いまさら家に男が一人増えたところで構いません!

剛志が伊織の刀へ目を向ける

そして楽しそうに笑った

両腕をゆっくりと上げ

伊織を真っすぐ見据える

「来い!」
「真正面からお前の技を」
「全部受け止めてやる!」

伊織の目が鋭く細められた

「後悔しても知りませんよ」

「誰に言ってんだ」
「お前が九条で身につけたもの」
「全部」
「俺にぶつけてみろ!」

伊織が刀を握る両手に力を込めた

二人の間から音が消える

次の瞬間

伊織が踏み込んだ

切っ先が消える

一突き目

左胸

ごっ!!

刃を潰した切っ先が真正面から打ち込まれ

剛志の上半身が僅かに揺れた

二突き目

右肩

ごっ!!

三突き目

左の脇腹

どんっ!!

四突き目

右の太腿

ごっ!!

そして五突き目

みぞおち

どんっ!!

五発

すべてがまともに入った

剛志は一度も避けなかった

防ごうとすらしなかった

それでも両足を畳へつけたまま、立っている

伊織が刀を引き戻した

「なぜ……」
「避けないんです?」

剛志は自分の胸へ手を当てた

刀を受けた場所が赤黒く腫れ始めている

それでも剛志は笑っていた

「もったいないだろ」

一歩前へ出る

「なにが……」

剛志がさらに前へ出る

「俺は家族の攻撃は避けねえんだ」
「それがどんな技なのか」
「どれだけ強くなったのか」
「どんな気持ちを乗せて来てるのか」
「真正面から全部受け止めないと分からないだろう!」

伊織の顔から僅かに表情が消えた

「僕はもう」
「あなたの弟子ではありません」

「お前がどう思ってようが」

剛志が拳を握る

「俺にとっては弟子だ」

「そうですか」

伊織が刀を横へ構える

「それなら」

一気に踏み込んだ

「遠慮はしません!」

刀が横へ薙がれる

左腕

がんっ!!

刀身が剛志の左腕へ叩きつけられ

腕が大きく弾かれた

伊織は止まらない

返す刀で右の脇腹

ばきんっ!!

続けて左肩

ごんっ!!

右の太腿

どんっ!!

刀が何度も剛志の体へ叩き込まれる

服も皮膚も切れない

血も流れない

その代わり

鉄の塊に殴られる衝撃が

筋肉の奥へ何度も打ち込まれていく

それでも剛志は止まらなかった

正面から伊織へ向かっていく

伊織が一歩下がる

「なんて……」
「体をしているんです」

剛志が右脚を上げた

前蹴り

伊織が刀を縦に構える

足裏が刀身へ叩き込まれた

どんっ!!

「ぐっ……!」

刀ごと伊織の体が後ろへ飛ぶ

畳へ着地すると、そのまま何歩も滑った

剛志が追う

右拳

伊織が刀身を横にして受ける

どんっ!!

拳が刀へ叩き込まれた

鉄を挟んでいるのに、衝撃が両腕へ突き抜ける

伊織の構えが崩れた

剛志がさらに踏み込む

左拳が迫る

伊織が刀を横へ薙ぎ、剛志の胸を打った

ばきんっ!!

同時に剛志の左拳が伊織の右肩へ入る

どんっ!!

「ぐあっ!」

伊織の体が大きく回った

それでも刀を握り直して剛志へ向き直る

「今の攻撃」

伊織が痛む右肩を押さえる

「ただの突きでは」
「ありませんね」

「分かるか」

「拳が届く瞬間に」

伊織が剛志の足元を見る

「全身の力が一つに集まってくる」

剛志が嬉しそうに笑った

「そうだ」

伊織が刀を構え直す

「攻撃すべてに」
「発勁を込めているんですか」

「そんな特別な技じゃねえ」

剛志が両手を開く

「突きも蹴りも全部同じだ」

伊織が小さく息を吐く

「なるほど」
「たいした人だ」

剛志が踏み込む

右拳

伊織は左手で剛志の腕へ触れた

湊の両手掌を止めた時と同じように

剛志の右突きへ

自分の力を重ねる

剛志の右拳が伊織の右肩に撃ち込まれた

だがその力を伊織はいなして平然としている

「ほお」
「できるようになったか」

「湊の両手掌も同じように止めました」
「高梨の武は九条が貰います」

伊織が刀を振るう

刀身が剛志の左脇腹へ入る

ごんっ!!

剛志の体が揺れる

そのまま右肩を伊織の胸へぶつけた

どんっ!!

