」

私は止まらない

「勝てるわけがないでしょう」
「美緒さんの攻撃なんか僕には届きませんよ」

伊織くんがなんか言ってる

その顔を見ていると腹が立ってきた

私は伊織くんの前で足を止めて

真っすぐ伊織くんを見つめる

「伊織くん」

「な、なんです?」

「私が何をしに来たか分かってる?」

「僕を連れ戻しに来たんでしょう?」

「違う!」

伊織くんが僅かに目を見開いた

「いつ帰ってくるのか!」
「聞きに来たのよ!」

「え……?」

「電話をかけても出ない!」
「メッセージはすぐに既読になるくせに!」
「何度送っても返事をしない!」

一歩

伊織くんへ向かって踏み込む

「人にこれだけ心配かけて!」
「その態度はなんですか!?」

伊織くんの顔が引きつった

「我が家の男が悪いことをしたら!」
「叱り飛ばすのは!」
「私の役目なのよ!」

さらに一歩踏み込む

「あと!」
「わざわざ言うことでもないから!」
「言ってなかったけどさ!」

「え?」

腰を落とし両手を揃える

「無断外泊はあぁぁぁぁ!」

私は伊織くんの胸元へ両手掌を放った

「禁止ぃぃ!!!」

ドンっ!!

「ぐっ……!」

伊織くんの体が大きく後ろへ飛んだ

「え?」

湊が目を見開いた

伊織くんは畳へ足をつき

そのまま何歩も後ろへ下がる

やがて片膝をついて止まった

湊が呟く

「なんで……」
「当たるんだ?」
「伊織ならあんなの……」

私はまた伊織くんへ向かって歩く

伊織くんがふらつきながら立ち上がった

「なんで!」
「連絡一つできないの!?」

「僕は!」

伊織くんが苦しそうに叫ぶ

「美緒さんが思っているような」
「人間じゃないんです!」

「は?」

「九条家での僕を知ったら」
「美緒さんに嫌われると分かってしまったから」
「高梨家を出たんだ」

「なにを……」
「わけの分からないことを言ってるのよ」
「元々、伊織くんって」
「学校では近づきがたい感じだったじゃん」
「それみたいなこと?」

「そうじゃなくて」
「美緒さんに見せていた僕は本当の僕では――」

私は伊織くんの言葉を遮った

「だから」
「両方あんたなんでしょ」

伊織くんが目を見開いた

何かを言おうとして

そのまま言葉を失う

しばらく私を見つめたあと

「美緒さんはまだ分かってないんだ」
「僕は人を傷つけて――」

また同じように言葉を遮る

「ねえ、伊織くん」

「……え?」

「それよりさ」

私は眉をつり上げた

「なんで連絡しないの?」

「え?」

「夕飯どうすればいいのよ!」

「いや……」

「連絡をしろって言ってるのよ!」
「電話一本!」
「メッセージ一通!」
「そんなに難しいことかしら!?」

もう一度

踏み込んで両手掌を放つ

伊織くんは避けようともしない

ドンっ!!

「ぐっ……!」

両手掌がまた胸元へ直撃した

伊織くんの体が後ろへ吹き飛ぶ

湊が信じられないものを見るように

伊織くんを見ている

「また」
「姉ちゃんの攻撃が当たった……」
「なんで俺の時みたいに受け流さねえんだ?」

伊織くんは倒れなかった

ふらつきながらもどうにか踏みとどまる

私は止まらない

「だいたい!」
「なんで私が嫌いになるのよ!」

伊織くんとの距離を詰める

「いつ!」
「嫌いって言ったのよ!?」

「でも……」

「私は我が家の男が鬼畜外道でも嫌いにはなりません!」
「徹底的に叱りつけて分からせます!」
「はい!」
「これで問題ないわね!」

あー……面倒くさい

もう分かった

こいつは言わなきゃ分からないじゃない

言っても分からない!

