湊と黒岩の立ち合いが終わった
その時
「出来のいい息子をお持ちのようだ」
冬弥兄さんが師匠を見る
「これで余興は終わりだ」
再び刀へ手をかける
「今度こそ」
「あなたの番です」
師匠がゆっくり前へ出た
その瞬間
僕を縛っていた何かが切れた
駄目だ……
師匠に戦わせちゃ駄目だ
僕の為に頭を下げてくれた
湊は僕を家族だと言って戦ってくれた
それなのに
僕だけが……
怖がっていてはいけない
隠しては……いけない
「待ってください」
自分でも分かる
冷たく突き放すような声だ
全員が僕を見た
「伊織?」
師匠の声が背中から聞こえる
「すぐに戻ります」
僕は家へ戻ると階段を駆け上がった
自分の部屋へ入り
隅に荷物と一緒に置いたまま
一度も触れていなかった細長い包みを見る
九条の家から持ってきた刀
僕はそれを掴んですぐに庭へ戻る
黒岩も意識を取り戻し
庭の端に座っていた
冬弥兄さんが僕を見て笑った
「逃げたのかと思ったぞ」
座って胸を押さえている湊が笑った
「伊織」
「そんなわけねえよな」
「かっこいいところを見せてくれんだろ?」
僕は湊に向けて小さく笑う
「ああ」
「見せてあげるよ」
……君のようには
……いかないけど
僕は布に包まれた刀を抱えたまま
師匠の前へ立った
「師匠」
「その相手」
冬弥兄さんを見る
「僕に譲ってください」
「伊織」
「これは」
僕は刀を強く握った
「高梨と九条の問題ではありません」
「僕と兄さんの問題です」
師匠が僕の目を見る
「やれるのか?」
「ご心配なく」
僕はまた湊を見る
「湊は」
「すごく格好よかった」
「高梨の男は格好いいんだ」
「それを美緒さんはずっと見てきてる」
僕は刀を握りしめた
「ここで僕が退いたら」
「すごく格好悪い」
「そんな男が……」
「美緒さんに」
「相手にされるわけがない」
庭が静まり返った
湊が呆れたように笑う
「そこかよ……」
「姉ちゃんのことしか考えてねえな」
「僕には大事なことだよ」
師匠が鼻で笑った
「理由はともかく」
僕の肩を強く叩く
「覚悟は決まったみてえだな」
「行ってこい」
「勝てよ!」
「ありがとうございます」
僕は冬弥兄さんを見る
刀を包んでいた布を解く
「兄さん」
「なんだ?」
鞘を握る
「僕は」
「自分で選んだ場所にいるよ」
美緒さんの傍に
「自分の力で」
「この場所にいる」
冬弥兄さんが僕を見る
「伊織」
「お前が何を言おうと」
「九条の人間であることは変わらない」
「そうですね」
「なら」
「帰るぞ」
冬弥兄さんが刀へ手をかける
僕も鞘へ手をかけた
「嫌です」
「僕を連れて帰りたいなら」
冬弥兄さんを真っすぐ見据える
「兄さんの剣で僕を従わせてください」
刀を抜く
その瞬間
僕は驚いた
手の中の刀を見る
この重さ
柄の感触
刃の向こうにいる冬弥兄さん
懐かしい
でもそれだけじゃない
胸の中が静かだった
なにも怖くない
緊張もしない
迷いもない
僕はもう一度刀を見る
感覚が広がる……
「なんだ……」
思わず声が漏れた
「全然……」
怖くない
どんどん元通りに戻っていく
口元がわずかに緩む
「平気じゃないか」
「伊織?」
冬弥兄さんの声が聞こえた
僕は顔を上げて兄さんを見る
「ああ」
「そうだったね冬弥兄さん」
さっきまでとは違った
いやそうじゃない
僕が戻っただけだ
九条の家でずっとこうしてきた
相手を見る
何ができるのか
何ができないのか
どこが弱いのか
どうすれば……
二度と逆らわなくなるのか
ただそれだけを考える
