いまさら家に男が一人増えたところで構いません!

その日の夜

私が天気予報を確認すると

明日は快晴の予報だった

朝一番で洗濯物を干せるように

今のうちに洗濯物を集めておく

我が家の男たちは脱いだ服を洗濯場にあるカゴに入れる

それがルールだ

千鶴の洗濯物はその籠に入れないように頼んであった

女の子の洗濯物が男たちの目に触れないようにとの配慮もあるが

真の理由は別にあった

私は千鶴の部屋の扉をノックする

「はーい」

返事を聞いてから千鶴の部屋の扉を開けた

「千鶴」
「洗濯物あったらちょうだい」

「え、洗濯をなさるのですか?」

千鶴に目を向けると真新しい制服の裏側に何かを縫い込んでいた

その横には丸められた細い針金が置いてある

なにをやってるんだろう……

「私も洗濯のお手伝いをしたいのですが」
「新しい学校に行くための支度がありまして」

「あ、いいよ」
「私がやっとくから」

ふと見ると扉の横の小さな籠に洗濯物がまとめてあった

それを拾い上げる

「これでしょ?」

「はい」

「じゃ、やっとくね~」

「ありがとうございます」
「次は必ずお手伝いしますね」

千鶴は明日から私たちと同じ学校へ通うらしい

その準備なのだろう

普通の女の子の準備とはかけ離れているが

相手は千鶴だ

いまさら驚く気にもなれなかった

「よいしょっと」

脱衣所に置かれた大きな洗濯籠

まずは私の服と千鶴の服

それからお父さん、湊、陸、悠真、奏太、晴の服

次々と洗濯機へ放り込んでいく

我が家はとにかく洗濯物が多い

普段着だけじゃない

五人分の道着まである

一日でもさぼると洗濯物がすぐに富士山みたいな山になる

だからできる時にやる

それが一番

私は湊の洗濯物を掴んだ

その時

「ん?」

手が止まった

一枚だけ下着が妙にくしゃっとしている

というか……自分で洗った?

なんで?

