いまさら家に男が一人増えたところで構いません!

そして次の日の朝

食卓には千鶴がいた

昨日あんなことがあったのに

普通にご飯を食べて

奏太と晴を嬉しそうにお世話している

それを見ていたら

昨日のことがずいぶん昔のことみたいに思えた

なんにせよ千鶴が帰ってきた

それでいい

今日は土曜日で学校は午前授業だけ

いつものように弟達を送り出して

朝ごはんを食べて

私は伊織くんと学校へ向かった

昨日の疲れがちょっとだけ体に残っている

「美緒さん」

「なに?」

隣を歩いていた伊織くんが

少し言いにくそうに口を開いた

「昨日の約束のことなんだけど」

「約束?」

「やっぱり……忘れてるんだね」
「そんな気がしていたよ」

「え?」

伊織くんが苦笑する

「ほら」
「僕が手伝ったら」
「ご褒美をくれるって」

「ああーー!」

そうだった

榊家へ行く前にそんな話をした

伊織くんが少し遠慮がちに私を見る

「結局」
「僕は何もできなかったけど」
「あの約束って生きてるのかな?」

「え?」

私は笑った

「伊織くんがいなかったら」
「そもそもお屋敷に入れてもらえなかったじゃん」
「それに……」

昨日ずっと私たちを見守ってくれていた

伊織くんを思い出す

何もしなかったわけじゃない

信じて待っていてくれた

「約束は約束」
「私にできることならいいよ」

「ほんと!?」

急に伊織くんの顔が明るくなる

「それで」
「ご褒美って何?」

「えっと……」

伊織くんが少しだけ言葉に詰まる

「な、なに?」

なんなの……その間

想像しちゃうじゃない

「変なことじゃないでしょうね」

「変なこと?」
「たとえば?」

「いや」
「たとえばとか聞かれても……困るけど」

伊織くんがからかうように笑った

「そんなことは頼まないよ」
「僕はまだ死にたくないから」

「死ぬ!?」
「そんなことってどんなこと!?」

それから少し嬉しそうに言った

「明日は日曜日だから」
「奏太くんと晴くんを」
「午前中に公園へ連れていくんでしょ?」

「うん」
「天気が悪くなければいつも行ってるよ」

「僕も一緒に行きたいんだ」
「それが僕のお願い」

「へ?」
「それだけ?」

「うん」
「それだけだけど」

「なーんだ」

思わず力が抜けた

「てっきり」
「もっとすごいことお願いされるのかと思った」

伊織くんが私を見る

「がっかりさせちゃった?」

「そういうわけじゃないけど」
「それでいいの?」

「いいよ」

「本当に?」

「もちろん」

「そんなの」
「普通に一緒に来ればいいじゃん」
「奏太と晴も」
「遊び相手が増えた方が喜ぶし」

「ほんと!?」
「それは嬉しいな」

伊織くんがすごく嬉しそうに笑った

「ありがとう」

「いや」
「そんな喜ぶこと?」
「子守りだよ?」

私は首を傾げる

「なんで公園にそんなに行きたいの?」
「伊織くんから見ると公園が珍しいとか?」

「そんなわけないだろ」

「じゃあ何?」

伊織くんは前を見る

「楽しみなんだ」
「みんなで行くのが」

「ふーん」

やっぱりよく分からない

ただ公園に行くだけなのに

そして翌日の日曜日

朝ごはんを食べ終えると

私は奏太と晴を連れて家を出た

今日は伊織くんも一緒

「公園いこうー!」

奏太が玄関を飛び出す

「ぼくもー!」

晴も追いかける

「こら!」
「道路で走らない!」

二人を追いかけようとすると

伊織くんが先に走った

「二人とも」
「美緒さんの言うことを聞かないと駄目だよ」

「伊織兄ちゃん!」
「競争!」

「え?」

「公園まで競争!」

「道路では駄目だよ」
「公園でやろうね」

「はーい!」

なんだかずいぶん慣れてきた

私はそんなことを思いながら後を追った

公園に着くと二人はさっそく遊具へ走っていった

「ブランコ!」
「伊織兄ちゃん押して!」
「はやく!」

「分かった」

伊織くんが二人の後ろへ回って

ゆっくり背中を押した

「もっと!」

少し強く押す

「もっと!」

「これくらい?」

「もっとー!」

「伊織くん」

「なに?」

「その子達の言うこと聞いてたら」
「そのうち一回転するから」

「そうなの?」

「しないよ!」

「この前したでしょ!」
「私が受け止めなかったら怪我してたよ!」

二人が笑う

「じゃあもっと!」

「なんでよ!?」
「駄目!」

次はシーソーに奏太と晴が乗って

伊織くんが真ん中で二人を見ている

その次は滑り台

今度は伊織くんまで手を引っ張られて

何度も一緒に滑り下りていた

伊織くんって実は子供好きなのかな?

本当に楽しそうに見えた

しばらくして

奏太が持ってきたボールを取り出した

「ボールやろう!」
「伊織兄ちゃん!」
「こっち!」

「分かったよ」

伊織くんが奏太へボールを投げる

ぽーん

奏太が受け取る

「晴!」
「いくよ!」

「はーい!」

晴がボールを追いかける

その途中で足がもつれた

どてっ!

地面へ転ぶ

「うわあああん!」

泣き声が響いた

「晴くん!」

伊織くんがすぐに駆け寄る

「大丈夫?」

しゃがんで晴へ手を伸ばした

「伊織くん」
「待って」

「え?」

私はその場に立ったまま晴を見る

「晴」

「うぅ……」

「自分で立ちな」

晴が泣きながら私を見る

「おねえ……」

「大丈夫」

私は笑う

「自分で立てるように」
「私が育てたわ」

晴はしばらく私を見ていた

それからぐしぐしと腕で涙を拭く

「うん……!」

地面へ両手をついて自分で立ち上がった

膝についた砂をぱんぱんと払う

もう泣いていない

「できた!」

その瞬間

私は飛び出した

晴の頭を胸へ押し当てるように抱きしめる

「偉い!」
「晴はとっても偉いわ!」

晴が嬉しそうに笑った

「うん!」

「ほら」
「ボールで遊ぶんでしょ?」

私は奏太を見る

「四人でやろうよ」

「やる!」

奏太がボールを拾ってくる

伊織くんが少し驚いたように私を見ていた

「美緒さん」

「なに?」

「助けなくていいんだね」

「転んだくらいならね」
「自分で立てる時は自分で立たせるの」

「そっか」

伊織くんが晴を見る

「強くないと高梨家では生き残れないから?」

「そうよ」

晴はもう

さっき泣いていたことなんて忘れたように

笑っていた