私は全身から力が抜けた
「とりあえず」
「一番心配してた事態にはならなかった」
お父さんが日向のところへ行く
左腕を取り
関節の動きや指先の反応を確かめていく
「骨や関節はやってねえな」
「本当?」
「ああ」
「神経を押さえられて」
「力が入らなくなってるだけだ」
お父さんが日向の顔を見る
「それより……」
「まず目を洗え」
今度は千鶴のところへ行く
裂けた忍び装束から覗く
肩から脇腹まで赤く引き裂かれた肌を見る
「こっちも筋肉にまでは達してねえ」
お父さんが千鶴の傷を見る
「傷は浅いが皮膚が裂けてる」
「広く打撲も受けてるな」
「すぐに洗って消毒する」
それからお父さんが私を見る
「美緒」
「なに?」
「道場の救急箱に」
「洗眼用の生理食塩水がある」
お父さんが日向へ目を向けた
「それを使って」
「そいつの目を洗ってやれ」
「分かった!」
「俺は千鶴の傷を見る」
私は道場へ走って救急箱を開ける
中から取り出したのは目を洗うための大きなボトル
滅菌された生理食塩水
それを持って庭へ戻った
日向を縁側へ座らせる
「日向」
「左目を開けて」
「わかった~」
日向が左目を開こうとする
だけどすぐに顔をしかめた
「うえ~」
「開けられない~」
「我慢してね」
私はまぶたに指を添えて
日向の左目を少しだけ開かせた
そこへゆっくりと洗浄液を流す
「私~」
「辛いもの苦手って言ったのに~」
「食べたわけじゃないでしょ」
「目で食べたみたいなものだよ~」
「そんな食べ方ないから!」
真っ赤になった左目を洗浄液で洗い流す
しばらく洗い続けると
少しずつ日向自身で目を開けられるようになってきた
「どう?」
「まだ痛いけど~」
日向が何度か瞬きをする
「美緒の顔は見えるよ~」
「それなら一安心だね」
「このあと」
「ちゃんと病院で診てもらおう」
「え~」
「左腕は?」
日向が左手の指を動かそうとする
さっきまでまったく動かなかった指が
ほんの少しだけ震えた
「あ~」
「ちょっと動いた~」
「よかった」
「千鶴の言った通りだね」
日向はどこか楽しそうに笑っていた
どうして目をやられて
腕を動かなくされて
そんな顔ができるのよ
その隣ではお父さんが千鶴の手当てをしていた
破れた忍び装束をずらし傷口を洗う
皮膚が裂けた部分を消毒して白いガーゼを当てる
千鶴がわずかに顔をしかめた
「染みるか?」
「少しだけです」
「我慢しろ」
「はい」
肩口から脇腹にかけて赤い腫れが広がっている
ガーゼで覆われているのは
皮膚が裂けた部分だけ
その周りは打撃を受けた形に赤黒く変わり始めていた
それを見た日向が何かを思い出したように声を上げる
「あ」
「美緒~」
「なに?」
「私の鞄を取ってきて~」
「どうして?」
「お薬が入ってるから~」
私は日向の鞄を持ってきた
日向が動く右手で鞄の中を探る
そして小さな薬の容器を取り出した
「千鶴~」
「なんです?」
「これ使って~」
千鶴が差し出された薬を見る
「これは?」
「私の打撃でできる」
「腫れと痛みによく効く薬だよ~」
「自分の技に効く薬を持ち歩いているんですか?」
日向が笑う
「稽古だと私も同じ技を受けてたから~」
「なんとなく~」
「日向も?」
「うん~」
日向が薬の容器を千鶴へ渡す
「これを塗ると~」
「すぐに楽になるよ~」
千鶴が受け取った薬を見る
「それでは」
「ありがたく使わせていただきます」
千鶴が赤く腫れた部分へ
薬を塗っていく
「どう~?」
千鶴が肩を少しだけ動かした
「っ……」
まだかなり痛そう
それでも先ほどよりは顔の歪みが小さかった
「確かに」
千鶴が自分の肩を見る
「痛みが和らいだ気がします」
「でしょ~?」
日向が得意そうに笑った
「よく効くんだ~」
「治りも早くなるし跡も残らないよ~」
「ありがとうございます」
「怪我させた本人にお礼って……」
「どういう状況なのよ」
お父さんが二人の状態を改めて確認して小さく息を吐いた
