僕は横を歩く美緒を横目で見る
僕の腕の中には奏太くん
美緒の腕の中には晴くん
手を伸ばせば届く場所に君がいる
話しかければ反応してくれる
君とこんな時間を過ごせるまで長かった
本当に長かった
そう……
ずっと
ずっと昔
僕がまだ
奏太くんくらいに小さかった頃
母は僕を色々な場所へ連れていってくれた
遊園地や動物園
そして
普通の公園にも
あの日も母と二人でこの公園へ来ていた
遊具で遊んで
走り回って
ほんの少し母から離れただけだった
振り返ると母がいない
「ママ?」
辺りを見る
いない
少し歩く
「ママ?」
返事がない
怖くなった
どこへ行けばいいのかも分からなくなった
僕は公園の端でうずくまった
「ママ……」
涙が出た
止めようとしても止まらなかった
その時
「どうしたの?」
声を掛けられた
顔を上げると女の子がいた
背中には小さな男の子を背負っている
「なんで泣いてるの?」
僕は答えられなかった
ただ泣いていた
女の子が僕の前にしゃがんだ
「泣いてたら分からないよ」
「誰と来たの?」
答えられない
涙ばかり出てくる
「よしよし」
頭を撫でられた
「泣き止みなさい」
温かい手だった
それでも僕は泣き続けた
女の子が困った顔をした
しばらく僕を見てから
突然立ち上がった
そして僕の顔を両手で挟んだ
ぐいっ!
「え?」
無理やり顔を上げさせられる
「男だろ!」
「弱くてもいいのか!?」
「え?」
「かっこ悪いぞ!」
「それでもいいのか!」
「え?」
突然何を言われているのか分からなかった
女の子が僕の顔を挟んだまま言う
「私のお父さんがいつも言ってる」
「あなたも男の子でしょ」
「かっこよくないとモテないよ」
「モテ……ない?」
「そう」
「モテないよ」
モテない
それはなんだか
すごく困ることのような気がした
「だから」
「泣くのはやめなさい」
「う、うん……」
袖で涙を拭いた
「よし!」
女の子が満足そうに頷いた
それから
もう一度しゃがむ
「それで?」
「誰と来たの?」
今度はちゃんと答えられた
「ママと……」
「そっか」
女の子が立ち上がる
そして僕へ手を差し出した
「それじゃ」
「一緒に探そうよ」
差し出された手を見る
小さな手だ
でも
すごく頼もしく見えた
「うん……」
握ったその手はとても温かかった
背中の男の子をあやしながら
女の子は僕の手を引いて歩いてくれた
そして母はすぐに見つかった
「伊織!」
「ママ!」
僕は女の子の手を離した
母のところへ走る
でも途中で足を止めて振り返る
女の子はまだそこにいた
「ねえ!」
「なに?」
「君」
「名前は?」
女の子が笑った
「美緒だよ」
「美緒……」
その名前を忘れないように
頭の中で繰り返した
「そっか」
「僕は伊織」
「またね!」
「うん!」
美緒が手を振る
僕も大きく手を振った
あの日初めて君に会った
それから僕は何度もこの公園へ来た
また美緒に会えるかもしれない
そう思って
そして何度か見つけた
君はいつも誰かの世話をしていた
小さな弟を抱いて
別の弟の手を引いて
転んだ子を起こして
走っていった子を追いかけて
いつだって忙しそうだった
何度も声を掛けようとした
でも僕が一歩踏み出すより先に
「あっ!」
君が走り出す
「こらー!」
「そっち行かない!」
弟を追いかけて遠くへ行ってしまう
次こそ
そう思った
でも次も
その次も
うまくいかなかった
それでも僕はこの公園へ来た
いつかは話しかけられるかもしれないから
君に声を掛けられないまま年月は流れ
僕は高校生になった
高校に入学して
まだそれほど経っていない頃
廊下の向こうに
見覚えのある横顔を見つけた
一瞬で分かった
美緒だ
制服姿で印象は違ったが
僕にはすぐに分かった
同じ学校……
胸が一気に高鳴った
美緒もここにいる
それから君が