私は腹の底から叫んだ

「それがなんで無断外泊に繋がるのよ!」
「私は何合ご飯を炊けばいいのよ!!」
「部屋の掃除どうすんのよ!?」
「学校には来るの?」
「だったらお弁当はどうすんのよ!?」

伊織くんがあっけにとられた顔で私を見る

「だって……」
「泣いてたじゃないか!?」

「は!?」

「美緒さんは泣いてた!」

泣いてた?

ああ

あの時のことを言ってるの?

なんだこいつーー!

なんにも分かってない!

私は足を止めず三度目の両手掌を放つ

ドンっ!!

「ぐっ……!」

伊織くんがついに倒れて畳の上に転がる

「当たり前でしょ!」
「あんなの泣くに決まってるでしょ!」

伊織くんが苦しそうに立ち上がる

「だから」
「泣かせないように離れたんだよ!」

「まだそんなことを!」

また踏み込む

腰を落とし両手掌を放つ

伊織くんはまた避けようとしなかった

ドンっ!!

「ぐっ……!」

伊織くんの体が大きく揺れた

だけど今度は倒れなかった

立っているだけで精一杯のはずなのに

刀を使おうとしない

構えようともしない

ただ私の攻撃を受け止めている

その潔さだけはよし

まあ……

そりゃそうよね

無断外泊して心配かけたあげく

いつ帰るのか聞きに来ただけの私に暴力なんて

もはや処刑レベルよ

ってか

これがお父さんか弟だったら頭に撃ち込んでたわ

「僕は……」
「美緒さんをこれ以上」
「傷つけたくなかったんです」

こいつ……

まだ言ってる……

「馬鹿なんじゃないの!?」
「あれは伊織くんが泣きそうな顔をしてたから」
「顔にこんなことしたくないって」
「書いてあったから!」
「だから私が止めて!」
「代わりに泣いてあげたのよ!!」

「代わりに……?」

伊織くんの目が大きく見開かれた

「そんなことは」
「連絡もしないで帰ってこない!」
「理由にならないって言ってるのよ!」
「『次からちゃんと連絡します』って!」
「なんでその一言が言えないの!?」

あー

分かった

こいつ同じだ

うちの男どもとやっぱり同じだ

一度でも甘やかしたら

とんでもないことになるわ

男に舐められたら最後

私の言う事なんか……

聞きゃしないのよ!!

私は全力で大きく踏み込んだ

「無断外泊はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

渾身の力を込めて両手を突き出す

「禁止ぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」

伊織くんの目から涙が一粒こぼれた

「泣いてくれてたんだ……」

ドゴンっ!!

「ぐがっ……!」

全力の両手掌が伊織くんの胸へ入った

体が大きく揺れる

ごとんっ

伊織くんの手から刀が落ちた

だけど伊織くんは倒れなかった

崩れ落ちるように私へ向かって踏み出す

「え?」

次の瞬間

伊織くんの腕が私の背中へ回った

強く抱きしめられる

「伊織くん……?」

伊織くんの体は震えていた

私を抱く腕の力がどんどん弱くなっていく

それでも離すまいとするように

必死に私を抱きしめている

「僕は」

耳元で震える声が聞こえた

「美緒さんが」

伊織くんの腕に少しだけ力が戻る

「大好きです」

時間が止まった

頭の中が真っ白になる

「え……?」

今、なんて言ったの?

その瞬間

伊織くんの全身から力が抜けてその体が私に預けられる

慌てて倒れそうになった体を受け止める

重い!

