伊織くんが九条の家に戻った日の翌日
朝から家の中が変だった
私が洗濯しようとすると
「姉ちゃん!」
陸が走り込んできて洗濯籠を持ち上げた
「洗濯は俺がやるよ!」
「え?」
「いや、いいよ」
「私がやるから」
「いや!」
陸が力強く首を振った
「今日は俺がやる!」
「なんで?」
「なんでって……」
陸が返答に困ったように固まる
すると
「たまにはいいだろ」
湊が横から入ってきた
「そうそう!」
悠真と奏太も続々と狭い洗濯場に集まってきた
「俺も手伝う!」
「俺も!」
「なんでよ!?」
「こんな狭いところに集まらないで!」
すると晴まで床に落ちていた靴下を拾った
「ぼくもー」
「晴はいいんだよ」
「やるー!」
三歳の晴が靴下を両手で持って洗濯籠へ放り込む
「できた!」
「はいはい」
「ありがとう」
なんか気持ち悪い
いつもなら洗濯物出しなさいとか
干すのを手伝いなさいと言っても
全然手伝わないくせに
「まあ」
「いいけどさ……」
「分からないことは聞きなさいよ」
私は掃除機でも掛けようとリビングへ戻った
すると弟たちが洗濯場で騒ぎだした
「とりあえず全部いれろ」
「洗剤いれるよな?」
「それ柔軟剤って書いてあるぞ」
「どっちでもいいだろ」
そのやり取りを聞いて私が慌てる
「よくないわよ!」
「やっぱり私がやる!」
晴までその後ろをとことこ追いかけてくる
「はるもー」
「晴はあっちで遊んでなさい」
「えー」
私は陸から洗濯籠を奪い取る
湊が洗剤と柔軟剤を両方持っていた
あぶない……
「あんた達もやったことないでしょ!?」
「邪魔だからあっち行ってゲームやってなさい!」
弟たちは渋々散っていく
まったく……
弟たちに任せたら
気になって仕方がないわよ
やっぱり私がやった方が早い
それからも皆がなんだか変だった
今日は祝日で学校も休みだ
いつもなら誰かしらが朝から喧嘩したり泣いたりしている
平日と違って休日は
私も小さな争いの芽まで
いちいち監視していないからだ
私だって休みの日くらいは少し気を抜きたい
でも今日はまったく揉めごとが起きない
というか……
妙に仲がいい
いや……
仲がいいというより
わざとらしくて気持ち悪い
洗濯機を回してから
私は昼食の支度のためにキッチンへ行く
すると待ち構えていたように
湊が窓から空を見上げて声を上げた
他の兄弟達もなぜか同じように空を見ている
「今日の天気はいいよな!」
「おう!」
「最高だな!」
「最高だ!」
「嫌なことなんて」
「忘れちゃうよな!」
「ああ!」
「忘れちまう!」
「姉ちゃん!」
「見ろよ天気がいいぜ!」
「人生って素晴らしいって思うぜ!」
「一緒に見よう!」
とんでもなくモヤっとする会話を
これみよがしに私に聞かせてきた
「そ、そう……」
「よかったわね」
「私は……遠慮するわ」
なんなのよ……こいつら
奏太と晴が窓の外を見て手を広げた
「はれー!」
「はれー!」
かわいい……
癒される……
癒されたのもつかの間
お父さんがテレビを観ながら
やたら大きな声で笑った
「がはははは!」
私が画面を見ると天気予報をやっていた
いったい何がそんなに面白いのか……
「お父さん」
「なんだ!」
「どうした美緒!?」
「欲しい物でもあるのか!?」
「一緒に買いに行くか!?」
「うるさい!」