久しぶりだ
なにを怖がっていたんだろう
僕は何も変わっていない
これが僕なんだ
「冬弥兄さん」
「なんだ?」
刀を腰の辺りまで下げる
僕は冬弥兄さんを見る
さっきまで感じていたものが消えていた
何もない
あるのは目の前にいる相手が僕より劣っている
それだけだった
冬弥兄さんが僕の顔を見る
「その顔……」
僕は首を傾げる
「僕の顔が」
「どうしました?」
「いや……」
冬弥兄さんが刀を構えた
「いくぞ」
次の瞬間
踏み込んでくる
兄さんの切っ先が真っすぐに僕の顔へ向けて突かれた
一つ
僕は首を傾ける
二つ
半歩ずれる
三つ
頬のすぐ横を刃が通った
三連突き
僕はそのまま後ろへ下がった
冬弥兄さんも止まる
「伊織」
刀を腰の辺りまで下げる
「覚えているか?」
「俺が教えた突きを」
僕はその構えを見る
「ああ」
「それですか」
僕も同じように刀を下げる
「覚えていますよ」
「なら」
冬弥兄さんの目が鋭くなる
「その研鑽を俺に見せろ」
「研鑽?」
僕は兄さんを見て笑う
「見たいというなら」
「どうぞ」
地面を蹴った
一つ
冬弥兄さんが顔を逸らす
二つ
体を捻る
三つ
刀で切っ先を払う
そして
四つ
冬弥兄さんの目が見開かれた
避けられない
僕は左肩の寸前で刀を止めた
切っ先が服に触れそうな距離で静止する
「――っ!」
それでもまだ終わらない
五つ
兄さんが反応するより先に刀を引き
右脇腹へ突く
切っ先が右脇腹の寸前で止まった
冬弥兄さんの体が固まる
僕はそのまま兄さんを見る
静かだった
誰も何も言わない
僕はゆっくり刀を引いた
「五つです」
冬弥兄さんの顔を見る
「兄さんは」
「二つ」
左肩
右脇腹
順番に視線を落とす
「避けられませんでしたね」
冬弥兄さんの顔が歪んだ
「伊織……」
「なんです?」
「貴様……」
「次は?」
僕はつまらなそうに聞いた
「他にもあるでしょう?」
冬弥兄さんの目が細くなる
「舐めるな!」
踏み込んでくる
刀が横へ走る
僕も同じ技を返す
ガァン!
刃と刃がぶつかる
冬弥兄さんの刀が外へ流れた
僕の刀が兄さんの首元で止まる
「次は?」
「伊織!」
今度は下からの斬り上げ
僕も同じ技
ぶつかると兄さんの刀だけが跳ね上がる
僕の切っ先が胸元に止まる
「次」
「くっ!」
また冬弥兄さんが違う構えを取る
僕も同じ構えを取る
同じ技
同じ軌道
そして兄さんだけが負ける
もう一度
また
冬弥兄さんが技を変える
僕も変える
兄さんが踏み込む
僕も踏み込む
兄さんが振るう
僕も振るう
そして僕が勝つ
何度やっても同じだった
兄さんが僕へ見せるものを
そのまま少しだけ速く
少しだけ強くして返す
それだけで兄さんは崩れる
「はあ……」
冬弥兄さんの呼吸が少しずつ乱れていく
「はあ……」
「はあ……」
額から汗が落ちる
刀を握る手も震え始めていた
「まだですか?」
僕は刀を下ろす
冬弥兄さんが僕を睨む
「貴様……」
「もう」
「ないんですか?」
「黙れ!」
冬弥兄さんが刀を鞘へ収めた
腰を落とす
僕はそれを見て刀を鞘へ収める
冬弥兄さんの顔が歪む
「伊織……」
「兄さん」
僕も腰を落とす
「覚えていますか?」
「僕が教えた居合を」
冬弥兄さんの目に何かが浮かんで見えた
「ああ」
「覚えている」
「そうですか」
僕は柄へ手を添える
「では」
「どうぞ」
静寂の中
風が庭を抜ける
冬弥兄さんの指がわずかに動く
次の瞬間
二人が同時に地面を蹴った
閃光のように二本の刀が鞘から走る
ガァン!!
