いまさら家に男が一人増えたところで構いません!

九条くんが我が家に降り立ってから

十分後

「弱っ!」

「伊織弱っ!」

九条くんは悔しそうに唇を噛んだ

「もう一回」

その後もあの九条伊織が

私の弟たちと格闘ゲームをしている

しかも延々と負け続けている

「もう一回」

私はキッチンから声をかけた

「九条くん無理しなくていいよ」
「そいつらやり込んでるから」
「負けても仕方ないって」

「これは……」
「そういう問題じゃない」

「じゃあ」
「どういう問題なの?」

「逃げたと思われたくない」

「はあ?」

「もう一回だ」

「よっしゃ!」
「またボコボコにしてやる!」

学校では澄ました顔をしているくせに

子供みたいなところもあるのね

私は大きなボウルに入った鶏肉を持ち上げた

さて

こっちは遊んでいる場合じゃない

弟五人分に九条くんの分も増えた

いつもより少し多めに作らないと

下味をつけておいた鶏肉のボウルに

塩コショウしただけの鶏肉を加えてかき混ぜた

油を温め

次々と鍋へ入れていく

ジュワッと大きな音がした

「うわ」
「いい匂い」

リビングから弟たちの声が聞こえる

「まだだからね!」
「つまみ食いしたら泣かすよ!」

「はーい!」

いつも返事だけはいい

私は次の鶏肉を油へ入れた

そういえば

まだキャベツも切っていない

「湊ー!」

リビングへ声を飛ばす

「キャベツ切るの手伝って!」

「今ゲーム!」

「じゃ、陸!」

「俺もゲーム!」

「悠真!」

「俺、伊織と戦ってる!」

誰一人こっちへ来る気配がない

「もう!」

いつものことだ

うちの弟たちは揃いもそろって戦力にならない

結局は私がやったほうが早い

小さくため息をついて冷蔵庫を開けようとした時だった

「何か手伝おうか?」

「え?」

思わず振り返る

九条くんがキッチンの入り口に立っていた

「今……」
「なんて言ったの?」

「え?」
「何か手伝おうか?って」
「僕にできることなら」

「ありがとおおお!!」
「助かる!」
「ものすごく助かる!!」

九条くんが少し驚いた顔をした

「そんなに?」

「そんなにです!」

私はリビングを指さした

「あれ見て!」

弟たちは誰一人こちらを見ていない

格闘ゲームで盛り上がっている

「我が家には」
「自分から手伝うって言ってくれる人間が」
「存在しないんです!」

「そうなんだ」

「それどころか」
「手伝え!って言っても無視するのよ!」

「そ、それは大変だね」

「だから九条くん」
「あなたは貴重な人材です!」
「あんたは偉い!」
「花丸3個あげてもいいわ」

「それは光栄だね」

私は冷蔵庫からキャベツを取り出した

「それじゃキャベツを千切りにしてくれる?」
「そこのスライサーを使えば簡単だから」

九条くんは私が指さしたスライサーを手に取った

少しだけ眺める

「これで?」

「うん」
「そこのボウルの上に乗せて切ってね」
「切ったら水入れて浸しといて」

「分かった」

「あと手洗って」

「はい」

素直だ

うちの弟たちにも見習って欲しい

九条くんはきちんと手を洗ってキャベツを手に取った

そしてスライサーをボウルの上に置く

しかしそのまま動かない

「どうしたの?」

「これは」
「どう使うんだい?」

「使ったことないの?」

「うん」
「こういうのは」
「できないかもしれない」

私は九条くんを見る

「じゃあ」
「何ならできるの?」

九条くんは少し考えた

「乗馬とか剣術?」

「この家には一切いりません!」

リビングから弟たちの笑い声が飛んできた

「伊織」
「乗馬やんの?」

「馬どこにいんだよ!」
「俺も乗ってみてえ!」

「馬とか王子みたいじゃん!」

「姉ちゃんが王子様拾ってきた!」

「いつ結婚すんの?」

「うるさいわね!」
「黙らないとまとめて泣かすわよ!」

私は九条くんから

キャベツとスライサーを受け取った

「九条くんにもできるよ」
「キャベツを持って」
「こうやって」

シャッ

シャッ

「分かった?」

「分かった」

「指まで切らないでよ」

「善処するよ」

「善処じゃ困る!」

九条くんは教えた通りにキャベツを切り始めた

最初こそ恐る恐るだったけれど

