いまさら家に男が一人増えたところで構いません!

私たちの正面には宗一郎さんが座っている

さらさらとした黒髪に

整った顔立ち

目元はどことなく千鶴に似ている

やっぱり千鶴の兄なだけあって

かなりの美形だ

ただ

その整った顔には

どこか近寄りがたいものを感じる

「それで」

宗一郎さんが伊織くんを見る

「本日はどのようなご用件でしょうか」

伊織くんは正座したまま

まっすぐ宗一郎さんを見る

「千鶴を引き渡せ」

また……冷たい声

私は思わず伊織くんを見る

でも宗一郎さんの表情は変わらなかった

「千鶴を……ですか」

「ああ」
「高梨家に戻す」
「あれは僕についてきた」
「勝手に連れ帰るな」

「なるほど」
「そうでしたか」

宗一郎さんはすぐには答えなかった

しばらく伊織くんを見たあと

深く手をついて頭を下げた

「それは知らぬこととはいえ」
「勝手なことをいたしました」
「もうしわけございません」

頭を上げてから

また静かに口を開く

「伊織様のご要請となれば」
「当家としても無下にはできません」
「千鶴をそちらへお預けすることも」
「受け入れましょう」

え?

私は宗一郎さんを見る

思ったより簡単だった

なんだそれなら

わざわざ道着まで着てきた意味なかったじゃない

宗一郎さんが続けた

「ただ一つだけ……」
「気がかりがございます」

伊織くんの表情は動かない

「なんだ」

宗一郎さんが静かに話し始める

「実は当家には」
「以前より多くの脅迫が届いております」

「脅迫?」

思わず声が出た

宗一郎さんが私を見る

「ええ」
「榊という家は長い歴史の中で」
「決して人から好かれることだけをしてきた家ではありません」
「恨みを買うことも多かった」

桐生先生が黙って宗一郎さんを見ている

日向もさっきまでの軽い雰囲気はない

宗一郎さんが続ける

「脅迫を受けるのは日常茶飯事」
「屋敷への侵入もある」
「過去には家人が襲われたこともございます」

私は門の前に立っていた二人を思い出した

棒を持った警備は伊織くんが近づいただけで

声を荒げて警戒していた

宗一郎さんの声がわずかに低くなる

「千鶴は私の大切な妹です」

その言葉だけは

今まで淡々と話していた宗一郎さんの声に

ほんの少しだけ感情が混じった

「当家にいれば千鶴を守れます」

宗一郎さんが伊織くんを見る

「屋敷には警備の者がおります」
「榊の門下もおります」
「私自身が千鶴の前に立つこともできる」
「ですが……」

一度言葉を切った

そして視線がゆっくりと私へ向いた

「そちらは?」

「……え?」

私?

宗一郎さんは私を見ていた

「千鶴を高梨様のお宅へ戻す」
「それは構いません」
「ですが」
「もし千鶴の身に危険が迫った時」

宗一郎さんの目が私をまっすぐ捉える

「あなたは妹を守れるのですか?」

部屋が静かになった

そういうことか

千鶴を渡さないとは言わない

伊織くんの要求も拒否しない

その代わり

千鶴を連れて帰るなら

高梨家が千鶴を守れることを示せ

そう言っている

伊織くんが口を開いた

「宗一郎」
「僕がそんな問答に」
「付き合うとでも思っているのか?」

一瞬

伊織くんが壁に飾ってある刀を見た

宗一郎さんが慌てたように頭を下げた

「まさか問答など」
「私は千鶴の安全が心配なだけなのです」
「高梨家にその力がなければ」
「榊家でどう力を貸すべきか知りたいのです」
「伊織様が気を掛けて下さっている」
「大切な妹ですので」