「静かにして!」
「お、おう」
注意したら少し静かになった
やっぱり変だ
お昼ご飯を食べ終わってから
リビングにいる弟たちへサイダーを出す
人数分のコップを並べて順番に注いでいく
シュワシュワと泡が膨らんだ
「ほら」
「ありがと!」
そこでまた私は違和感を覚える
湊を先頭に
弟たちが綺麗に列を作っている
いつもは奪い合うように取りに来るのに
まあ……
悪い事ではないけど……
弟達とお父さんに配り終えてから
私はもう一つコップを出した
それから冷蔵庫を開ける
「伊織くんはお茶が――」
そこで気づいて口が止まった
あ
そうだった
いないんだった
私は手に持ったコップを見る
その瞬間
「俺は!」
お父さんが突然大声を出した
「二杯ないと足りねえ!」
「は?」
振り返る
お父さんがものすごく真剣な顔で私を見ていた
「お茶をくれ!」
「俺は二杯飲む!」
「一杯でいいじゃん」
「足りねえ!」
「いつも一杯でしょ!?」
「それ飲んでからにしたら?」
「今日は二杯だ!」
「……なんなのよ」
仕方なく手に持ったコップにお茶を注いでお父さんの前へ置いた
「ほら」
「おう!」
お父さんが受け取って勢いよく飲みだした
私は呆れた目でそれを眺める
見ると弟たちまで
ほっとしたような顔をしていた
晴だけがサイダーを飲みながら
「おとーさん」
「たくさんのむねー」
と笑っている
本当になんなのよ
夕飯
いつものように料理を作る
ご飯とお味噌汁
焼き魚に煮物
それからほうれん草のお浸し
と食卓へ並べていく
「できたよー」
「おお!」
「腹減った!」
「今日魚か!」
弟たちがどたどたとリビングへ集まってくる
晴も小さな足で一生懸命ついてくる
今日は私も自分の席へ座った
「いただきます!」
いつものように食事が始まる
また違和感に気付く
異様に静かだ……
皆が粛々と食事をしている
と思ったらお父さんが口を開いた
「美緒の飯はやっぱりうまいな!」
湊が続く
「おう!」
「美味い!」
陸と悠真も続いた
「美味い!」
「本当に美味い!」
奏太と晴も真似した
「うまいー」
「うまいー」
「はあ?」
「いつもは肉を出せって文句言うじゃない」
「今日はどうしたのよ?」
男どもの動きが一瞬止まる
でも湊がすぐに切り返してきた
「今日の魚は特別に美味い!」
「そうだ、特別に美味い!」
また伝言ゲームみたいに
そのセリフが続いていく
どいつもこいつも
壊れた人形のように美味い美味い言い続けている
ここまでくると本気で気持ち悪い……
私は奏太と晴のお魚の身をほぐして骨を取り除く
「骨があるからね」
「少し待ってて」
「はーい」
「はーい」
晴がテーブルの端を見る
「あれ?」
食事のお膳が一人分多かった
晴が指をさす
「ねえね」
「これー?」
バッ!
ものすごい速さで湊の手が伸びて晴の口を塞ぐ
「むぐっ!?」
「晴!」
「兄ちゃんが口の周り拭いてやるぞ!」
「むー!」
「何?」
「なんでもない!」
「いや」
「晴なんか言ってたじゃん」
「気のせいだ!」
湊が必死な顔で晴の口を拭いている
「晴が苦しそうだけど」
「大丈夫だ!」
「むー!」
「大丈夫じゃないでしょ」
「ほら晴」
「魚食え!」
「おさかなー」
晴はすぐに魚へ興味を移した
私は晴が指さしていた方を見る
そこで気づいた