伊織も自分の発勁を重ねて衝撃を流す

それでもすべては消せない

「ぐっ……!」

両足が畳から浮き

伊織の体が後ろへ押し飛ばされた

着地したところへ剛志が一気に迫る

両手を開き、胸の前に構えた

「ならば!」

剛志が畳を強く踏みしめる

膝が伸び、腰が回る

力が背中、肩、腕を通り

二つの掌へ集まる

高梨の両手掌

これが本家本元

「これも!」
「止めてみろ!」

伊織の右足が僅かに後ろへ下がった

足の裏が畳を捉える

膝を沈める

剛志が両手掌を放つ

二つの掌が伊織の胸へ入る

伊織も自分の発勁をぶつけ

衝撃を流そうとした

「なっ……!」

流せない

湊の両手掌とは力の量が違いすぎる

受け流そうとした伊織の力ごと

剛志の力が押し込んでくる

ドンっ!!

「ぐあっ!」

伊織の体が大きく吹き飛んだ

畳の上を何度も転がる

壁の手前でようやく止まった

「伊織!」

湊が壁際から声を上げる

伊織はすぐには起き上がらなかった

胸を押さえる

息ができない

全身が痺れている

剛志はその場に立ったまま、伊織を見ていた

「今のを食らって」
「意識があるか」

剛志が笑う

「強くなったな」

伊織が刀を畳へつく

刀を支えにして、ゆっくり立ち上がった

口元に滲んだ血を手の甲で拭う

「本当に……」

荒い呼吸を少しずつ整える

「化け物ですね」
「ですが……」

伊織が刀を鞘へ納める

すっ

刀身が鞘へ滑り込み、最後に小さく音を立てた

伊織が腰を落とす

左手で鞘を握り、右手を柄へ添える

居合の構え

「九条の剣も」

伊織の目が鋭くなる

「化け物ですよ」

剛志がその構えを見て、嬉しそうに笑った

「その技」
「冬弥の刀を折ったやつか」

「覚えていましたか」

「ああ」

剛志は両腕を下ろした

避けるつもりはない

防ぐつもりもない

真正面から伊織を見ている

「来い!」

剛志が大きく胸を張る

「お前の全部を!」
「俺にぶつけろ!」

伊織が息を止めた

座敷からすべての音が消える

湊も息をのむ

次の瞬間

伊織が踏み込んだ

畳を蹴る音が一度だけ響く

刀が鞘から抜き放たれた

刀身が光の線になる

剛志の右脇腹へ叩き込まれ

伊織はその右側を駆け抜けた

ごおんっ!!

まるで太い鉄柱を、巨大な槌で殴りつけたような音

剛志の体が大きく折れた

両足が初めて畳の上を滑る

一歩

二歩

後ろへ下がった

「父ちゃん!」

湊が思わず叫ぶ

剛志は右脇腹へ手を当てた

肉の奥まで強い衝撃が届いている

剛志が苦しそうに息を吐く

「はっ……」

それから笑った

「今のは」
「効いたぞ」

伊織は剛志へ向き直り

次の構えへ移っていた

両手で刀の柄を握る

刀身を右肩の上へ高く掲げる

蜻蛉の構え

切っ先が斜め後ろへ向く

伊織が畳を蹴った

「まだです!」

全身を使い刀を上段から振り下ろす

狙いは剛志の左肩

剛志はまた避けなかった

刀が左肩へ叩きつけられる

どがんっ!!

座敷全体が震えたような音が響いた

剛志の左膝が畳へつきかける

左肩が大きく下がる

それでも倒れない

ゆっくりと膝を伸ばす

伊織の方が、信じられないものを見るように剛志を見ていた

壁際で湊が呆れたように呟く

「あれでも避けないとか」
「マジかよ……」

剛志が刀を受けた左肩を回す

直撃した部分が大きく腫れている

それでも腕は動いていた

「なんで親父」

湊が顔を引きつらせる

「鉄の棒で」
「あれだけぶん殴られて」
「まだ元気なんだよ……」

剛志が再び構えた

「終わりか?」

伊織が刀を握ったまま、荒い息を吐く

「まさか……」

剛志が一気に踏み込んだ

「なら!」
「続けるぞ!」

右拳

伊織が左腕で流す

どんっ!!

腕の奥まで衝撃が届く

左拳

刀身で受ける

どんっ!!

鉄を通して両腕が痺れる

前蹴り

伊織が体を横へずらすが避けきれない

脇腹をかすめただけで

どんっ!!