「とりあえず大事はなさそうだな」
そして二人の前へ立った
「勝負は引き分けだ」
「え~」
日向が不満そうな声を出して千鶴の肩を見る
「私の方が~」
「大きな怪我させてるよ~?」
千鶴も不満そうに声を上げた
「私は左目を潰して」
「左腕も無力化しました」
「あのまま続ければ私が勝ちました」
「違うよ~」
「私がもう少し上を狙ってたら~」
右手を自分の首へ当てる
「千鶴」
「気を失ってたと思うよ~?」
千鶴が自分の肩へ目を落とした
少し考えてから静かに頷く
「確かに否定はできませんね」
「唐辛子を使った私は甘かった」
「やっぱり~」
「ちゃんと決着までやる~?」
私は慌てて声を上げた
「絶対だめ!!」
お父さんが二人を見る
「日向は片目と片腕を使えなくされた」
「千鶴はまともに打撃を受けて動きを止められた」
「どっちも相手を倒す前に自分もただじゃ済まねえ」
「互角ってことでいいだろ」
二人がまた顔を見合わせた
そして同時に笑った
なんでそこで笑えるのよ
さっきまで本気で戦っていた二人
今は並んで縁側へ座っている
「千鶴~」
日向が自分の左手を見ながら呼ぶ
「なんです?」
「すごいね~」
「腕がまだうまく動かないよ~」
「こんなの初めて~」
楽しそうに言ってる
本当に楽しそう
千鶴も日向を見る
「日向こそ」
「素手でこの服を引き裂くなんて」
「針金が編み込んであるのに」
あ
昨日、制服に何かしてたのも
そういう仕込みだったのね
千鶴が自分の肩を見下ろす
「その上」
「この傷……」
「人間業ではありません」
「そう~?」
「はい」
「どうやったのですか?」
「知りたい~?」
「少しだけ」
「じゃあ~」
日向が笑う
「今度」
「教えてあげる~」
「本当ですか?」
「その代わり~」
日向が動かない左腕を見る
「この腕を動かなくするやつ~」
「私にも教えて~」
「構いませんよ」
「やった~」
「やったじゃない!」
私は二人の前へ立った
「なんで技を教え合う約束してるの!?」
「そんな極悪技の技術交流をしないで!」
日向が不思議そうに私を見る
「だって~」
「もっと強くなれるよ~?」
千鶴も静かに頷く
「私も日向の技には興味があります」
「駄目!」
「なぜです?」
私は二人を指さした
「次に戦った時!」
「もっとひどいことになるから!」
日向と千鶴がまた顔を見合わせる
「美緒って~」
「心配性だよね~」
「そうですね」
「誰のせいよ!?」
日向がまだ動かない左手を見た
それから動く右手を千鶴へ差し出す
「千鶴~」
「なんです?」
「これからよろしくね~」
千鶴が差し出された右手を見て小さく笑う
そして自分の右手を重ねた
「はい」
「こちらこそ」
「よろしくお願いします」
二人が右手で握手する
やっとまともな光景が見られた
そう思った次の瞬間
日向が言った
「またやろうね~」
「もちろんです」
「もう……」
「やるなああああ!!」
庭に私の声が響いた
戦う前より仲良くなっている
友達って一緒にご飯を食べたり遊びに行ったり
そういうことで仲良くなるものじゃないの?
唐辛子を目に入れて腕を動かなくして
服も肌も引き裂いたくせに薬を渡して
最後は握手する
こんな友達の作り方は絶対に間違ってる
だけど二人は心から楽しそうに笑い合っていた
どうやら日向と千鶴は本当に気が合うらしい
認めたくないけど
ものすごく物騒な意味で
その時、日向がにこにこした笑顔を私へ向けた
「次は~」
「私と美緒の番だね~」
「……え?」
私は千鶴の引き裂かれた忍び装束を見る
裂けた布の隙間から白いガーゼが覗いていた
千鶴も私を見て微笑む
「その次は」
「私と再戦しましょう」
「え?」
「あの時は十分な準備ができていませんでしたから」
千鶴の笑顔が少しだけ深くなる
「次はもっと美緒を楽しませて差し上げます」
「ええ!?」
私は日向の真っ赤になった左目を見る
まだほとんど動かない左腕を見る
次は私の番?