「あ」
そうだった伊織くんいないんだった
「いらなかったね」
そう言った次の瞬間
お父さんが素早く伊織くんのご飯茶碗を取った
湊は焼き魚
陸は煮物
悠真がそれ以外を奪い去る
余っていた一人分が綺麗に消えた
私は呆れたように皆を見る
さすがにここまで露骨だと気づいてるけどさ
とんでもなく気を使われてるわね
私はどうなってると思われてるのよ……
少し多めに炊いたはずのご飯は
お父さんと弟たちが全部食べて空になった
食事が終わると私は皿を重ねて片付ける
するとまた湊が寄ってきた
「姉ちゃん!」
「今度は何?」
「俺が洗うよ!」
「は?」
「俺も!」
「俺もやる!」
またか……
弟たちが次々に立ち上がる
晴も椅子から降りようとする
「はるもー」
「晴は駄目」
「なんでー」
「手が届かないでしょ」
「奏太と一緒にお父さんと遊んでて」
「えー」
「父ちゃんと遊ぼうな!」
お父さんが素早く晴と奏太を持ち上げて連れて行ってしまった
私は残った弟たちを見る
まあ大体どうなるかは想像ついている
「それと」
「あんた達も割るからやめて」
「割らないって!」
「前に割ったじゃん」
「あれは事故!」
「じゃあ俺が拭くよ!」
「俺が棚に入れる!」
「あーーーもう!」
「キッチンは狭いんだから!」
「むしろ邪魔よ!」
「ゲームやってろ!!」
結局
私は押し寄せてくる弟達をキッチンから追い出した
次の日
早朝に洗濯籠を持って庭へ出る
今日は気持ちよく晴れている
空を見上げた
「んーっ」
両腕を上げて大きく背伸びをした
朝の空気が気持ちいい
洗濯籠を置いて一枚取る
物干し竿へ手を伸ばした
ふと庭の端を見る
前に伊織くんが洗濯を手伝ってくれた場所
あそこに立って
私の真似をしながら洗濯物を干していた
楽しそうに笑っていた
私は少しのあいだそこを眺めた
「うおおおおおお!!」
突然後ろからものすごい声が聞こえた
「何!?」
振り返る
弟たちが全員集合で洗濯籠へ群がっていた
「俺これ!」
「じゃあ俺こっち!」
「靴下任せろ!」
「タオル!」
「急げ!」
「なにを急いでるのよ!」
晴まで小さな靴下を持って
後ろをうろうろしている
「はるまで!?」
ものすごい速さで洗濯物が物干し竿へ並んでいく
「ちょっと!」
私は慌てて止める
「そんな干し方したら」
「しわになるでしょ!」
「大丈夫!」
「何が大丈夫なのよ!」
「細かいこと気にすんな!」
「洗濯で一番駄目な考え方よ!」
私はシワも伸ばさず干されたシャツを外す
「靴下丸めない!」
「シャツ伸ばして!」
「タオル重ねない!」
「はい!」
「分かった!」
「了解!」
「りょーかい」
晴まで真似している
やたらと素直だが全然できていない
口だけで言うことはやっぱり聞かない
「あーーーもう!」
「邪魔だお前ら!」
「いつも通り寝てろーーーー!!」
私は妙に従順でありがた迷惑な弟たちに朝食を食べさせ
学校や保育園へ送り出した
それから私も鞄を持って学校へ向かう
電車に揺られながら
朝からの騒ぎを思い出す
「新しい手口だわ……」
「善意だから殴るわけにもいかない」
「逆にやっかいね……」
教室へ入り自分の席に鞄を置く
なんとなく廊下を見た
伊織くん……今日は休むのかな?
千鶴の席に目を移す
まだ来ていなかった
一緒にいるのかな?
