いまさら家に男が一人増えたところで構いません!

私たち四人で少し間を空けて輪を作った

ふわりとボールを投げてパスを回した

奏太から晴へ

晴から伊織くんへ

そして私へ

ぽーん

「はい」

受け取ってまた奏太へ

「奏太」

「はーい!」

ぽーん

ゆっくりボールが四人の間を回っていく

平和だ、実に平和

こういうのでいいのよ

なんかいい感じ

慌ただしい日常からの解放

癒される~

そして伊織くんから私へボールが飛んできた

と思ったら少し右にボールが来た

「わっ!」

慌てて手を伸ばしてなんとかボールを取った

「もう」
「ちゃんと投げてよ」

「ごめんごめん」

伊織くんが嬉しそうに笑う

またボールが一周する

伊織くんからまた私へ

今度はボールが左にそれた

「ちょっ!」

慌てて飛びついてなんとか取る

「伊織くん」

「なに?」

「ちゃんと投げて」
「わざとやってない?」

「ごめんごめん」
「ちゃんと投げてるよ」

伊織くんは笑っている

「もう」

また一周して伊織くんがボールを持つ

嫌な予感がした

「美緒さん」
「上」

「なに?」

伊織くんが投げたボールは今度は私の頭の上へ

「わあっ!」

私はジャンプして両手を伸ばしてなんとか取った

「ちょっと」
「また」

見ると伊織くんがまた笑っていた

「慌ててる美緒さん」
「もっと見たいな」

「は?」

ちょっと待て

やっぱり……

「わざとか!?」

「うん」

「うんじゃない!」

こいつ私をもてあそんで楽しんでたな!

なんだろう

今の感じ……

私はこれを……知っている

「じゃあ……」

私はボールを持つ

「今度は順番を逆回りにしようか」

「え?」

「次は伊織くんね」

「うん」

「いくよー」

軽く投げるふりをして

最後に少しだけ横へずらした

「あっ」

伊織くんが笑いながら手を伸ばすが届かない

ぽとっ

ボールが地面へ落ちた

「あはは」
「やられたな~」

伊織くんは楽しそうに笑いながらボールを拾いにいく

ヘラヘラしていた

あの顔だ!!!

その瞬間、嫌な記憶が怒涛のごとく脳裏に蘇った

あれは一年前

高梨家を崩壊寸前まで追い込んだあの事件

始まりは湊だった

今みたいに私へ渡す物をわざと少しずらす

私が取ろうとするとまたずらす

そしてヘラヘラと笑う

最初はただのじゃれ合いだと思っていた

だから許してしまった

それが間違いだった

一度許したら何度もやるようになった

そして陸へ伝染

悠真へ奏太へ伝染

最後にはお父さんまでやり始めた

洗濯物一つ素直に回収させてくれない

まるで私を困らせることを競い合うように

それは日に日に悪質化し

最後にはティッシュを一枚取るだけでも

いちいち男どもから奪いとらなければならなくなった

あの時私は学んだ

男という生き物は一度許すと

どんどん調子に乗る

しかも周りへ伝染する

毎日毎日

五人の男にもてあそばれる地獄のような生活

だから私は力ずくでそれを終わらせた

奏太は言えばやめた

悠真は少し強めにこずいてやったらやめた

陸はお腹を押さえて泣く程度に殴ればやめた

湊はしつこかったが

最後は両手掌を腹に叩き込んでやったらやめた

一番てこずったのはお父さん

何度も両手掌を撃ち込んでもヘラヘラするだけでやめなかった

最後はお父さんの頭に

両手掌を三発叩き込んで気絶させてやったらやめた

頭に撃つのが危ないことは分かっていた

でもそれしか方法がなかった

あの戦いによって今の高梨家の秩序は守られている

男は歳を重ねるほどにタチが悪くなる

そう学んだ

そして今……目の前にいる

私の教育を受けていない新たな男

伊織くんは十六歳で湊より年上

つまり

さらにタチが悪いと思った方がいい

これは地獄への入口だ

ここで必ず潰す!

「伊織くんってさ」

「なに?」

「女に負けても悔しくない感じ?」

「え?」

私は首を傾げる

「なんか男の子っぽくないね」
「私が育てた弟なら」
「全力でボールを投げ返してくるわよ」

伊織くんの笑顔が止まった

「……美緒さん」

「なに?」

「今のはちょっと」
「聞き捨てならないな」

お

食いついた

本当は速攻で一撃いれて

二度とやらないようにしつけるのが確実だ

でもさすがに伊織くんを突然殴るわけにはいかない

挑発して勝負に持ち込んで分からせる

「そう?」

「そうだよ」

伊織くんがボールを持つ

「じゃあ」
「ちゃんとやろうか」

「いいねえ」

それからはパス回しではなくなった

「いくよ!」
「美緒さん!」

「こい!」

伊織くんが思い切りボールを投げる

速い!

私は両手で受け止めた

バンッ!!

