いまさら家に男が一人増えたところで構いません!

美緒たちの足音が少しずつ遠ざかっていく

正面の廊下へ進んだ美緒、湊、剛志

右側の通路へ消えた桐生玲奈

そして広い玄関に残ったのは日向と千鶴だけ

千鶴は大きな階段の途中に座っていた

両膝を抱え体を丸めている

ぼんやりと何もない場所を見ていた

日向はしばらくそんな千鶴を見てから

何も言わずに階段を上る

そして千鶴の隣へ座った

「元気~?」
「千鶴~」

横目で千鶴を見ながら少しだけ顔を覗き込む

千鶴は前を向いたまま答えた

「あんまり」
「元気じゃないです」

「そっか~」

「日向は」
「元気そうですね」

「まあね~」

二人で並んで座る

少しだけ静かな時間が流れた

「どうしたの~?」
「泣きそうな顔しちゃって~」

千鶴がゆっくりと日向を見る

「意地悪ですね」
「分かっているのでは?」

「なんとなくはね~」

日向が笑うと千鶴はまた前を向いた

「でもさ~」
「仕方なくない~?」

「何がです?」

日向が少しだけ笑う

「九条君~」
「高校に入った時から~」
「狼みたいな目で美緒のこと見てたよ~」

千鶴が眉を寄せる

「狼……」

「うん~」
「美緒を狙うライバルがいるな~と思ってさ~」
「それとなく遠ざけてたんだけどね~」

日向は人差し指を立てる

「あれはもうぞっこんだね~」
「私と一緒だよ~」

千鶴が日向を見る

「だったら」
「日向も私と同じですね」

「ん~?」

「前から思っていましたが」

少しだけ間を置く

「あなたが美緒を見る目は」
「ちょっとやばいですよ」

日向が目を丸くする

「あははは」
「そうなのよ~」
「美緒ってさ~」
「私のこと全然そういう目で見てくれないのよね~」

「知っています」

「ひどくない~?」

「美緒ですから」

「だよね~」

千鶴も小さく笑った

そしてまた静かになる

「千鶴~」

「なんです?」

「好きだったんでしょ~?」

千鶴が膝を抱える腕に少しだけ力を入れた

「今も」
「大好きですよ」

「そっか~」

それ以上、日向は何も聞かなかった

千鶴が日向を見る

「日向」

「なに~?」

「友達として」
「一つ、お願いしてもいいですか?」

日向が千鶴へ顔を向けて見つめ返す

「いいよ~」

「まだ」
「何も言っていませんが」

「だいたい分かるし~」

千鶴がほんの少し笑った

「では」

千鶴が立ち上がり忍び装束の裾を軽く払った

そして日向を見る

「八つ当たりの相手」
「してくれませんか?」

日向がにっと笑った

「いいよ~」

日向も立ち上がって肩をぐるぐると回す

「私もそのつもりで来たし~」

「そうですか」

「うん~」

日向が階段を下りる

千鶴もそのあとへ続く

広い玄関へ二人が下りる

少し離れて向かい合った

日向が両腕をぶらんと下げた

「じゃ~」
「モテない者同士――」

千鶴の眉がぴくっと動いた

「日向」

「ん~?」

「誰かに言ってやりたくて」
「仕方がないことがあります」

「なに~?」

「私は先日……」

千鶴が少しだけ顔を逸らす

「伊織ちゃんから」
「求婚されました」

「ええっ!?」

日向が困惑した表情を浮かべた

「ちょっと待って~」
「それで失恋ってどういうこと~?」

「私が断りました」

「ええっ!?」

日向の声がさらに大きくなる

「なんで~!?」

「美緒の……」
「代わりだったからです」

「あ~……」

日向が少し困ったように頭をかいた

その笑顔が優しいものに変わった

「そっか~」
「それは……」
「頑張ったね~」

「はい」

千鶴が小さく頷く

「私は」

声が震えた

「私は……」

唇を噛む

目に涙が浮かんだ

「私は」
「頑張ったんです!」

一粒、涙が落ちた

「榊の出自なんてもはや問題にならないと言われました」
「伊織ちゃんはずっと九条で酷いことをしてきた」
「自分に従わない人間を一人ずつ貶めて、脅して、殴って」
「もう九条家で伊織ちゃんに歯向かう人間はいません」
「でもそれは……」