「美緒~」
顔の横から日向が覗き込んできた
「なに?」
「いや~」
日向がじーっと私を見る
「なによ」
「ううん」
今度はちらりと千鶴のいない席を見る
そしてまた私を見る
「あ~」
「なに?」
少し考えて日向が頷く
「気持ち分かるよ~」
「聞かない方がよさそうだね~」
「何がよ」
「なんでもな~い」
「気になるじゃない」
「大丈夫大丈夫」
日向がぽんぽんと私の肩を叩く
「私はいつでも」
「美緒の味方だからね~」
「何の話よ」
「じゃあね~」
自分の席へ戻っていった
学校でもこれなの……
授業が始まる
先生の話を聞きながらノートを取る
いつも通り休み時間に日向と話す
今日はやっぱり伊織くんも千鶴もお休みのようだ
なのに何度かふと廊下を見る
そこに伊織くんが歩いてくるような気がした
当たり前だけど来ない
昼休みにお弁当箱を開ける
自分で作ったお弁当を食べながらふと思う
そういえば伊織くんは何を食べてるんだろ
九条の家ならちゃんとしたものが出るよね
別に心配することじゃない
放課後になって鞄を机の上に置いて
教科書やノートを入れる
「美緒~」
日向が私に笑顔を向けた
「なに?」
「私と遊びたい~?」
「え?」
「帰って夕飯作らないと」
「あ~」
日向が何か言いかけたがやめた
「じゃ」
「また明日ね~」
「いつでも言ってね~」
「う、うん」
私は家へ戻って玄関を開ける
「ただいまー」
「おかえり!」
弟たちの声が返ってきた
湊、陸、悠真の顔が見えた
ゾロゾロと集まってくる
「あれ?」
「あんたたち稽古は?」
「今日は父ちゃんが」
「稽古休みにしたって」
リビングからお父さんまで顔を出した
まさか……
私が寂しがってるとか思って
休みにしたんじゃないでしょうね
仕事をなんだと思ってるの……
門下生に代替日の案内と連絡は誰がやるわけ?
あいつ……分からせといた方がいいわね
すると奏太と晴が走ってくる
「ねえねー!」
私は二人の頭を撫でてから
靴を脱いでリビングへ向かう
「ただいまー」
「ちょっと、お父さ――」
「おかえり!」
「おかえり!」
「おかえり!」
「おかえり!」
「おかえりー」
「おかえりー」
四方八方から
お父さんと弟たちの声が同時に返ってきて
私はビクっとした
「びっくりさせないでよ!」
「なんなのよもう!」
我が家にいると寂しいなんて思う暇がない
お父さんと弟たちが私に微笑みかける
その視線が私に集中砲火のように集まっている
私は目を細めてそれを見回した
とんでもなく……気持ち悪い……
気持ち悪い……が……
どうやら……
私は愛されてはいるようだ
そこだけは伝わった
ただこいつらの愛は気持ち悪い上に
ありがた迷惑だ……
私はため息をつく
お父さんに仕事とは何たるか分からせるのは延期して
キッチンへ向かった
冷蔵庫を開けて中をのぞく
今日の夕飯なににしよう
その時にふと思った
伊織くんはいつ帰ってくるんだろ
今日?
だったら晩御飯食べるわよね
明日?
てか学校は来るの?
お弁当はいるの?
それとも
もう少しかかるの?
私は冷蔵庫を閉めた
いや
っていうか
だんだん腹が立ってきた
勝手に九条の家に戻って
それっきり連絡もなし
一言くらい連絡するのが普通でしょ
連絡しないと家の人が心配するのは当たり前だよね
私、何か間違ったこと言ってる?
それにいつ帰ってくるのよ
急に帰ってきたらご飯の支度に困るじゃない
伊織くん結構食べるし
一人増えるだけでも量がずいぶん変わるんだから
伊織くんが美味しいとかいうから
お弁当用にほうれん草のお浸し多めに作っちゃったし
『明日も入ってる?』とか言ったじゃない
言ったからには食べる責任ってものがあるわよ
私はスマホを見る
連絡なし
メッセージもなし
つい口から出た
「……むかつく」
近くにいた悠真がびくっとする
「何?」
「いや」
ものすごい勢いで首を振った
「何も!」
「そう?」
またスマホを見る
やっぱり何も来てない
おかしいでしょ
普通
いつ帰るかくらいは言うでしょ?
一緒に暮らしてるんだから
私は伊織くんの番号を画面に出す
電話をかけようとして
やっぱりやめた
いや
決めた
明日までは待とう
なにか事情があるのかもしれない
明日になったらこっちから連絡して
それでも出なかったら
九条の家まで直接聞きにいこう
まったく……
新しいパターンね……
伊織くんも男の子だから言わなきゃ分かんないし
きっと言っても言うこと聞かないのよ
他の男たちが真似する前に
ちゃんと悪い芽は潰さないと
あーー!
