僕は跪いた冬弥兄さんを見下ろした
「どうしました?」
「立ってください」
その時
刀を握る僕の手に誰かの手が置かれた
目線を向けると
湊がすぐ横に立っていた
「もう」
「よせよ……」
「兄弟なんだろ?」
湊は悲しそうな目で僕を見ている
兄との勝負はこれまでということか
そんなことより
「湊」
「君のその動きは怖いね」
「手を置かれるまで気づけないなんて」
湊の目に違う光が入った
「怖い?」
「俺は伊織の敵じゃねえぜ」
ああ
そうだった
僕は小さく笑う
「そうだったね」
その瞬間だった
「こんなこと……」
冬弥兄さんが叫ぶ
「認めない!」
落ちていた刀を拾う
そして僕へ向かって駆けてくる
さすが冬弥兄さん
期待通りだ
僕は湊の手を振り払った
兄さんに教えてもらった突き
これがいいだろう
刀を腰まで下げる
冬弥兄さんの目が見開かれた
この技を教えたのは兄さんだ
だからこれからどうなるのかも分かっている
それなのに向かってくる
僕は思わず薄い笑みを浮かべる
「研鑽お見事とでも言いますか?」
僕は地面を蹴った
一つ
右肩
ドッ!!
今度は止めなかった
刀の切っ先が右肩へ叩き込まれる
「ぐっ!」
兄さんの体が大きく揺れる
すぐに刀を引く
二つ
左肩
ドッ!!
切っ先が左肩へ叩き込まれる
「がっ!」
冬弥兄さんの腕が落ちる
三つ
右太腿
ゴッ!!
「ぐっ!」
切っ先が右太腿を打ち
足が崩れる
四つ
左太腿
ゴッ!!
冬弥兄さんの体が大きく傾く
それでも倒れようとしない
だったら最後
五つ
胸
真っすぐ切っ先を伸ばす
冬弥兄さんの目が大きく見開かれた
もう避けられない
僕は胸元で刀を止めた
ほんの少し前へ出せばそれで終わる
冬弥兄さんの目を見る
怒り、悔しさ、恐怖
そしてその奥にようやく見えた
諦め
僕は刀を引いた
冬弥兄さんの膝が落ちる
そのまま地面へ崩れた
「五つ」
返事はない
僕は兄さんを見下ろす
「兄さんが」
「僕に教えてくれたのは三つでしたね」
刀を軽く振る
「だから今度は僕が教えてあげます」
「三つじゃ……」
「少なすぎるよ」
冬弥兄さんの顔が歪んだ
もう十分だ
この人は折れた
僕は刀を下ろして兄さんを見下ろす
「心配しないで」
「僕は冬弥兄さんのことは好きなんだ」
「だからもう」
「僕に逆らわないでください」
静かに言う
「そうすれば」
「守ってあげますよ」
冬弥兄さんの目が揺れる
「伊織……」
次の瞬間
「殺せ!!」
兄さんが叫んだ
僕は少しだけ首を傾げる
「殺せ!」
「どうした!」
「殺せないのか!」
「臆病者!」
僕は大きくため息をついた
「困った人だな」
もう終わったと思ったのに
「分かりました」
刀を上げる
「もう少しだけ」
「痛めつけてあげます」
その時だった
ドンッ!!
凄まじい衝撃が左腰へ叩き込まれた
「――っ!」
体が横へ吹き飛ぶ
それでも足を地面へつく
一歩
二歩
大きく滑りながら踏みとどまった
誰だ?
僕はすぐに打ち込まれた方を見る
そして目を見開いた
「美緒……さん」
そこには美緒さんがいた
息を切らして僕を見ている
その目から涙が流れていた
どうして……
泣いているんだ?
いつから見ていた?
五段突き?
兄さんの刀を折ったところ?
それとも……もっと前から?