「ちょっ」
「伊織くん!?」

返事はない

目を閉じたまま完全に気を失っている

「こんな時に気を失わないでよ!」
「今のもう一回!」
「ちゃんと説明もして!」
「どういう意味で!?」

私が叫んでも伊織くんは起きなかった

顔が熱い

胸が苦しい

心臓が痛いくらい鳴っている

確かに好きって言った

伊織くんが私を大好きって

言うだけ言って気を失うなんて

ずるい

あまりにもずるすぎる

私は伊織くんの腕を自分の肩へ回した

そのまま背中へ担ぎ上げる

「まったく……」

重い

ものすごく重い

それでも絶対に離さない

「散々」
「わけの分からないことを言って」

伊織くんの腕が私の肩から力なく垂れている

「最後は自分の足で帰ることもできないんだから」
「なんでメッセージ一つで済む話が」
「こんなに大変なことになるのよ」

私は伊織くんを背負ったまま歩き出した

その時

「よっ」

お父さんが畳へ片手をつき勢いよく立ち上がった

何事もなかったようにすくっと

「え?」

湊が目を丸くする

「父ちゃん?」
「もう立てんのかよ」

「ああ」

お父さんが首を左右へ傾ける

ごきっ

太い音が鳴った

お父さんがどこか嬉しそうに笑う

「脳震盪なんて」
「久しぶりだったな」

「なんでちょっと嬉しそうなんだよ……」

お父さんが気を失っている伊織くんを見る

「弟子が俺を倒すくらい」
「強くなったんだぞ」

笑みがさらに深くなる

「嬉しくねえわけがないだろ」

「やっぱり父ちゃんもおかしいよ……」

お父さんが壁際へ歩み寄り

湊の前へしゃがむ

「ほら帰るぞ」

「俺まだ歩けねえよ」

「知ってる」

湊の体を片腕で担ぎ上げた

「ちょっ!」
「待てよ!」
「痛えって!」

「暴れんな」
「落ちるぞ」

「雑すぎんだろ!」

お父さんは騒ぐ湊を肩へ担いだまま

私の前を歩き始めた

お父さんって伊織くんに

刃を潰した刀で何度も殴られたのよね

本当にどういう体をしてるのよ

湊はお父さんに抱えられながら

納得できないような顔で

私の背中にいる伊織くんを見た

「なあ父ちゃん」

「なんだ」

「なんで姉ちゃんの攻撃は全部当たったんだ?」

お父さんが小さく息を吐く

「湊には分からんか」

湊が顔をしかめる

「俺の両手掌は効かなかったんだぜ?」
「父ちゃんの攻撃だって受け流してただろ?」
「なんで姉ちゃんの攻撃だけ」
「あんな一方的に当たるんだよ」
「何が違うんだ?」

お父さんが少しだけ考える

そして妙に遠い目をした

「俺にも覚えがある」

「覚え?」

「ああ」

お父さんが気を失っている伊織くんを見る

「惚れた女の攻撃は躱せん」
「こっちから攻撃するなんて」
「もっとできん」

湊がしばらく黙る

私を見てから伊織くんを見る

「なんだよ……それ」

まったく理解できないような顔で呟いた

「俺ら馬鹿みてえじゃん」

湊は歯を食いしばった

そして囁いた

「親父……」
「俺もっと強くなりてえよ」
「こんなの姉ちゃんに守ってもらったみたいで」
「かっこわるいじゃんか」

「ああ」
「そうだな」

「意味分かんねえよ……」

二人の会話は耳に入っていた

だけど頭の中では

伊織くんの言葉がエンドレスにリピートされている

『大好きです』
『大好きです』
『大好きです』

さらに先ほどからずっと

伊織くんの匂いに包まれている

この匂いには絶対に何かの作用がある……

背中はピリピリと例の電気が走り続けている

あとなんか温もりが……

伊織くんて体温高め?

と、とにかく

それは後で考えればいい

とりあえず今は……

また勝手にいなくならないようにしつけないと

背中の伊織くんをしっかりと抱え直す

「伊織くん」
「お家に帰ろう」

伊織くんはまだ気を失っている

返事はなかった

こうして私は

最近

我が家に一人増えた

無断外泊の不届きな男を

とっ捕まえて

家へ連れて帰った

まあ

男が一人増えたところで構いません

でも

勝手にいなくなることは

許しません!!




♢ ♢ ♢
いまさら家に男が一人増えたところで構いません!
完