男って面倒くさい!!
朝から家の中が変だった
私が洗濯しようとすると
「姉ちゃん!」
陸が走り込んできて洗濯籠を持ち上げた
「洗濯は俺がやるよ!」
「え?」
「いや、いいよ」
「私がやるから」
「いや!」
陸が力強く首を振った
「今日は俺がやる!」
「なんで?」
「なんでって……」
陸が返答に困ったように固まる
すると
「たまにはいいだろ」
湊が横から入ってきた
「そうそう!」
悠真と奏太も続々と狭い洗濯場に集まってきた
「俺も手伝う!」
「俺も!」
「なんでよ!?」
「こんな狭いところに集まらないで!」
すると晴まで床に落ちていた靴下を拾った
「ぼくもー」
「晴はいいんだよ」
「やるー!」
三歳の晴が靴下を両手で持って洗濯籠へ放り込む
「できた!」
「はいはい」
「ありがとう」
なんか気持ち悪い
いつもなら洗濯物出しなさいとか
干すのを手伝いなさいと言っても
全然手伝わないくせに
「まあ」
「いいけどさ……」
「分からないことは聞きなさいよ」
私は掃除機でも掛けようとリビングへ戻った
すると弟たちが洗濯場で騒ぎだした
「とりあえず全部いれろ」
「洗剤いれるよな?」
「それ柔軟剤って書いてあるぞ」
「どっちでもいいだろ」
そのやり取りを聞いて私が慌てる
「よくないわよ!」
「やっぱり私がやる!」
晴までその後ろをとことこ追いかけてくる
「はるもー」
「晴はあっちで遊んでなさい」
「えー」
私は陸から洗濯籠を奪い取る
湊が洗剤と柔軟剤を両方持っていた
あぶない……
「あんた達もやったことないでしょ!?」
「邪魔だからあっち行ってゲームやってなさい!」
弟たちは渋々散っていく
まったく……
弟たちに任せたら
気になって仕方がないわよ
やっぱり私がやった方が早い
それからも皆がなんだか変だった
今日は祝日で学校も休みだ
いつもなら誰かしらが朝から喧嘩したり泣いたりしている
平日と違って休日は
私も小さな争いの芽まで
いちいち監視していないからだ
私だって休みの日くらいは少し気を抜きたい
でも今日はまったく揉めごとが起きない
というか……
妙に仲がいい
いや……
仲がいいというより
わざとらしくて気持ち悪い
洗濯機を回してから
私は昼食の支度のためにキッチンへ行く
すると待ち構えていたように
湊が窓から空を見上げて声を上げた
他の兄弟達もなぜか同じように空を見ている
「今日の天気はいいよな!」
「おう!」
「最高だな!」
「最高だ!」
「嫌なことなんて」
「忘れちゃうよな!」
「ああ!」
「忘れちまう!」
「姉ちゃん!」
「見ろよ天気がいいぜ!」
「人生って素晴らしいって思うぜ!」
「一緒に見よう!」
とんでもなくモヤっとする会話を
これみよがしに私に聞かせてきた
「そ、そう……」
「よかったわね」
「私は……遠慮するわ」
なんなのよ……こいつら
奏太と晴が窓の外を見て手を広げた
「はれー!」
「はれー!」
かわいい……
癒される……
癒されたのもつかの間
お父さんがテレビを観ながら
やたら大きな声で笑った
「がはははは!」
私が画面を見ると天気予報をやっていた
いったい何がそんなに面白いのか……
「お父さん」
「なんだ!」
「どうした美緒!?」
「欲しい物でもあるのか!?」
「一緒に買いに行くか!?」
「うるさい!」