千鶴は両手を強く握りしめた

「それは!」
「美緒さんと一緒になりたいから」
「やってきたことです!」

千鶴の涙がぽたぽたと落ちる

「ずっと」
「ずっと……」

うまく声が出ない

「伊織ちゃんが……」
「好きで……」

ぽろぽろと涙がこぼれる

「やっと……」
「私を選んでくれるって……」
「言ってくれたのに……」

千鶴が顔を伏せる

「でも」
「でも……っ」

両手で顔を覆った

「嫌だったんです!」
「美緒の代わりなんて!」
「すっごく、嫌だった!」

日向は笑顔のまま千鶴を見つめる

「どうして嫌だったの~?」

「だって……」
「だって!」
「美緒がまだ自分の気持ちに戸惑ってる間に」
「伊織ちゃんが勘違いして逃げちゃった間に」
「既成事実を作っちゃえばいいって!」
「美緒なら絶対に私から盗ったりしないって!」
「私はそう思ったんです!」
「だって……」
「美緒には想ってくれる人が沢山いるじゃないですか!?」
「私とは違う……」
「だから私は……」
「ちょっとくらいズルしてもいいって……」
「思った……」
「でも……そんなのは」
「私は……そんな自分が……嫌」
「だから……ちゃんと……」
「嫌だっ……て」

千鶴の肩が震える

涙が止まらない

「……った」

息が詰まり

なかなか次の言葉が出てこない

千鶴は小さくゆっくりと息を吸った

「言ったんです!」
「私……」
「ちゃんと……」
「言えたんです!!」

日向が優しく笑った

「うん~」
「言えたね~」

その声で最後の何かが切れた

「うっ……」

千鶴が息を詰まらせる

「うぅ……」

涙が止まらない

「日向ぁ……」

そして千鶴は声を上げて泣いた

「うわぁぁぁぁん……」

広い玄関に千鶴の泣き声が響く

「ずっと……」
「ずっと好きだったのにぃ……」
「私だって選んでほしかった……」
「美緒じゃなくて……」
「私を……」
「私を見てほしかったぁ……」

日向は何も言わない

ただ優しい顔で

泣いている千鶴を見ていた

千鶴は子供みたいに泣き続けた

ずっと我慢していたものを全部吐き出すように

やがて

徐々に泣き声が小さくなる

千鶴が忍び装束の袖で何度も涙を拭う

「……すみません」

「なんで謝るの~?」

「こんな……」
「みっともないところを……」

「いいじゃん~」

日向がにっと笑った

「友達なんだし~」

千鶴が日向を見る

その目も鼻も赤くなっている

日向はゆっくりと腰を落とした

「声を上げて泣いたくらいじゃ」
「全然足りないって顔してるよ~」

千鶴が瞬きをする

日向は優しい笑顔のまま構えた

「いいよ~」
「残ってる分もぜ~んぶ」

自分の胸を軽く叩く

「私にぶつけなさい~」

千鶴が日向を見る

「全部……?」

「うん~」
「千鶴が怒ってるのも~」
「悔しいのも~」
「悲しいのも~」

日向が笑う

「全部~」
「私が受け止めてあげる~」

千鶴の口元が小さく上がる

「後悔しますよ」

「しないよ~」

千鶴が涙を袖で拭う

「私」

息を整えて姿勢を低くする

「今日は本当に……」

両手を構える

「機嫌が悪いですから」

「あはは~」

日向もさらに腰を落とす

「知ってる~」

千鶴が日向を見据える

目にはまだ涙が残っていた

「では」

その目の光が変わった

「遠慮なくお気持ちに甘えます」

「はいは~い」

二人が見つめ合うと日向が嬉しそうに笑った

「好きな人の~」
「一番になれない者同士~」
「慰め合おうよ~」

千鶴も泣き腫らした顔で笑った

「それなら」
「異論ありません」

二人の目が同時に鋭くなる

「やろっか~」

「はい!」

千鶴が床を蹴った