僕の隣のクラスにいることも知った
廊下で見かけることもあった
友達と話している君
教室から急いで出ていく君
やっぱり君は
なんだかいつも忙しそうだった
話しかけようと思った
今なら普通に声を掛けられる
そう思った
でもいざ君を目の前にすると
声が出なかった
僕はもう
あの時
公園で泣いていた子供とは違う
強くなった
そう思っていたのに
君の前では全然駄目だった
結局……
僕はまた見ているだけだった
だから決めた
もう一度
あの頃と同じように迷子になろう
この公園で
君に見つけてもらおう
そうすれば
今度こそ君と話せるかもしれない
僕は君に嘘をつくことにした
本当の僕は父の結婚などに興味はない
母を軽んじてきたあの男には情すらない
僕はあの公園に来てテントを張った
君が僕に気づいてくれるまで
ここにいるつもりだった
そしてあの日
君が目の前を通り過ぎようとした
その姿を見た瞬間
気づけば僕の方から
声を掛けていた
「あ……高梨さん?」
結局
待つことなんてできなかった
それでも
やっと君は僕を見つけてくれた
君は昔この公園で
泣いていた男の子のことなんて
少しも覚えていないと思う
でも僕はずっと覚えていた
美緒
君の名前も
君の手の温かさも
あの時言われたことも
今でも鮮明に覚えている
もう少し普通に話してくれると思っていたが
すぐに目を逸らされて歩いて行ってしまった
僕が追いかけると
君は弟二人を抱えて逃げだした
やっと得た念願の機会を逃すわけにはいかない
だからあの日
君を追いかけた
君にとっては
なにも特別なことではなかったかもしれない
でも僕にとっては
あの日からの全てが
ずっと求め続けていた特別だった
君はまだ知らない
僕がどれだけ君を求めているのか
他の全てを捨ててでも
君を捕まえたいと思っていることを
まだ……隠さなきゃ
君を困らせたくないから
君を怖がらせたくないから
僕は君に
どうしてもモテたいから
あの日
強くなると決めた
そのためなら何でもやった
何だって……
誰にも文句を言わせないようにした
そして……
父親に後継者と認めさせた
僕は自分を偽っている
あの頃の僕ならきっとこうなる
きっとこうする
きっとこう言う
そう考えて君と接している
君を騙してでも
僕は君のそばにいたかったから
いや
これも僕なんだ
君のそばにいるうちに
きっと本当の僕になる
だからこのまま
ずっと君のそばにいられる
全ては君とこうして歩くため
僕の夢は叶ったんだ
だからきっと
この先も
叶うんだ
僕の腕の中には奏太くん
美緒の腕の中には晴くん
手を伸ばせば届く場所に君がいる
話しかければ反応してくれる
君とこんな時間を過ごせるまで長かった
本当に長かった
そう……
ずっと
ずっと昔
僕がまだ
奏太くんくらいに小さかった頃
母は僕を色々な場所へ連れていってくれた
遊園地や動物園
そして
普通の公園にも
あの日も母と二人でこの公園へ来ていた
遊具で遊んで
走り回って
ほんの少し母から離れただけだった
振り返ると母がいない
「ママ?」
辺りを見る
いない
少し歩く
「ママ?」
返事がない
怖くなった
どこへ行けばいいのかも分からなくなった
僕は公園の端でうずくまった
「ママ……」
涙が出た
止めようとしても止まらなかった
その時
「どうしたの?」
声を掛けられた
顔を上げると女の子がいた
背中には小さな男の子を背負っている
「なんで泣いてるの?」
僕は答えられなかった
ただ泣いていた
女の子が僕の前にしゃがんだ
「泣いてたら分からないよ」
「誰と来たの?」
答えられない
涙ばかり出てくる
「よしよし」
頭を撫でられた
「泣き止みなさい」
温かい手だった
それでも僕は泣き続けた
女の子が困った顔をした
しばらく僕を見てから
突然立ち上がった
そして僕の顔を両手で挟んだ
ぐいっ!