私は少しだけ顔を近づける

「あれ?」

わずかだけど妙な匂いがする

私は昔から鼻がいい

自分でも良すぎると思うくらいに

弟の誰かが

いつもと違うことをして帰ってくれば

だいたい匂いで分かる

どこかで焚き火なんかして帰ってきたら

玄関に入った瞬間に分かるし

こっそりいたずらをしても

変な匂いがついていれば

すぐに分かる

五人の弟を管理する上で

私の鼻の良さは役に立つ特技だった

だから気づいていた

最近になって湊の洗濯物から

今までしなかった匂いがすることに

前にも何度か湊の洗濯物からした匂い

似た匂いに覚えがある

おじいちゃんちにある大きな木

初夏になると咲く花がこんな匂いだった

「またこの匂い……」

なんなのかしら

最近たまにするようになった

しかも一回自分で洗ったみたいになってるし

昔からなんでもポケットに突っ込む子だったから

変なものでも入れたまま汚しちゃって

慌てて水で流したのかしら

私は湊の洗濯物を洗濯機へ放り込んだ

「まったくもう」

あとで注意しとかなきゃ

私はどんどん洗濯物を入れていく

そこで気づいて手が止まった

「あれ?」

もう一度、洗濯籠を見る

「伊織くんのがない」

私は洗面所と脱衣所を探す

やっぱりない

「もう」
「どこにやったのよ」
「洗濯物は籠に入れておいてもらわないと」

この家で、そんなことをされては困るわ

私は廊下へ出た

その途中

リビングにいた晴を見つけた

「晴ー」

「なにー?」

「ちょっと来て」

「うん」

晴がてくてく歩いてくる

私はそのまま晴を抱き上げた

「よいしょ」

「どこいくの?」

「伊織くんの部屋」

「ぼくも?」

「晴もついてきてね」

晴を連れて行くのは理由がある

伊織くんがうちに住むことになった日

お父さんが妙に真剣な顔で一つだけ私に約束させた

『美緒』
『お前一人で伊織の部屋には行くな』

最初は意味が分からなかった

なんで? と聞いたら

『念のためだ』

の一点張り

あんな父親でも娘のことは心配だったらしい

伊織くんが私に変なことをするわけないのに

でも、お父さんがそう決めたなら

それが我が家のルール

だから晴を連れていく

これなら一人じゃない

伊織くんの部屋の前についた

ノックするとすぐに扉が開いた

「美緒さん?」

伊織くんが少し驚いた顔をする

部屋の中を見ると

机の上には教科書にノートとシャープペン

「お勉強してたの?」

「うん」

「ごめんね」
「邪魔しちゃって」

伊織くんが笑う

「いいよ」
「気にしないで」
「どうしたの?」

「洗濯物はどこ?」

「え?」

「伊織くんのだけなかったから」

私は空いている方の手を出す

「取りに来たの」
「渡しなさい」

「え」

伊織くんが固まった

「いや」
「僕の分くらいは自分で洗うよ」

「なに言ってるの」
「この家の洗濯は私がやってるんだから」

「でも」

「今さら一人分増えたところで大して変わらないって」
「それに勝手に洗濯されても困るわ」
「洗濯場は私のテリトリーです」
「勝手なことはしないでください」

こういうことは最初が肝心だ

弟たちが汗びっしょりの服を

その辺に放りっぱなしにして

あとでカビが生えた状態で発見されたことがある

それ以来

洗濯物は必ず脱衣所の洗濯籠へ

入れない奴は泣かす

それが我が家のルールだ

伊織くんにも最初に覚えてもらわないと

「次からは」
「ちゃんと脱衣所の籠に出してね」

「いや」
「美緒さん」

「ほら」
「早く渡して」

伊織くんが困ったような顔をした

「その……」

「なに?」

「いや……」

伊織くんが部屋の隅へ行く

そこには小さな洗濯籠が置いてあった

「ちゃんとまとめてあるじゃん」

「いや」

伊織くんが慌てて洗濯籠の中を探り始める

「ちょっと待って」

「なにしてるの?」

「少しだけ分けるから」

「なんで?」
「それ全部洗濯物でしょ?」

「そうなんだけど」
「ちょっと――」

私は晴を床へ下ろした

「晴」
「ちょっと待っててね」

「うん」

そして伊織くんの部屋に入って

なにやら探している伊織くんの横から

洗濯籠をひょいっと持ち上げた

「あ!」

「はい回収!」

「美緒さん!」

「なに?」

「いや」
「それは……」

伊織くんが珍しく慌てている

なんなのよ洗濯物くらいで

「あとで飲み物持ってくるね」

私は洗濯籠を片手に持って晴の手を握る

「お勉強頑張って」

「いや」
「そうじゃなくて」

「お邪魔しました~」

「美緒さん!」

扉を閉める

私は洗濯籠を抱えたまま首を傾げた

なんか妙に焦ってたな

「なんなのかしら」

晴も私を見上げる

「いおり兄ちゃん」
「へんなの?」

「うん」
「今日はちょっと変だったね」

私は伊織くんの洗濯物に目を落とした

ああ……

下着を見られるのが恥ずかしいとか?

お父さんや弟たちので慣れてるから

気にしなくていいのに

私はそのまま脱衣所へ戻って

伊織くんの洗濯籠を置く

さてこれで全部ね

私は伊織くんの洗濯物を取り出していく

シャツ、靴下、ズボン、部屋着

一つずつ洗濯機へ

その時

「う……」

手が止まった

なんか、ふわっと香ってくる

伊織くんってやっぱり

いい匂いがするのよね……

ひょっとして香水とかつけてる?

私は手に持っていたシャツを見る

なんとなく鼻を近づけそうになって

止まった

待て!

それは駄目よ!

人の洗濯物の匂いを嗅ぐとか!

多分、なにかの犯罪だわ!