明日は……我が身
しかもこいつら
技を教え合うとか言っていた
次に戦わされた時には
今よりさらに強くなっている
「わ、私……」
二人が私を見る
「引退します……」
「え~?」
「普通の女の子に戻ります!」
「またまた~」
「ほんとは好きなくせに~」
日向が笑う
千鶴も嬉しそうに微笑んだ
「私たち」
「仲良し三人組になれそうですね」
「あなたたちの修羅の道に」
「私を巻き込まないで!」
日向と千鶴の声が重なった
「好きなくせに~」
「好きなくせに」
「とりあえず」
「一番心配してた事態にはならなかった」
お父さんが日向のところへ行く
左腕を取り
関節の動きや指先の反応を確かめていく
「骨や関節はやってねえな」
「本当?」
「ああ」
「神経を押さえられて」
「力が入らなくなってるだけだ」
お父さんが日向の顔を見る
「それより……」
「まず目を洗え」
今度は千鶴のところへ行く
裂けた忍び装束から覗く
肩から脇腹まで赤く引き裂かれた肌を見る
「こっちも筋肉にまでは達してねえ」
お父さんが千鶴の傷を見る
「傷は浅いが皮膚が裂けてる」
「広く打撲も受けてるな」
「すぐに洗って消毒する」
それからお父さんが私を見る
「美緒」
「なに?」
「道場の救急箱に」
「洗眼用の生理食塩水がある」
お父さんが日向へ目を向けた
「それを使って」
「そいつの目を洗ってやれ」
「分かった!」
「俺は千鶴の傷を見る」
私は道場へ走って救急箱を開ける
中から取り出したのは目を洗うための大きなボトル
滅菌された生理食塩水
それを持って庭へ戻った
日向を縁側へ座らせる
「日向」
「左目を開けて」
「わかった~」
日向が左目を開こうとする
だけどすぐに顔をしかめた
「うえ~」
「開けられない~」
「我慢してね」
私はまぶたに指を添えて
日向の左目を少しだけ開かせた
そこへゆっくりと洗浄液を流す
「私~」
「辛いもの苦手って言ったのに~」
「食べたわけじゃないでしょ」
「目で食べたみたいなものだよ~」
「そんな食べ方ないから!」
真っ赤になった左目を洗浄液で洗い流す
しばらく洗い続けると
少しずつ日向自身で目を開けられるようになってきた
「どう?」
「まだ痛いけど~」
日向が何度か瞬きをする
「美緒の顔は見えるよ~」
「それなら一安心だね」
「このあと」
「ちゃんと病院で診てもらおう」
「え~」
「左腕は?」
日向が左手の指を動かそうとする
さっきまでまったく動かなかった指が
ほんの少しだけ震えた
「あ~」
「ちょっと動いた~」
「よかった」
「千鶴の言った通りだね」
日向はどこか楽しそうに笑っていた
どうして目をやられて
腕を動かなくされて
そんな顔ができるのよ
その隣ではお父さんが千鶴の手当てをしていた
破れた忍び装束をずらし傷口を洗う
皮膚が裂けた部分を消毒して白いガーゼを当てる
千鶴がわずかに顔をしかめた
「染みるか?」
「少しだけです」
「我慢しろ」
「はい」
肩口から脇腹にかけて赤い腫れが広がっている
ガーゼで覆われているのは
皮膚が裂けた部分だけ
その周りは打撃を受けた形に赤黒く変わり始めていた
それを見た日向が何かを思い出したように声を上げる
「あ」
「美緒~」
「なに?」
「私の鞄を取ってきて~」
「どうして?」
「お薬が入ってるから~」
私は日向の鞄を持ってきた
日向が動く右手で鞄の中を探る
そして小さな薬の容器を取り出した
「千鶴~」
「なんです?」
「これ使って~」
千鶴が差し出された薬を見る
「これは?」
「私の打撃でできる」
「腫れと痛みによく効く薬だよ~」
「自分の技に効く薬を持ち歩いているんですか?」
日向が笑う
「稽古だと私も同じ技を受けてたから~」
「なんとなく~」
「日向も?」
「うん~」
日向が薬の容器を千鶴へ渡す
「これを塗ると~」
「すぐに楽になるよ~」
千鶴が受け取った薬を見る
「それでは」
「ありがたく使わせていただきます」
千鶴が赤く腫れた部分へ
薬を塗っていく
「どう~?」
千鶴が肩を少しだけ動かした
「っ……」
まだかなり痛そう
それでも先ほどよりは顔の歪みが小さかった
「確かに」
千鶴が自分の肩を見る
「痛みが和らいだ気がします」
「でしょ~?」
日向が得意そうに笑った
「よく効くんだ~」
「治りも早くなるし跡も残らないよ~」
「ありがとうございます」
「怪我させた本人にお礼って……」
「どういう状況なのよ」
お父さんが二人の状態を改めて確認して小さく息を吐いた