数分後にはかなり手慣れた動きになる

「やっぱり器用ね」
「すぐできたじゃない」

「褒められたと思っておくよ」

「褒めてますからね」

「それは光栄だ」

「それじゃ」
「次はご飯をよそってくれる?」

「ご飯?」

私はじっと九条くんを見る

「それも」
「教えてあげなきゃできない?」

「そ、それくらいはできるよ」
「家庭科の授業でやったことある」

そんなことをしているうちに

最初のから揚げが揚がった

私は大皿に山盛りにする

「できたよー!」

その一言で

弟たちが一斉に食卓へ集まった

「九条くんも」
「そっち座って!」

九条くんが弟たちに少し遅れて席につく

私は大皿を机の真ん中へ置いた

「めしあがれ!」

「いただきます!」

その瞬間

弟たちの箸が一斉に伸びた

「奥義!」
「三個同時取り!」

「ずるい!」

「それ俺の!」

「悠真取りすぎ!」

「早い者勝ちだ!」

あっという間に大皿が空になった

九条くんは箸を持ったまま動いていない

「九条くん」
「どうしたの?」

「僕の分は?」

「今」
「あったでしょ?」

九条くんが空になった大皿を見る

「いや」
「料理が置かれたのは見たけど」
「各々の皿に取り分けられるものかと」

「そんなシステム」
「うちにはありません」

「そうなのかい?」

「うちは」
「弱肉強食です」

「食事で?」

「食事だからです」

九条くんが空になった大皿を見つめる

その横で

「おねえ」

晴が私を見上げた

「ぼくのは?」

その横には奏太もいた

「ぼくのも」

「二人の分は」
「ちゃんと分けてあるからね」

私は最初から取り分けておいた小皿を

晴と奏太の前へ置いた

小さく切ったから揚げと

キャベツ

「はい」
「熱いから」
「ゆっくり食べるんだよ」

「ありがと」
「ありがと」

二人が嬉しそうに箸を持つ

九条くんがその様子を見ていた

「高梨さん」

そう呼んだ

私が反応する

「なに?」

湊が振り返る

「ん?」

陸も見た

「俺?」

悠真まで

「呼んだ?」

奏太も口いっぱいにから揚げを頬張ったまま顔を上げた

九条くんは弟たちを順番に見た

「なるほど」

「なに?」

「高梨さんと呼ぶと」
「全員反応するんだね」

「そりゃそうでしょ」
「みんな高梨なんだから」

「確かに」

九条くんは私を見る

「じゃあ」
「下の名前で呼んでもいいかな?」

「下の名前?」

「美緒さん」

ふいにそう呼ばれて

一瞬、胸が跳ねた

な、なんで私の下の名前を知ってるの?

「よ、呼べばいいじゃん」

「いいのかい?」

「だって高梨さんじゃ」
「誰のこと言ってるのか分からないでしょ」

「それもそうだね」

湊がにやっと笑った

「おお」
「名前呼び」

「なによ」

「なんか彼氏っぽい」
「チューしろよ」

「次のから揚げ」
「湊は一回休憩」
「箸伸ばしたら泣かすからね」

「ええー!」
「そりゃねえよ姉ちゃん!」

ちょうど第二陣のから揚げが揚がった

私はまた大皿に盛る

その瞬間

弟たちの空気が変わった

一斉に箸を持ち直す

九条くんもそれに気づいた

湊だけは箸を置いて腕を組む

私は大皿を持って食卓へ向かった

「次できたよ!」

弟たちが構える

そして九条くんも箸を握り直した

「九条くん」
「いい顔になってきたわね」
「今のあなたなら」
「私が育てた弟たちとも戦えるわ」

「同じ失敗は」
「二度しない主義なんだ」

「から揚げよ!」

私は大皿を構えた

「レディー」

弟たちが身を乗り出す

九条くんも目を細めた

「ファイト!」

飢えた男たちの中心に大皿を置く

一斉に箸が伸びた

「それ俺の!」

「伊織が取った!」

「伊織はえええ!」

「早い者勝ちなんだろう」

九条くんの箸にはから揚げが一個

そして

皿の上にはさらに六個のから揚げが乗っていた

湊がいないとはいえ

強い

一回で完全に適応している

「美緒さん!」
「見てよ!」

九条くんは勝ち取ったから揚げを私に見せて

満足そうに笑った

学校では雲の上のお人だった

そんな九条伊織が

今は弟たちと本気でから揚げを奪い合って

その成果を私に自慢している

なんだか

思っていた人とは

ずいぶん違うみたいだ