衝撃が両腕を走る

「ちょっと!」
「強すぎ!」

「男の子っぽくないって」
「言ったのは美緒さんだろ?」

「言ったけど!」

伊織くんがにこっと笑った

「美緒さんは女の子だから」
「謝ってくれたら」
「優しくしてあげるよ」

あ……

やっぱりそうだ……

伊織くんも男なのよ

こいつらは一度でも譲ると調子に乗る

そして周りの男に伝染して

どんどん悪質になるのよ

次にああなったらパンデミックになるわ

また封じ込められるとは限らない

こういうのは始まる前に潰さないと

ここは……絶対に引けないわ!

「伊織くんこそ」

私はボールを右手に持つ

「私で遊んだことを謝りなさい」
「こんなへなちょこボールじゃ」
「私はびくともしないわよ」

「そう」

伊織くんが笑う

「それじゃ」
「もう少しボール遊びが必要だね」

「言ったわね」

一歩足を引いて腰を落とす

「え?」

伊織くんの笑顔が少しだけ消えた

「美緒さん?」

もう知らない

もう遅い

弟たちを育ててきた私は嫌というほど知っている

男に舐められたら……

終わりよ!

私はボールを腰の横へ構える

全部をつなげて一気に力を叩き込む

今日は拳じゃなくて

このボールに!

「いくよ!」

地面を蹴って右腕を前へ叩き出した

全ての力を撃ち込んだ

ボールが一直線に撃ち出される

「うわっ!?」

伊織くんが慌てて両腕を出す

バァン!!

ボールが腕の中へ叩き込まれる

ズザッ!

伊織くんの靴が地面を滑った

「よし!」

どうよ

これならもう私を侮れないでしょ!

伊織くんが腕の中のボールを見る

それから私を見てにこっと笑った

「美緒さん」
「可愛らしい球を投げるね」

「は?」

「やっぱり」
「女の子なんだ」

「なんですって」

今のでまだそんな口を利いてくるのね

いいわ

そこまで言うなら徹底的にやってやる

「もう一回!」

伊織くんが投げる

私は真正面から受け止める

バンッ!!

間髪入れず投げ返す

伊織くんが受ける

バァン!!

すぐにまた返ってくる

バンッ!!

「この!」

返す

バァン!!

バンッ!!

バァン!!

バンッ!!

受けるたびに腕へ衝撃が走る

それでもお互い一歩も引かない

「すごーい!」

奏太が目を輝かせる

「はやーい!」

晴も大喜び

「もっと!」
「もっとやって!」

言われなくてもそのつもりよ!

私が飛んできたボールを受け止める

バンッ!!

「伊織くん!」

「なに?」

「その程度!?」
「湊の方が歯ごたえあるわね」

私は腰を入れて投げ返す

伊織くんが受ける

バァン!!

「言ったね?」

伊織くんが笑った

今度はすぐに投げ返してこない

「ん?」

ボールを左の脇へ持っていく

右足を前に出して腰がすっと落ちた

右手がボールへ添えられる

「え?」

知らない構え

伊織くんの笑顔が消えた

ぞわっ

背中を嫌なものが走る

なにかは分からないけど

やばい

次の瞬間

伊織くんの腕が消えた

「っ!!」

ボールが一直線に迫る

速い!

それになんなの

この圧!

さっきまでとは比べものにならない

だったら!

私は両足を踏みしめて腰を落とす

両腕を引いて真正面から迎え撃つ

「はあっ!!」

両手掌!!

バァァンッ!!!

ものすごい音が公園中に響いた

ボールが両手の前でぐしゃっと潰れる

そして

パンッ!!

破裂した

「あ……」
「あ……」

私と伊織くんの声が重なった

破れたボールがひらひらと地面へ落ちた

しばらく誰も何も言わなかった

私は恐る恐る奏太を見る

「ごめん……奏太」
「ボール……」
「壊れちゃった……」

奏太が破れたボールを見てから私を見る

にこっと笑った

「いいよ!」
「面白かったから!」

「……そ、そう?」

「うん!」

晴もぴょんぴょん跳ねる

「すごかった!」
「もう一回みたい!」

「もうボールないから!」

伊織くんが横で笑いをこらえている

「伊織くん」

「なに?」

「あとで」
「新しいボール買いに行こう」

「うん」
「分かったよ」

伊織くんが少しだけ笑う

「それから」
「美緒さん」

「なに?」

「怒らせてごめんね」

「なんだか」
「嬉しくなっちゃって」

「伊織くん」
「一緒に暮らすなら約束して欲しいの」

「なに?」

「私がやめてって言ったら」
「ちゃんとやめてくれる?」
「約束できないなら私と立ち合って」

伊織くんは驚いた顔で私を見つめた

そして……

「分かったよ約束する」

「ほんと?」

「僕は美緒さんとは戦えないから」

「そ、そう?」
「素直なのは助かるわ」

「今日は困らせて本当にごめん」

「いいよ」

私もちょっとやりすぎたし

それに……

なんか私も……

楽しかったし

いや

これは言わないほうがいい

もしうちの男どもが真似したら手に負えなくなる

「なんでもない」

「え?」

「なんでもないって」

伊織くんがまた笑った

「喉かわいたー!」

奏太がリュックが置いてあるベンチへ走っていく

晴もそのあとを追いかけた

「ぼくものどかわいたー」

「はいはい」

私もベンチへ向かう

奏太と晴が私の隣へ座った

「はい」
「水分補給」

二人にそれぞれ水筒を渡す

「ありがと!」

「ありがとー!」

それからもう一本の水筒を鞄から取り出す

「はい」
「伊織くんも」

「え?」

伊織くんが水筒を見る

「僕の分もあるの?」

「あるに決まってるでしょ」
「一緒に来るって分かってるんだから」

「ありがとう」

伊織くんが嬉しそうに笑って水筒を受け取った

「そんなことで喜ばないでよ」

「喜んでないよ」

「顔が喜んでるけど」

「そうかな」

そうかな

じゃない!