「静かにして!」
「お、おう」
注意したら少し静かになった
やっぱり変だ
お昼ご飯を食べ終わってから
リビングにいる弟たちへサイダーを出す
人数分のコップを並べて順番に注いでいく
シュワシュワと泡が膨らんだ
「ほら」
「ありがと!」
そこでまた私は違和感を覚える
湊を先頭に
弟たちが綺麗に列を作っている
いつもは奪い合うように取りに来るのに
まあ……
悪い事ではないけど……
弟達とお父さんに配り終えてから
私はもう一つコップを出した
それから冷蔵庫を開ける
「伊織くんはお茶が――」
そこで気づいて口が止まった
あ
そうだった
いないんだった
私は手に持ったコップを見る
その瞬間
「俺は!」
お父さんが突然大声を出した
「二杯ないと足りねえ!」
「は?」
振り返る
お父さんがものすごく真剣な顔で私を見ていた
「お茶をくれ!」
「俺は二杯飲む!」
「一杯でいいじゃん」
「足りねえ!」
「いつも一杯でしょ!?」
「それ飲んでからにしたら?」
「今日は二杯だ!」
「……なんなのよ」
仕方なく手に持ったコップにお茶を注いでお父さんの前へ置いた
「ほら」
「おう!」
お父さんが受け取って勢いよく飲みだした
私は呆れた目でそれを眺める
見ると弟たちまで
ほっとしたような顔をしていた
晴だけがサイダーを飲みながら
「おとーさん」
「たくさんのむねー」
と笑っている
本当になんなのよ
夕飯
いつものように料理を作る
ご飯とお味噌汁
焼き魚に煮物
それからほうれん草のお浸し
と食卓へ並べていく
「できたよー」
「おお!」
「腹減った!」
「今日魚か!」
弟たちがどたどたとリビングへ集まってくる
晴も小さな足で一生懸命ついてくる
今日は私も自分の席へ座った
「いただきます!」
いつものように食事が始まる
また違和感に気付く
異様に静かだ……
皆が粛々と食事をしている
と思ったらお父さんが口を開いた
「美緒の飯はやっぱりうまいな!」
湊が続く
「おう!」
「美味い!」
陸と悠真も続いた
「美味い!」
「本当に美味い!」
奏太と晴も真似した
「うまいー」
「うまいー」
「はあ?」
「いつもは肉を出せって文句言うじゃない」
「今日はどうしたのよ?」
男どもの動きが一瞬止まる
でも湊がすぐに切り返してきた
「今日の魚は特別に美味い!」
「そうだ、特別に美味い!」
また伝言ゲームみたいに
そのセリフが続いていく
どいつもこいつも
壊れた人形のように美味い美味い言い続けている
ここまでくると本気で気持ち悪い……
私は奏太と晴のお魚の身をほぐして骨を取り除く
「骨があるからね」
「少し待ってて」
「はーい」
「はーい」
晴がテーブルの端を見る
「あれ?」
食事のお膳が一人分多かった
晴が指をさす
「ねえね」
「これー?」
バッ!
ものすごい速さで湊の手が伸びて晴の口を塞ぐ
「むぐっ!?」
「晴!」
「兄ちゃんが口の周り拭いてやるぞ!」
「むー!」
「何?」
「なんでもない!」
「いや」
「晴なんか言ってたじゃん」
「気のせいだ!」
湊が必死な顔で晴の口を拭いている
「晴が苦しそうだけど」
「大丈夫だ!」
「むー!」
「大丈夫じゃないでしょ」
「ほら晴」
「魚食え!」
「おさかなー」
晴はすぐに魚へ興味を移した
私は晴が指さしていた方を見る
そこで気づいた
「あ」