凄まじい音が庭中に響いた
銀色の何かが空をくるくると舞って
地面へ突き刺さった
冬弥兄さんが動きを止める
その手には半分ほどになった刀
兄さんがゆっくりと自分の刀を見る
途中から綺麗に折れていた
「……な」
僕は兄からも見えるように
自分の刀を持ち上げる
刃には何もない
ヒビどころか欠けてすらいない
冬弥兄さんの視線が僕の刀へ移る
そして僕を見た
「どうして……」
僕は折れた刀を見る
「どうして?」
少し考えてから兄さんを見た
「兄さんが」
「弱いからじゃないですか?」
「伊織……」
「研鑽」
「お見事でした」
僕は残った刀身を見る
「兄さんにしてはね」
冬弥兄さんの顔が歪んだ
僕はそれを見ても何も感じなかった
僕は黒岩を見る
「もう一本ありますよね?」
「冬弥兄さんに渡せ」
黒岩が驚いた表情で僕を見る
そしてすぐに冬弥兄さんに駆け寄って
自分の刀を差し出した
「冬弥様……」
冬弥兄さんは動かない
茫然としたように折れた刀を見ている
「冬弥兄さん」
「どうしました?」
「刀ならありますよ」
僕は新しい刀へ視線を向ける
冬弥兄さんが僕を見た
その目には怯えた色が混ざり始めている
でも……
まだかな
「伊織……」
「早く」
「構えてください」
冬弥兄さんの手が震えた
それでも黒岩から刀を受け取って
鞘から抜いて構えた
その切っ先が小刻みに震えている
僕も同じ構えを取る
「どうぞ」
冬弥兄さんが歯を食いしばる
次の瞬間
ガシャン
兄さんの手から刀が落ちた
そのまま崩れ落ちるように
僕に向かって跪いた
その時
黒岩が駆け寄って僕の前で片膝をつき
頭を下げる
「伊織様」
「なに?」
「冬弥様にはどうかご慈悲を」
冬弥兄さんが顔を上げる
「黒岩……?」
「ご命令通り」
「伊織様については一切お伝えしておりません」
「冬弥様は何もご存じなかったのです」
「どうか!」
黒岩が深く頭を下げた
「前にも言ったよね」
僕は冬弥兄さんを見る
「僕は冬弥兄さんのことは好きなんだ」
それから黒岩を見る
「僕が君にする命令は前と同じだよ」
「余計なことは口にするな」
「はっ」
黒岩はそのまま平伏して
静かに下がっていった
その時
「出来のいい息子をお持ちのようだ」
冬弥兄さんが師匠を見る
「これで余興は終わりだ」
再び刀へ手をかける
「今度こそ」
「あなたの番です」
師匠がゆっくり前へ出た
その瞬間
僕を縛っていた何かが切れた
駄目だ……
師匠に戦わせちゃ駄目だ
僕の為に頭を下げてくれた
湊は僕を家族だと言って戦ってくれた
それなのに
僕だけが……
怖がっていてはいけない
隠しては……いけない
「待ってください」
自分でも分かる
冷たく突き放すような声だ
全員が僕を見た
「伊織?」
師匠の声が背中から聞こえる
「すぐに戻ります」
僕は家へ戻ると階段を駆け上がった
自分の部屋へ入り
隅に荷物と一緒に置いたまま
一度も触れていなかった細長い包みを見る
九条の家から持ってきた刀
僕はそれを掴んですぐに庭へ戻る
黒岩も意識を取り戻し
庭の端に座っていた
冬弥兄さんが僕を見て笑った
「逃げたのかと思ったぞ」
座って胸を押さえている湊が笑った
「伊織」
「そんなわけねえよな」
「かっこいいところを見せてくれんだろ?」
僕は湊に向けて小さく笑う
「ああ」
「見せてあげるよ」
……君のようには
……いかないけど
僕は布に包まれた刀を抱えたまま
師匠の前へ立った
「師匠」
「その相手」
冬弥兄さんを見る
「僕に譲ってください」
「伊織」
「これは」
僕は刀を強く握った
「高梨と九条の問題ではありません」
「僕と兄さんの問題です」
師匠が僕の目を見る
「やれるのか?」
「ご心配なく」
僕はまた湊を見る
「湊は」
「すごく格好よかった」
「高梨の男は格好いいんだ」
「それを美緒さんはずっと見てきてる」