「美緒さん……」
美緒さんは何も言わない
ただ泣いていた
僕を見て
ぽろぽろと涙を落としながら
泣いていた
その顔を見た瞬間
胸の奥にさっきまでなかったものが生まれた
違う
僕は美緒さんに見せたかったんだ
九条にいる時の僕を
本当の僕を
強い僕を
格好いい僕を
なのにどうして
そんな顔で僕を見て泣いているの?
一歩
美緒さんへ近づこうとした
その時
二つの影が美緒さんの前へ出た
湊
そして
師匠
二人が僕と美緒さんの間に立つ
まるで僕から美緒さんを守るように
足が止まった
僕は二人を見る
それから
その後ろにいる美緒さんを見る
美緒さんはまだ泣いている
ああ
そうか
僕はようやく分かった
その時
「伊織様」
聞きなれた声がした
僕はそちらを見る
少し離れた場所に千鶴が地面に膝をつき頭を下げていた
ずっとこうだった
千鶴が何も変わらず僕に頭を下げている
その姿を僕はずっと見てきた
九条の家で何度も何度もこの姿を
ああ
そうだった
僕は忘れていた
この世で僕の本当の姿を知っても
傍に居続けてくれたのは
ずっと……
千鶴だけだった
僕は何を勘違いしていたんだろう
美緒さんなら違うと思い込んでいた
榊家で格好いいと言ってくれたから
浮かれて勘違いをした
全部見せてもきっと大丈夫だと思った
美緒さんの傍にいられると思った
そんなわけが……
なかったじゃないか
僕はありもしない夢を見ていた
刀を静かに鞘へ収めた
カチン
小さな音がやけに大きく聞こえた
僕はもう美緒さんを見なかった
夢は……終わったんだ
「行くぞ」
「千鶴」
「はい」
千鶴が立ち上がる
そして僕の後ろへついた
そのまま歩き出す
誰も止めなかった
いや
誰かが何かを言ったのかもしれない
でももう聞く必要はなかった
僕は一度も振り返らない
そのまま千鶴を連れて
高梨家をあとにした
「どうしました?」
「立ってください」
その時
刀を握る僕の手に誰かの手が置かれた
目線を向けると
湊がすぐ横に立っていた
「もう」
「よせよ……」
「兄弟なんだろ?」
湊は悲しそうな目で僕を見ている
兄との勝負はこれまでということか
そんなことより
「湊」
「君のその動きは怖いね」
「手を置かれるまで気づけないなんて」
湊の目に違う光が入った
「怖い?」
「俺は伊織の敵じゃねえぜ」
ああ
そうだった
僕は小さく笑う
「そうだったね」
その瞬間だった
「こんなこと……」
冬弥兄さんが叫ぶ
「認めない!」
落ちていた刀を拾う
そして僕へ向かって駆けてくる
さすが冬弥兄さん
期待通りだ
僕は湊の手を振り払った
兄さんに教えてもらった突き
これがいいだろう
刀を腰まで下げる
冬弥兄さんの目が見開かれた
この技を教えたのは兄さんだ
だからこれからどうなるのかも分かっている
それなのに向かってくる
僕は思わず薄い笑みを浮かべる
「研鑽お見事とでも言いますか?」
僕は地面を蹴った
一つ
右肩
ドッ!!
今度は止めなかった
刀の切っ先が右肩へ叩き込まれる
「ぐっ!」
兄さんの体が大きく揺れる
すぐに刀を引く
二つ
左肩
ドッ!!
切っ先が左肩へ叩き込まれる
「がっ!」
冬弥兄さんの腕が落ちる
三つ
右太腿
ゴッ!!
「ぐっ!」
切っ先が右太腿を打ち
足が崩れる
四つ
左太腿
ゴッ!!