「どこにいるかを決めるのは千鶴自身だ」

「おっしゃる通りでございます」
「この宗一郎」
「全く異存などございません」

宗一郎さんは頭を下げたまま続けた

「ですから千鶴が望むのであれば」
「私は認めましょう」
「伊織様の命に背くことはありません」
「私はただ……」

また私を見る

「兄として」
「妹を預ける先が安全なのか」
「それを確かめたいだけなのです」

なるほど

私は宗一郎さんを見返した

この人

最初から私に話を持ってくるつもりだったんだ

伊織くんが九条家の跡継ぎだから

真正面から拒否はしない

でも条件をつける

そしてその条件を私に向ける

「高梨美緒様」

宗一郎さんが静かに言った

「あなたは千鶴を守れると」
「私に証明できますか?」

私は自分の膝の上に置いていた手を握った

その時

「宗一郎」
「僕の話が聞こえないようだな」

伊織くんが立ち上がろうとする

私は手を伸ばして伊織くんの腕を掴んだ

驚いたように伊織くんが私を見る

「これは私の問題なの」
「伊織くんは見ていてほしい」

だから道着を着てきた

話し合いで済むなら

それが一番いいと思った

でも

こうなることも

どこかでは分かっていた気がする

伊織くんはそれ以上何も言わず

また同じように座った

私は宗一郎さんを見る

「強さを示せば」
「千鶴を連れて帰っていいんですね?」

宗一郎さんの口元がほんの少しだけ動いた

「ええ」
「もちろんです」

宗一郎さんは静かに答えた

そして私から視線を外す

日向、桐生先生

順番に二人を見た

「それにしても」
「見ればそちらも門下を二名」
「お連れになっているご様子」

「門下~?」

日向が首を傾げる

宗一郎さんは二人を見たまま続けた

「先ほどからお二人とも」
「私の首が欲しいとでも言いたげな目をしておられる」

日向の口元がにやっと緩んだ

桐生先生は何も言わない

でも空気が変わった

「高梨の名を持つ美緒様が戦うのは問題もありましょう」
「榊家も高梨家と争いたいわけではない」

宗一郎さんが再び私を見る

「こちらからも門下を二名お出しする」
「今回は双方二名ずつ」
「門下による対戦でいかがでしょう」
「そこで力を示していただければ」
「私としても安心して千鶴をお任せできます」

門下?

何を言ってるの?