「とりあえず大事はなさそうだな」
そして二人の前へ立った
「勝負は引き分けだ」
「え~」
日向が不満そうな声を出して千鶴の肩を見る
「私の方が~」
「大きな怪我させてるよ~?」
千鶴も不満そうに声を上げた
「私は左目を潰して」
「左腕も無力化しました」
「あのまま続ければ私が勝ちました」
「違うよ~」
「私がもう少し上を狙ってたら~」
右手を自分の首へ当てる
「千鶴」
「気を失ってたと思うよ~?」
千鶴が自分の肩へ目を落とした
少し考えてから静かに頷く
「確かに否定はできませんね」
「唐辛子を使った私は甘かった」
「やっぱり~」
「ちゃんと決着までやる~?」
私は慌てて声を上げた
「絶対だめ!!」
お父さんが二人を見る
「日向は片目と片腕を使えなくされた」
「千鶴はまともに打撃を受けて動きを止められた」
「どっちも相手を倒す前に自分もただじゃ済まねえ」
「互角ってことでいいだろ」
二人がまた顔を見合わせた
そして同時に笑った
なんでそこで笑えるのよ
さっきまで本気で戦っていた二人
今は並んで縁側へ座っている
「千鶴~」
日向が自分の左手を見ながら呼ぶ
「なんです?」
「すごいね~」
「腕がまだうまく動かないよ~」
「こんなの初めて~」
楽しそうに言ってる
本当に楽しそう
千鶴も日向を見る
「日向こそ」
「素手でこの服を引き裂くなんて」
「針金が編み込んであるのに」
あ
昨日、制服に何かしてたのも
そういう仕込みだったのね
千鶴が自分の肩を見下ろす
「その上」
「この傷……」
「人間業ではありません」
「そう~?」
「はい」
「どうやったのですか?」
「知りたい~?」
「少しだけ」
「じゃあ~」
日向が笑う
「今度」
「教えてあげる~」
「本当ですか?」
「その代わり~」
日向が動かない左腕を見る
「この腕を動かなくするやつ~」
「私にも教えて~」
「構いませんよ」
「やった~」
「やったじゃない!」
私は二人の前へ立った
「なんで技を教え合う約束してるの!?」
「そんな極悪技の技術交流をしないで!」
日向が不思議そうに私を見る
「だって~」
「もっと強くなれるよ~?」
千鶴も静かに頷く
「私も日向の技には興味があります」
「駄目!」
「なぜです?」
私は二人を指さした
「次に戦った時!」
「もっとひどいことになるから!」
日向と千鶴がまた顔を見合わせる
「美緒って~」
「心配性だよね~」
「そうですね」
「誰のせいよ!?」
日向がまだ動かない左手を見た
それから動く右手を千鶴へ差し出す
「千鶴~」
「なんです?」
「これからよろしくね~」
千鶴が差し出された右手を見て小さく笑う
そして自分の右手を重ねた
「はい」
「こちらこそ」
「よろしくお願いします」
二人が右手で握手する
やっとまともな光景が見られた
そう思った次の瞬間
日向が言った
「またやろうね~」
「もちろんです」
「もう……」
「やるなああああ!!」
庭に私の声が響いた
戦う前より仲良くなっている
友達って一緒にご飯を食べたり遊びに行ったり
そういうことで仲良くなるものじゃないの?
唐辛子を目に入れて腕を動かなくして
服も肌も引き裂いたくせに薬を渡して
最後は握手する
こんな友達の作り方は絶対に間違ってる
だけど二人は心から楽しそうに笑い合っていた
どうやら日向と千鶴は本当に気が合うらしい
認めたくないけど
ものすごく物騒な意味で
その時、日向がにこにこした笑顔を私へ向けた
「次は~」
「私と美緒の番だね~」
「……え?」
私は千鶴の引き裂かれた忍び装束を見る
裂けた布の隙間から白いガーゼが覗いていた
千鶴も私を見て微笑む
「その次は」
「私と再戦しましょう」
「え?」
「あの時は十分な準備ができていませんでしたから」
千鶴の笑顔が少しだけ深くなる
「次はもっと美緒を楽しませて差し上げます」
「ええ!?」
私は日向の真っ赤になった左目を見る
まだほとんど動かない左腕を見る
次は私の番?
明日は……我が身
しかもこいつら
技を教え合うとか言っていた
次に戦わされた時には
今よりさらに強くなっている
「わ、私……」
二人が私を見る
「引退します……」
「え~?」
「普通の女の子に戻ります!」
「またまた~」
「ほんとは好きなくせに~」
日向が笑う
千鶴も嬉しそうに微笑んだ
「私たち」
「仲良し三人組になれそうですね」
「あなたたちの修羅の道に」
「私を巻き込まないで!」
日向と千鶴の声が重なった
「好きなくせに~」
「好きなくせに」