そうだった伊織くんいないんだった
「いらなかったね」
そう言った次の瞬間
お父さんが素早く伊織くんのご飯茶碗を取った
湊は焼き魚
陸は煮物
悠真がそれ以外を奪い去る
余っていた一人分が綺麗に消えた
私は呆れたように皆を見る
さすがにここまで露骨だと気づいてるけどさ
とんでもなく気を使われてるわね
私はどうなってると思われてるのよ……
少し多めに炊いたはずのご飯は
お父さんと弟たちが全部食べて空になった
食事が終わると私は皿を重ねて片付ける
するとまた湊が寄ってきた
「姉ちゃん!」
「今度は何?」
「俺が洗うよ!」
「は?」
「俺も!」
「俺もやる!」
またか……
弟たちが次々に立ち上がる
晴も椅子から降りようとする
「はるもー」
「晴は駄目」
「なんでー」
「手が届かないでしょ」
「奏太と一緒にお父さんと遊んでて」
「えー」
「父ちゃんと遊ぼうな!」
お父さんが素早く晴と奏太を持ち上げて連れて行ってしまった
私は残った弟たちを見る
まあ大体どうなるかは想像ついている
「それと」
「あんた達も割るからやめて」
「割らないって!」
「前に割ったじゃん」
「あれは事故!」
「じゃあ俺が拭くよ!」
「俺が棚に入れる!」
「あーーーもう!」
「キッチンは狭いんだから!」
「むしろ邪魔よ!」
「ゲームやってろ!!」
結局
私は押し寄せてくる弟達をキッチンから追い出した
次の日
早朝に洗濯籠を持って庭へ出る
今日は気持ちよく晴れている
空を見上げた
「んーっ」
両腕を上げて大きく背伸びをした
朝の空気が気持ちいい
洗濯籠を置いて一枚取る
物干し竿へ手を伸ばした
ふと庭の端を見る
前に伊織くんが洗濯を手伝ってくれた場所
あそこに立って
私の真似をしながら洗濯物を干していた
楽しそうに笑っていた
私は少しのあいだそこを眺めた
「うおおおおおお!!」
突然後ろからものすごい声が聞こえた
「何!?」
振り返る
弟たちが全員集合で洗濯籠へ群がっていた
「俺これ!」
「じゃあ俺こっち!」
「靴下任せろ!」
「タオル!」
「急げ!」
「なにを急いでるのよ!」
晴まで小さな靴下を持って
後ろをうろうろしている
「はるまで!?」
ものすごい速さで洗濯物が物干し竿へ並んでいく
「ちょっと!」
私は慌てて止める
「そんな干し方したら」
「しわになるでしょ!」
「大丈夫!」
「何が大丈夫なのよ!」
「細かいこと気にすんな!」
「洗濯で一番駄目な考え方よ!」
私はシワも伸ばさず干されたシャツを外す
「靴下丸めない!」
「シャツ伸ばして!」
「タオル重ねない!」
「はい!」
「分かった!」
「了解!」
「りょーかい」
晴まで真似している
やたらと素直だが全然できていない
口だけで言うことはやっぱり聞かない
「あーーーもう!」
「邪魔だお前ら!」
「いつも通り寝てろーーーー!!」
私は妙に従順でありがた迷惑な弟たちに朝食を食べさせ
学校や保育園へ送り出した
それから私も鞄を持って学校へ向かう
電車に揺られながら
朝からの騒ぎを思い出す
「新しい手口だわ……」
「善意だから殴るわけにもいかない」
「逆にやっかいね……」
教室へ入り自分の席に鞄を置く
なんとなく廊下を見た
伊織くん……今日は休むのかな?
千鶴の席に目を移す
まだ来ていなかった
一緒にいるのかな?