冬弥兄さんの体が大きく傾く
それでも倒れようとしない
だったら最後
五つ
胸
真っすぐ切っ先を伸ばす
冬弥兄さんの目が大きく見開かれた
もう避けられない
僕は胸元で刀を止めた
ほんの少し前へ出せばそれで終わる
冬弥兄さんの目を見る
怒り、悔しさ、恐怖
そしてその奥にようやく見えた
諦め
僕は刀を引いた
冬弥兄さんの膝が落ちる
そのまま地面へ崩れた
「五つ」
返事はない
僕は兄さんを見下ろす
「兄さんが」
「僕に教えてくれたのは三つでしたね」
刀を軽く振る
「だから今度は僕が教えてあげます」
「三つじゃ……」
「少なすぎるよ」
冬弥兄さんの顔が歪んだ
もう十分だ
この人は折れた
僕は刀を下ろして兄さんを見下ろす
「心配しないで」
「僕は冬弥兄さんのことは好きなんだ」
「だからもう」
「僕に逆らわないでください」
静かに言う
「そうすれば」
「守ってあげますよ」
冬弥兄さんの目が揺れる
「伊織……」
次の瞬間
「殺せ!!」
兄さんが叫んだ
僕は少しだけ首を傾げる
「殺せ!」
「どうした!」
「殺せないのか!」
「臆病者!」
僕は大きくため息をついた
「困った人だな」
もう終わったと思ったのに
「分かりました」
刀を上げる
「もう少しだけ」
「痛めつけてあげます」
その時だった
ドンッ!!
凄まじい衝撃が左腰へ叩き込まれた
「――っ!」
体が横へ吹き飛ぶ
それでも足を地面へつく
一歩
二歩
大きく滑りながら踏みとどまった
誰だ?
僕はすぐに打ち込まれた方を見る
そして目を見開いた
「美緒……さん」
そこには美緒さんがいた
息を切らして僕を見ている
その目から涙が流れていた
どうして……
泣いているんだ?
いつから見ていた?
五段突き?
兄さんの刀を折ったところ?
それとも……もっと前から?
「美緒さん……」
美緒さんは何も言わない
ただ泣いていた
僕を見て
ぽろぽろと涙を落としながら
泣いていた
その顔を見た瞬間
胸の奥にさっきまでなかったものが生まれた
違う
僕は美緒さんに見せたかったんだ
九条にいる時の僕を
本当の僕を
強い僕を
格好いい僕を
なのにどうして
そんな顔で僕を見て泣いているの?
一歩
美緒さんへ近づこうとした
その時
二つの影が美緒さんの前へ出た
湊
そして
師匠
二人が僕と美緒さんの間に立つ
まるで僕から美緒さんを守るように
足が止まった
僕は二人を見る
それから
その後ろにいる美緒さんを見る
美緒さんはまだ泣いている
ああ
そうか
僕はようやく分かった
その時
「伊織様」
聞きなれた声がした
僕はそちらを見る
少し離れた場所に千鶴が地面に膝をつき頭を下げていた
ずっとこうだった
千鶴が何も変わらず僕に頭を下げている
その姿を僕はずっと見てきた
九条の家で何度も何度もこの姿を
ああ
そうだった
僕は忘れていた
この世で僕の本当の姿を知っても
傍に居続けてくれたのは
ずっと……
千鶴だけだった
僕は何を勘違いしていたんだろう
美緒さんなら違うと思い込んでいた
榊家で格好いいと言ってくれたから
浮かれて勘違いをした
全部見せてもきっと大丈夫だと思った
美緒さんの傍にいられると思った
そんなわけが……
なかったじゃないか
僕はありもしない夢を見ていた
刀を静かに鞘へ収めた
カチン
小さな音がやけに大きく聞こえた
僕はもう美緒さんを見なかった
夢は……終わったんだ
「行くぞ」
「千鶴」
「はい」
千鶴が立ち上がる
そして僕の後ろへついた
そのまま歩き出す
誰も止めなかった
いや
誰かが何かを言ったのかもしれない
でももう聞く必要はなかった
僕は一度も振り返らない
そのまま千鶴を連れて
高梨家をあとにした