僕は刀を握りしめた
「ここで僕が退いたら」
「すごく格好悪い」
「そんな男が……」
「美緒さんに」
「相手にされるわけがない」
庭が静まり返った
湊が呆れたように笑う
「そこかよ……」
「姉ちゃんのことしか考えてねえな」
「僕には大事なことだよ」
師匠が鼻で笑った
「理由はともかく」
僕の肩を強く叩く
「覚悟は決まったみてえだな」
「行ってこい」
「勝てよ!」
「ありがとうございます」
僕は冬弥兄さんを見る
刀を包んでいた布を解く
「兄さん」
「なんだ?」
鞘を握る
「僕は」
「自分で選んだ場所にいるよ」
美緒さんの傍に
「自分の力で」
「この場所にいる」
冬弥兄さんが僕を見る
「伊織」
「お前が何を言おうと」
「九条の人間であることは変わらない」
「そうですね」
「なら」
「帰るぞ」
冬弥兄さんが刀へ手をかける
僕も鞘へ手をかけた
「嫌です」
「僕を連れて帰りたいなら」
冬弥兄さんを真っすぐ見据える
「兄さんの剣で僕を従わせてください」
刀を抜く
その瞬間
僕は驚いた
手の中の刀を見る
この重さ
柄の感触
刃の向こうにいる冬弥兄さん
懐かしい
でもそれだけじゃない
胸の中が静かだった
なにも怖くない
緊張もしない
迷いもない
僕はもう一度刀を見る
感覚が広がる……
「なんだ……」
思わず声が漏れた
「全然……」
怖くない
どんどん元通りに戻っていく
口元がわずかに緩む
「平気じゃないか」
「伊織?」
冬弥兄さんの声が聞こえた
僕は顔を上げて兄さんを見る
「ああ」
「そうだったね冬弥兄さん」
さっきまでとは違った
いやそうじゃない
僕が戻っただけだ
九条の家でずっとこうしてきた
相手を見る
何ができるのか
何ができないのか
どこが弱いのか
どうすれば……
二度と逆らわなくなるのか
ただそれだけを考える
久しぶりだ
なにを怖がっていたんだろう
僕は何も変わっていない
これが僕なんだ
「冬弥兄さん」
「なんだ?」
刀を腰の辺りまで下げる
僕は冬弥兄さんを見る
さっきまで感じていたものが消えていた
何もない
あるのは目の前にいる相手が僕より劣っている
それだけだった
冬弥兄さんが僕の顔を見る
「その顔……」
僕は首を傾げる
「僕の顔が」
「どうしました?」
「いや……」
冬弥兄さんが刀を構えた
「いくぞ」
次の瞬間
踏み込んでくる
兄さんの切っ先が真っすぐに僕の顔へ向けて突かれた
一つ
僕は首を傾ける
二つ
半歩ずれる
三つ
頬のすぐ横を刃が通った
三連突き
僕はそのまま後ろへ下がった
冬弥兄さんも止まる
「伊織」
刀を腰の辺りまで下げる
「覚えているか?」
「俺が教えた突きを」
僕はその構えを見る
「ああ」
「それですか」
僕も同じように刀を下げる
「覚えていますよ」
「なら」
冬弥兄さんの目が鋭くなる
「その研鑽を俺に見せろ」
「研鑽?」
僕は兄さんを見て笑う
「見たいというなら」
「どうぞ」
地面を蹴った
一つ
冬弥兄さんが顔を逸らす
二つ
体を捻る
三つ
刀で切っ先を払う
そして
四つ
冬弥兄さんの目が見開かれた
避けられない
僕は左肩の寸前で刀を止めた
切っ先が服に触れそうな距離で静止する
「――っ!」
それでもまだ終わらない
五つ
兄さんが反応するより先に刀を引き
右脇腹へ突く
切っ先が右脇腹の寸前で止まった
冬弥兄さんの体が固まる
僕はそのまま兄さんを見る
静かだった
誰も何も言わない
僕はゆっくり刀を引いた
「五つです」
冬弥兄さんの顔を見る
「兄さんは」
「二つ」
左肩
右脇腹
順番に視線を落とす
「避けられませんでしたね」
冬弥兄さんの顔が歪んだ
「伊織……」
「なんです?」
「貴様……」
「次は?」
僕はつまらなそうに聞いた
「他にもあるでしょう?」
冬弥兄さんの目が細くなる
「舐めるな!」
踏み込んでくる
刀が横へ走る
僕も同じ技を返す
ガァン!