「え?」
無理やり顔を上げさせられる
「男だろ!」
「弱くてもいいのか!?」
「え?」
「かっこ悪いぞ!」
「それでもいいのか!」
「え?」
突然何を言われているのか分からなかった
女の子が僕の顔を挟んだまま言う
「私のお父さんがいつも言ってる」
「あなたも男の子でしょ」
「かっこよくないとモテないよ」
「モテ……ない?」
「そう」
「モテないよ」
モテない
それはなんだか
すごく困ることのような気がした
「だから」
「泣くのはやめなさい」
「う、うん……」
袖で涙を拭いた
「よし!」
女の子が満足そうに頷いた
それから
もう一度しゃがむ
「それで?」
「誰と来たの?」
今度はちゃんと答えられた
「ママと……」
「そっか」
女の子が立ち上がる
そして僕へ手を差し出した
「それじゃ」
「一緒に探そうよ」
差し出された手を見る
小さな手だ
でも
すごく頼もしく見えた
「うん……」
握ったその手はとても温かかった
背中の男の子をあやしながら
女の子は僕の手を引いて歩いてくれた
そして母はすぐに見つかった
「伊織!」
「ママ!」
僕は女の子の手を離した
母のところへ走る
でも途中で足を止めて振り返る
女の子はまだそこにいた
「ねえ!」
「なに?」
「君」
「名前は?」
女の子が笑った
「美緒だよ」
「美緒……」
その名前を忘れないように
頭の中で繰り返した
「そっか」
「僕は伊織」
「またね!」
「うん!」
美緒が手を振る
僕も大きく手を振った
あの日初めて君に会った
それから僕は何度もこの公園へ来た
また美緒に会えるかもしれない
そう思って
そして何度か見つけた
君はいつも誰かの世話をしていた
小さな弟を抱いて
別の弟の手を引いて
転んだ子を起こして
走っていった子を追いかけて
いつだって忙しそうだった
何度も声を掛けようとした
でも僕が一歩踏み出すより先に
「あっ!」
君が走り出す
「こらー!」
「そっち行かない!」
弟を追いかけて遠くへ行ってしまう
次こそ
そう思った
でも次も
その次も
うまくいかなかった
それでも僕はこの公園へ来た
いつかは話しかけられるかもしれないから
君に声を掛けられないまま年月は流れ
僕は高校生になった
高校に入学して
まだそれほど経っていない頃
廊下の向こうに
見覚えのある横顔を見つけた
一瞬で分かった
美緒だ
制服姿で印象は違ったが
僕にはすぐに分かった
同じ学校……
胸が一気に高鳴った
美緒もここにいる
それから君が
僕の隣のクラスにいることも知った
廊下で見かけることもあった
友達と話している君
教室から急いで出ていく君
やっぱり君は
なんだかいつも忙しそうだった
話しかけようと思った
今なら普通に声を掛けられる
そう思った
でもいざ君を目の前にすると
声が出なかった
僕はもう
あの時
公園で泣いていた子供とは違う
強くなった
そう思っていたのに
君の前では全然駄目だった
結局……
僕はまた見ているだけだった
だから決めた
もう一度
あの頃と同じように迷子になろう
この公園で
君に見つけてもらおう
そうすれば
今度こそ君と話せるかもしれない
僕は君に嘘をつくことにした
本当の僕は父の結婚などに興味はない
母を軽んじてきたあの男には情すらない
僕はあの公園に来てテントを張った
君が僕に気づいてくれるまで
ここにいるつもりだった
そしてあの日
君が目の前を通り過ぎようとした
その姿を見た瞬間
気づけば僕の方から
声を掛けていた
「あ……高梨さん?」
結局
待つことなんてできなかった
それでも
やっと君は僕を見つけてくれた
君は昔この公園で
泣いていた男の子のことなんて
少しも覚えていないと思う
でも僕はずっと覚えていた
美緒
君の名前も
君の手の温かさも
あの時言われたことも
今でも鮮明に覚えている
もう少し普通に話してくれると思っていたが
すぐに目を逸らされて歩いて行ってしまった
僕が追いかけると
君は弟二人を抱えて逃げだした
やっと得た念願の機会を逃すわけにはいかない
だからあの日
君を追いかけた
君にとっては
なにも特別なことではなかったかもしれない
でも僕にとっては
あの日からの全てが
ずっと求め続けていた特別だった
君はまだ知らない
僕がどれだけ君を求めているのか
他の全てを捨ててでも
君を捕まえたいと思っていることを
まだ……隠さなきゃ
君を困らせたくないから
君を怖がらせたくないから
僕は君に
どうしてもモテたいから
あの日
強くなると決めた
そのためなら何でもやった
何だって……
誰にも文句を言わせないようにした
そして……
父親に後継者と認めさせた
僕は自分を偽っている
あの頃の僕ならきっとこうなる
きっとこうする
きっとこう言う
そう考えて君と接している
君を騙してでも
僕は君のそばにいたかったから
いや
これも僕なんだ
君のそばにいるうちに
きっと本当の僕になる
だからこのまま
ずっと君のそばにいられる
全ては君とこうして歩くため
僕の夢は叶ったんだ
だからきっと
この先も
叶うんだ