戦うのは私よ

「私が――」

そう言おうとした時だった

日向の声が響いた

「あれ~?」
「なんでそんなことするの~?」

「え?」

日向は座ったまま笑っている

いつもの気の抜けたような笑顔

でも目だけはいつもと違う

瞬きもせずに宗一郎さんを見ていた

「私の気持ち~」
「気づいてるんでしょ~?」

日向がゆっくり立ち上がる

「それなのに無視するなんて~」
「ひどいな~」

「日向?」

「だってさ~」

日向が肩を軽く回した

「ここまで盛り上げておいて~」
「知らない人と戦えって言われても困るよ~」

そして宗一郎さんを指さした

「一番強いのが目の前にいるじゃん~」
「せっかくだから遊んでよ~」
「榊の当主さん~」

宗一郎さんの目が細くなる

「日向!」

私が止めようとすると

今度は隣で桐生先生が立ち上がった

「遊ぶのは私です」

「桐生先生まで!?」

桐生先生は短めのスカートを軽く払った

いつもの学校での姿

それなのに立ち上がった瞬間

まるで別人のように見えた

一気に場の空気が張り詰めた

桐生先生が宗一郎さんを見る

「あなた先ほどから」
「私たちにそれだけの殺気をぶつけておいて」
「ただで済むとでも?」

宗一郎さんは二人を見る

しばらく何も言わなかった

そして口元が歪んだ

「これは」

宗一郎さんが頭を下げた

「大変失礼いたしました」

なんだろう

謝ってるはずなのに

嫌な感じがする

宗一郎さんが顔を上げる

「かつて」
「我が榊家と並ぶほどの名声を誇った水野家」

桐生先生の目が細くなった

日向からも笑みが消える

「しかし」

宗一郎さんは続ける

「内輪揉めによって分裂」
「今や見る影もない」
「そして」

桐生先生を見る

「水野から零れ出て名を捨て」
「榊の後ろ盾を乞うて犬になったと思えば」
「今度は伊織様のお気に入りに尻尾を振って」
「当家まで足を運ぶ始末」

桐生先生の眉が動いた

「……何が言いたいの?」

「いえ、なにも」
「愚かな父を持つと」
「お互いに苦労しますね」

宗一郎さんが口元を押さえた

「ただ」

肩が揺れた

「少々……」

声が漏れる

「ふっ」
「……くくっ」

耐えきれなくなったように宗一郎さんが笑った

「いや失礼」
「実に哀れだと思いまして」

空気が凍った

桐生先生の指がゆっくりと開いていく

「……今の言葉」
「取り消す気はないのね」

日向の目も鋭くなる

両腕をだらりと下ろして構えた

宗一郎さんが二人を見る

「なんともたまらない」
「二つに分かれた水野の技」
「同時に見れる機会など」
「そうそうない」

そして今までの丁寧な態度が消えた

宗一郎さんが立ち上がる

「いいだろう」

声まで変わった

「待ちなさい!」

私は立ち上がって宗一郎さんの前に歩み出た

「この二人は門下ではありません!」
「立ち合いは私が受けます!」

宗一郎さんは眉をひそめて私を睨んだ

「お前ごときが」
「しゃしゃり出るな!」

そして口元が歪むように笑った

「まあいい……ついでだ」
「高梨と水野の小娘」

日向の眉がぴくりと動く

そして桐生先生へ目を向けた

「水野の出来損ない」
「まとめてかかってこい」

宗一郎さんが腰を落とした

「俺が相手をしてやる」
「女子供が相手なら」
「ちょうどいいハンデだ!」

次の瞬間

考えるより先に体が動いた

「美緒さん」
「がんばって」

伊織くんの声が聞こえた

畳を蹴る

宗一郎さんの懐まで一気に距離を詰めた

両足を踏み込んで腰を落とす

「ちぇりゃあああ!」

ドンッ!!

両掌を叩き込んだ

宗一郎さんが両腕を合わせる

私の掌がその上から叩きつけられた

「ぐっ!」

宗一郎さんの顔が歪む

「なんだ?」
「この前とは……まるで違う」

でも耐えられた

ならもう一発!

引いた両手を間を置かずに叩き込む

ドンッ!!

「っ!」

今度は宗一郎さんの両腕が大きく開いた

ガードが崩れる

いける!

そう思った瞬間

「甘い!」

宗一郎さんの右腕が振り抜かれた

速い!

私はとっさに腕を上げる

バンッ!!

「くっ!」

重い

体が浮いて畳の上を後ろへ飛ばされる

足をつくが滑る

すこし流されて

なんとか止まった

強い

腕が痺れてる

私が顔を上げた時

二つの影が宗一郎さんへ迫っていた

日向が宗一郎さんの右側をすり抜ける

次の瞬間

バシッ!!

ムチで叩いたような音がした

「ぐっ!?」

宗一郎さんの右脚を覆う袴が裂ける

その下の皮膚にも裂けた傷が走り

周囲が赤く盛り上がった

宗一郎さんが反応するより早く

桐生先生の開いた指がその左足を走った

ビリッ!!

宗一郎さんの左脚を覆う袴が引き裂かれる

「っ!」

宗一郎さんの左足に三本

まるで獣の爪で引き裂かれたような傷が走って血が飛ぶ

宗一郎さんが後ろへ跳んだ

私はすぐに踏み込む

正面から宗一郎さんを見る

右には日向

左に桐生先生

三人で向かい合う

宗一郎さんが私たち三人を順番に見た

私は宗一郎さんをまっすぐに見る

「高梨剛志が長女! 美緒!」
「この立ち合い、お受けします!」

日向が首を傾げる

いつもの笑顔に戻っていた

「水野日向~」
「榊の当主さま~」
「さっき言ったこと飲み込まないでね~」

宗一郎さんの顔が引きつる

桐生先生も指を開いたまま

指先についた血を軽く振り払った

ぱっと赤い雫が畳へ散る

「桐生玲奈よ」
「知らなかったではすまないからね」

桐生先生が一歩前へ出た

「私たちって」
「こわ~い女子供なのよ」
「あなたの甲斐性で」
「私たち三人を満足させられるとは」
「とても思えないけど」

桐生先生は小さく笑った

「がんばれ」