刃と刃がぶつかる
冬弥兄さんの刀が外へ流れた
僕の刀が兄さんの首元で止まる
「次は?」
「伊織!」
今度は下からの斬り上げ
僕も同じ技
ぶつかると兄さんの刀だけが跳ね上がる
僕の切っ先が胸元に止まる
「次」
「くっ!」
また冬弥兄さんが違う構えを取る
僕も同じ構えを取る
同じ技
同じ軌道
そして兄さんだけが負ける
もう一度
また
冬弥兄さんが技を変える
僕も変える
兄さんが踏み込む
僕も踏み込む
兄さんが振るう
僕も振るう
そして僕が勝つ
何度やっても同じだった
兄さんが僕へ見せるものを
そのまま少しだけ速く
少しだけ強くして返す
それだけで兄さんは崩れる
「はあ……」
冬弥兄さんの呼吸が少しずつ乱れていく
「はあ……」
「はあ……」
額から汗が落ちる
刀を握る手も震え始めていた
「まだですか?」
僕は刀を下ろす
冬弥兄さんが僕を睨む
「貴様……」
「もう」
「ないんですか?」
「黙れ!」
冬弥兄さんが刀を鞘へ収めた
腰を落とす
僕はそれを見て刀を鞘へ収める
冬弥兄さんの顔が歪む
「伊織……」
「兄さん」
僕も腰を落とす
「覚えていますか?」
「僕が教えた居合を」
冬弥兄さんの目に何かが浮かんで見えた
「ああ」
「覚えている」
「そうですか」
僕は柄へ手を添える
「では」
「どうぞ」
静寂の中
風が庭を抜ける
冬弥兄さんの指がわずかに動く
次の瞬間
二人が同時に地面を蹴った
閃光のように二本の刀が鞘から走る
ガァン!!
凄まじい音が庭中に響いた
銀色の何かが空をくるくると舞って
地面へ突き刺さった
冬弥兄さんが動きを止める
その手には半分ほどになった刀
兄さんがゆっくりと自分の刀を見る
途中から綺麗に折れていた
「……な」
僕は兄からも見えるように
自分の刀を持ち上げる
刃には何もない
ヒビどころか欠けてすらいない
冬弥兄さんの視線が僕の刀へ移る
そして僕を見た
「どうして……」
僕は折れた刀を見る
「どうして?」
少し考えてから兄さんを見た
「兄さんが」
「弱いからじゃないですか?」
「伊織……」
「研鑽」
「お見事でした」
僕は残った刀身を見る
「兄さんにしてはね」
冬弥兄さんの顔が歪んだ
僕はそれを見ても何も感じなかった
僕は黒岩を見る
「もう一本ありますよね?」
「冬弥兄さんに渡せ」
黒岩が驚いた表情で僕を見る
そしてすぐに冬弥兄さんに駆け寄って
自分の刀を差し出した
「冬弥様……」
冬弥兄さんは動かない
茫然としたように折れた刀を見ている
「冬弥兄さん」
「どうしました?」
「刀ならありますよ」
僕は新しい刀へ視線を向ける
冬弥兄さんが僕を見た
その目には怯えた色が混ざり始めている
でも……
まだかな
「伊織……」
「早く」
「構えてください」
冬弥兄さんの手が震えた
それでも黒岩から刀を受け取って
鞘から抜いて構えた
その切っ先が小刻みに震えている
僕も同じ構えを取る
「どうぞ」
冬弥兄さんが歯を食いしばる
次の瞬間
ガシャン
兄さんの手から刀が落ちた
そのまま崩れ落ちるように
僕に向かって跪いた
その時
黒岩が駆け寄って僕の前で片膝をつき
頭を下げる
「伊織様」
「なに?」
「冬弥様にはどうかご慈悲を」
冬弥兄さんが顔を上げる
「黒岩……?」
「ご命令通り」
「伊織様については一切お伝えしておりません」
「冬弥様は何もご存じなかったのです」
「どうか!」
黒岩が深く頭を下げた
「前にも言ったよね」
僕は冬弥兄さんを見る
「僕は冬弥兄さんのことは好きなんだ」
それから黒岩を見る
「僕が君にする命令は前と同じだよ」
「余計なことは口にするな」
「はっ」
黒岩はそのまま平伏して
静かに下がっていった