体が大きく揺れた

剛志は止まらない

拳を振り抜いた勢いのまま距離を詰め

肘を叩き込み

さらに肩から体ごとぶつかっていく

伊織が下がれば掌で追い

体勢を崩したところへ膝を打ち込む

どれも特別な技ではない

ただの突き

ただの蹴り

ただの当て身

そのすべてに発勁が込められている

伊織は自分の発勁を返し

衝撃を体の外へ流していく

それでも消しきれない衝撃が

少しずつ体へ蓄積していった

右腕が痺れる

左肩が上がらない

呼吸をするたびに脇腹が痛む

それでも伊織も攻撃を返した

刀を横へ薙ぐ

剛志の胸へ直撃

ばきんっ!!

剛志の上半身が揺れる

それでも前へ出てくる

伊織が切っ先を腹へ打ち込む

どんっ!!

剛志の腰が僅かに引ける

それでもすぐに戻ってくる

右肩へ刀を振り下ろす

ごんっ!!

剛志の肩が落ちる

それでも右拳が飛んでくる

「はあっ!」

伊織が刀を盾にする

どんっ!!

両足が畳の上を滑った

攻撃は確実に効いている

剛志の全身には、いくつもの腫れが広がっている

動きも最初より僅かに鈍っている

それなのに止まらない

痛みをそのまま力へ変えて、何度でも向かってくる

人間と戦っている気がしない

まるで熊だ

伊織はそう思った

そして

「熊……?」

その言葉を小さく呟く

伊織の足が止まった

剛志の拳が迫る

上半身を反らし紙一重でかわす

今まで伊織は剛志の体だけを見ていた

厚い胸

太い腕

岩のような腹

鍛え抜かれた筋肉が衝撃を受け止めている

だけど

どれだけ筋肉を鍛えても

守れない場所がある

伊織の表情が変わった

後ろへ大きく跳ぶ

剛志から一度距離を取った

刀を正眼に構える

刃を潰した切っ先が剛志の眉間へ向けられた

剛志がその構えを見て笑った

「最後の一撃か!」

伊織は答えない

刀を握る両手へ力を込める

呼吸を整える

意識を

剛志の眉間ただ一点へ集めていく

「来い!」

剛志が両腕を広げた

「受けてやる!」

伊織の重心が深く沈む

次の瞬間

踏み込んだ

一突き目

ごっ!!

刃を潰した切っ先が剛志の眉間へ打ち込まれる

頭が僅かに後ろへ揺れた

二突き目

ごっ!!

まったく同じ場所

三突き目

ごっ!!

剛志は避けない

防がない

四突き目

ごっ!!

そして

五突き目

伊織が残ったすべての力を両腕へ込める

剛志の眉間へ

真っすぐ打ち込んだ

どんっ!!

五つの突きが

同じ一点へ重なった

額の皮膚は裂けていない

血も流れていない

その内側へ

五つの衝撃だけが立て続けに突き抜けた

剛志は立っていた

伊織も刀を突き出した姿勢のまま動かない

湊が壁際から二人を見る

「父ちゃん……?」

返事はない

座敷が完全に静まり返る

やがて

剛志の体がゆっくりと後ろへ傾いた

そのまま

どさり

大きな音を立てて畳へ倒れた

「父ちゃん!」

湊が動かない腕と脚へ必死に力を込める

壁へ体を擦りつけながら、何とか立ち上がろうとする

だけどすぐに崩れ落ちた

伊織が荒い息を吐いて刀を下ろす

倒れた剛志を見る

胸がゆっくり上下している

気を失っているだけ

それを確認して、伊織が小さく息を吐いた

「本当に……」

刀を握る右手が僅かに震えている

「最後まで全部……」
「受け止めるんですね」

その時

剛志の指が動いた

「ぐっ……」

目を開ける

片手を畳へつき、ゆっくりと身を起こしていく

「父ちゃん!」

湊がほっとした声を出す

剛志は片膝をついたところで動きを止めた

立ち上がろうとする

だけど体に力が入らない

もう一度

畳へ手をついた

伊織がそんな剛志を見る

「まだ」
「続けるつもりですか?」

「いや……」

剛志が苦しそうに笑う

「俺の負けだ」

伊織の目が僅かに揺れた

剛志は片膝をついたまま伊織を見る

「強くなったな」

伊織は何も答えない

右手に刀を下げたまま

二人の前に立っている

その時

座敷の襖が勢いよく開いた