なんなのその顔

ただ水筒を持ってきただけじゃん

なんでそんな嬉しそうにするのよ

それになんで私まで

ちょっと嬉しくなってるのよ

おかしい

絶対おかしい

「おねえ?」

「な、なに?」

「顔赤いよ」

「あ、暑いのよ!」

「今日はそんなに暑くないよ?」

「運動したから暑くなるの!」

「そういうもの?」

「そういうもの!」

伊織くんが私の隣へ座った

こちらをむいて笑いかけてから

水筒に口をつける

当たり前のように笑いかけないでよ

もう……

「伊織くん疲れた?」

「ちょっとね」

「子供の体力をなめちゃ駄目よ」
「おまけにエネルギー使い果たしたら突然寝るからね」

「どちらかというと」
「美緒さんの相手で疲れたんだけど」

「それはお互い様でしょ」

「ほんとだね」

私は奏太と晴を見る

二人とも水筒の水を飲みながら元気に話していた

「帰り道で二人同時に寝られると」
「本当に大変なんだから」

「その時は」
「僕が一人背負うよ」

「え?」

「二人いるんだから」
「一人ずつでいいだろ?」

「あ」

そっか、今日は伊織くんがいる

「じゃあ」
「お願いしようかな」

「任せて」

伊織くんが嬉しそうに答える

「美緒さんは」
「いつも一人でやってるんだね」

「まあね」

「すごいね」

「そんな大したことじゃないって」

もう慣れた

ずっとやってきたことだから

「でも」

私は水筒に口をつける

「今日は伊織くんがいてくれて」
「だいぶ楽だった」

「ほんと?」

「うん」

「いつも二人ともあっちこっち行くから」
「目が離せないのよ」

伊織くんが嬉しそうに笑った

「僕が役に立ったならよかった」

「でもさ」

「なに?」

「本当にこんなのがご褒美でいいの?」

「もちろん」

即答だった

伊織くんが奏太と晴を見る

「一緒に遊んで」
「疲れて」
「こうやって休んで」

少し笑った

「すごく楽しいよ」

私は伊織くんを見る

ただの公園での日曜日

私にとっては何度も繰り返してきたこと

なのに伊織くんには

こんなに楽しいことなんだ

「そっか」

「うん」

私はちょっとだけ笑った

「じゃあ」
「ご褒美としては成功ってことね」

「大成功だよ」

「そりゃよかった」

奏太が水筒を口から離す

「おねえ!」

「なに?」

「もう一回ボールで遊ぶ!」

「ボールは壊れました」

「滑り台!」

「元気ね……」

晴もぴょんっと立ち上がる

「ぼくも!」

「はいはい」

結局それからも滑り台やブランコで遊んだ

伊織くんは最後まで弟たちに付き合ってくれた

そして、そろそろ帰ろうかという頃

奏太が急に静かになった

「ほらね」

「ほんとだ」

伊織くんが笑う

晴も私の手を握りながら何度もあくびをしている

「晴」
「眠い?」

「ねむくない……」

「その顔で?」

「まだあそぶ……」

眠いくせにまだこんなこと言ってる

よほど楽しかったのかな?

「じゃあ帰ろっか」

私が晴を抱き上げると晴が私の首へ腕を回した

そのまま……

こてん

肩へ頭が乗って一瞬で寝た

隣を見ると伊織くんも奏太を抱き上げていた

「奏太くんも寝ちゃった」

「え?」

見ると奏太は伊織くんの胸へ顔をつけたまま目を閉じている

「ほんとだ」

私は笑った

「だから言ったでしょ」
「突然寝るって」

「本当だったね」

伊織くんも笑う

私は晴を抱いて

伊織くんは奏太を抱いて

並んで公園を出る

しばらく歩いて伊織くんを見た

奏太を落とさないように大事そうに抱えている

「重くない?」

「全然」

「そう?」

「僕は男の子だからね」

あ

これさっきの根に持ってるな

言えばやめてくれるって約束してくれたし

ちょっとくらいなら

調子に乗りそうなことを言っても大丈夫よね

「はいはい」
「伊織くんはかっこいいよー」
「うちの弟になんか負けないって」

伊織くんが私を見る

それから眠っている奏太を見た

「こういうの」

「なに?」

「いいね」

いつもの日曜日

いつもの公園からの帰り道

そこに一人増えただけ

それだけなのにどうしてこんなに

特別だと感じるんだろう

「うん」

自然と笑みが浮かんだ

こういうの……

いいな……