「美緒~」
顔の横から日向が覗き込んできた
「なに?」
「いや~」
日向がじーっと私を見る
「なによ」
「ううん」
今度はちらりと千鶴のいない席を見る
そしてまた私を見る
「あ~」
「なに?」
少し考えて日向が頷く
「気持ち分かるよ~」
「聞かない方がよさそうだね~」
「何がよ」
「なんでもな~い」
「気になるじゃない」
「大丈夫大丈夫」
日向がぽんぽんと私の肩を叩く
「私はいつでも」
「美緒の味方だからね~」
「何の話よ」
「じゃあね~」
自分の席へ戻っていった
学校でもこれなの……
授業が始まる
先生の話を聞きながらノートを取る
いつも通り休み時間に日向と話す
今日はやっぱり伊織くんも千鶴もお休みのようだ
なのに何度かふと廊下を見る
そこに伊織くんが歩いてくるような気がした
当たり前だけど来ない
昼休みにお弁当箱を開ける
自分で作ったお弁当を食べながらふと思う
そういえば伊織くんは何を食べてるんだろ
九条の家ならちゃんとしたものが出るよね
別に心配することじゃない
放課後になって鞄を机の上に置いて
教科書やノートを入れる
「美緒~」
日向が私に笑顔を向けた
「なに?」
「私と遊びたい~?」
「え?」
「帰って夕飯作らないと」
「あ~」
日向が何か言いかけたがやめた
「じゃ」
「また明日ね~」
「いつでも言ってね~」
「う、うん」
私は家へ戻って玄関を開ける
「ただいまー」
「おかえり!」
弟たちの声が返ってきた
湊、陸、悠真の顔が見えた
ゾロゾロと集まってくる
「あれ?」
「あんたたち稽古は?」
「今日は父ちゃんが」
「稽古休みにしたって」
リビングからお父さんまで顔を出した
まさか……
私が寂しがってるとか思って
休みにしたんじゃないでしょうね
仕事をなんだと思ってるの……
門下生に代替日の案内と連絡は誰がやるわけ?
あいつ……分からせといた方がいいわね
すると奏太と晴が走ってくる
「ねえねー!」
私は二人の頭を撫でてから
靴を脱いでリビングへ向かう
「ただいまー」
「ちょっと、お父さ――」
「おかえり!」
「おかえり!」
「おかえり!」
「おかえり!」
「おかえりー」
「おかえりー」
四方八方から
お父さんと弟たちの声が同時に返ってきて
私はビクっとした
「びっくりさせないでよ!」
「なんなのよもう!」
我が家にいると寂しいなんて思う暇がない
お父さんと弟たちが私に微笑みかける
その視線が私に集中砲火のように集まっている
私は目を細めてそれを見回した
とんでもなく……気持ち悪い……
気持ち悪い……が……
どうやら……
私は愛されてはいるようだ
そこだけは伝わった
ただこいつらの愛は気持ち悪い上に
ありがた迷惑だ……
私はため息をつく
お父さんに仕事とは何たるか分からせるのは延期して
キッチンへ向かった
冷蔵庫を開けて中をのぞく
今日の夕飯なににしよう
その時にふと思った
伊織くんはいつ帰ってくるんだろ
今日?
だったら晩御飯食べるわよね
明日?
てか学校は来るの?
お弁当はいるの?
それとも
もう少しかかるの?
私は冷蔵庫を閉めた
いや
っていうか
だんだん腹が立ってきた
勝手に九条の家に戻って
それっきり連絡もなし
一言くらい連絡するのが普通でしょ
連絡しないと家の人が心配するのは当たり前だよね
私、何か間違ったこと言ってる?
それにいつ帰ってくるのよ
急に帰ってきたらご飯の支度に困るじゃない
伊織くん結構食べるし
一人増えるだけでも量がずいぶん変わるんだから
伊織くんが美味しいとかいうから
お弁当用にほうれん草のお浸し多めに作っちゃったし
『明日も入ってる?』とか言ったじゃない
言ったからには食べる責任ってものがあるわよ
私はスマホを見る
連絡なし
メッセージもなし
つい口から出た
「……むかつく」
近くにいた悠真がびくっとする
「何?」
「いや」
ものすごい勢いで首を振った
「何も!」
「そう?」
またスマホを見る
やっぱり何も来てない
おかしいでしょ
普通
いつ帰るかくらいは言うでしょ?
一緒に暮らしてるんだから
私は伊織くんの番号を画面に出す
電話をかけようとして
やっぱりやめた
いや
決めた
明日までは待とう
なにか事情があるのかもしれない
明日になったらこっちから連絡して
それでも出なかったら
九条の家まで直接聞きにいこう
まったく……
新しいパターンね……
伊織くんも男の子だから言わなきゃ分かんないし
きっと言っても言うこと聞かないのよ
他の男たちが真似する前に
ちゃんと悪い芽は潰さないと
あーー!
男って面倒くさい!!