振り払うようにシャツを洗濯機へ放り込んだ

「危ない危ない」

何が危ないのか自分でもよく分からない

気を取り直して残った洗濯物を次々と洗濯機へ入れていく

その時

「あれ?」

また、別の匂いがした

伊織くんのいつものいい匂いとは違う

少しだけ青臭くて甘いような

あの木の花に似た匂い

私は手を止める

これさっき湊の洗濯物からもした匂い

「伊織くんも?」
「なんで?」

私は洗濯物を見る

湊は十三歳になった

最近背も伸びてきたし

声もちょっと低く変わって体つきも少し男らしくなって

食べる量も増えた

なんとなく前とは違う

そういうことには私も気づいている

少しずつ男の子から男の人に近づいてる

でもお父さんのはシンプルに臭いだけで

この匂いはしない

ということは……

「男の子って成長するとき」
「こういう匂いが出るとか?」

そういうものなのかな?

まあいいか

汚れたものを綺麗にする

洗濯なんてそれだけ

この家にまた男が一人増えただけ

洗濯物が少し増えただけ

そんなものどうってことない

私は洗剤を入れて蓋を閉じる

朝六時に洗濯が終わるように設定する

そして予約ボタンを押した

ピッ

「よし!」

これで明日の朝にすぐ干せる

私は翌朝の六時に起きる

家の中はまだ静かだった

天気予報通り空は綺麗に晴れている

洗濯機が終了を知らせる音を鳴らした

私は洗濯物を洗濯籠に移して抱え

庭へ出た

「気持ちいいー!」

庭で大きく伸びをする

朝の空気

青い空

絶好の洗濯日和

洗濯籠を物干し台の前へ置く

カチャ

すると伊織くんが家から出てきた

「美緒さん」
「おはよう」

「おはよー」
「朝早いんだね」

「うん、目が覚めちゃって」
「干すのを手伝ってもいい?」

「手伝ってくれるの?」

「うん」

「やった!」
「ありがとうー!」
「一人だと結構大変なのよ」

二人で洗濯物を干していく

「伊織くんタオルからお願いしてもいい?」

「分かった」

そう伊織くんにお願いして

洗濯籠から

私と千鶴の下着を入れた洗濯ネットを抜き取った

配慮が必要というのもあるが

元々これだけは私の部屋に干すつもりだった

思い起こせば二年前

いつも通りキッチンへ行こうと

リビングを通りかかると

陸が私のパンツを頭にかぶって

ヒーローっぽいポーズをとっていた

その姿を見て

湊が指をさして大笑いしている

想像もしなかった光景に

私はしばらく呆然とした

そして

後に弟たちから鬼モードと呼ばれる状態になり

きっちりと念入りに恐怖を叩き込んでやった

冷静を取り戻してから話を聞くと

どうやらお父さんと一緒に行く床屋で

女性下着を頭にかぶるヒーローの漫画を読んで

それを真似していたらしい

それ以来

自分の下着は必ず私の部屋に干している

千鶴の洗濯物を別にしているのも同じ理由だ

伊織くんといえども男

なにか起こってからでは力で解決するしかなくなる

特に千鶴の下着には気を付けねば

私たちはもくもくと洗濯物を干していく

伊織くんはどこで覚えたのか

きちんと振ってから干してくれていた

「やっぱり」
「二人だと早いね」

「そうだね」

洗ったばかりの服が朝の風に揺れる

なんか

いいな

こういうの

伊織くんが干された自分のパンツを見た

綺麗に洗われたそれをじっと見ている

「ん?」
「どうしたの?」

「いや」

伊織くんがなんとも言えない顔をする

「美緒さん」
「ありがとう」

「洗濯?」

「うん」

私は笑う

「こちらこそ」
「手伝ってくれてありがとう」
「すっごく助かってる」

「うん……」

伊織くんはもう一度自分のパンツを見る

なんだろう少しだけ耳が赤いような気がする

「あの」
「美緒さん」

「ん?」

「なんか」
「ごめん」

「え?」

私は首を傾げる

「なんで謝るの?」
「いや……」

伊織くんが少しだけ視線を逸らした

「なんでもない」

「変なの」

伊織くんが小さく笑った

朝の風に並んだ服が揺れている

私は隣にいる伊織くんを見た

洗濯物が一人分増えただけ

そのはずだった

それなのに

なんでこんなに楽しいんだろう

男一人くらい増えたところで

どうってことない

はずなのに……