午後の五時間目の授業は体育だった
うちの学校では
一年A組とB組の体育は合同で行われている
私と日向はA組
伊織くんはB組
だから体育の時だけは伊織くんも一緒だ
そして昼休みに
日向とあれだけ派手に戦った
桐生先生も普通に授業に来ていた
ジャージに着替えて
何事もなかったかのように立っている
あの後
私が日向からもらった薬を塗って湿布も貼った
だから少しはマシになったのかもしれない
それでも時々
背中やお腹を気にするように押さえている
そりゃそうよね
本当に授業して大丈夫なのかな……あの人
「それじゃあ」
桐生先生が手を叩く
「まず柔軟から始めます」
「二人一組になって」
はいはい
私は隣にいる日向を見る
「日向」
「組もうか」
「いいよ~」
いつもの流れ
そう思った瞬間
「高梨」
「はい?」
桐生先生が私を指差した
そして
少し離れたところにいる伊織くんを見た
「九条と組んで」
「え?」
「なんで!?」
私の声が体育館に響いた
ザワ
一斉に女子たちがざわめいた
桐生先生は平然としている
「なんでって」
「二人組を作ってるだけだけど」
「私は日向と組みますから!」
隣を見る
「ねえ!?」
「じゃあ私~」
「こっちと組むね~」
「早っ!」
日向はいつの間にか
別の女子のところへ移動していた
「ちょっと日向!」
「頑張って~」
裏切った!
こいつ一瞬で私を捨てた!
仕方なく伊織くんがいる方に歩く
途中、桐生先生とすれ違った
「高梨」
「礼はいらないよ」
「これは恩返しだ」
「は?」
先生が自分のお腹を少し指差す
「薬塗って湿布まで貼ってくれたでしょ」
「本当に助かった」
「いやいやいや!」
「美緒さん」
伊織くんの声で呼ばれてそちらを見る
嬉しそうにこちらに歩いてきていた
その後ろに女子たちが見える
そして
全員こっちを見ている
とくにB組の女子の目線には殺意すら感じる
私は先生へ小声で抗議する
「あんた!」
「なに言ってんの!?」
「教師にあんたはやめなさい」
「お礼になってないから!」
「そう?」
「なってない!」
むしろ
余計なことしてるから!
「僕は嬉しいけど」
「え?」
いつの間にか
伊織くんが私の横まで来ていた
「美緒さんと組めたから」
にこっ
ざわっ
だからそういうことを!
ここで言うなあああ!
周りからの視線が一気に刺さってくる
桐生先生は少しだけ満足そうに笑っていた
絶対
分かってやってる!
「一人は開脚して座って」
桐生先生が何事もなかったように授業を続ける
「もう一人は」
「後ろから背中を押して」
「じゃあ」
私は諦めて伊織くんを見る
「私からね」
「うん」
私は床に座って両足を大きく開いた
伊織くんが私の後ろへ回る
「押していい?」
「いいよ」
私はそのまま上半身を前へ倒した
ぺたり
「え?」
後ろから伊織くんの声が聞こえた
「なに?」
「まだ押してないんだけど」
「え?」
私は胸を床につけたまま
伊織くんを見ると少し驚いた顔をしていた
「一人でそこまでいくの?」
「いくよ?」
別に痛くもない
いつもやっている普通の柔軟だ
「美緒さん」
「すごく体が柔らかいんだね」
「小さい頃から」
「お父さんの道場でやってるからね」
「すごいな……」
本気で感心されている
「でもこれ」
「僕が押す必要ないね」
「あ」
確かに
「じゃあ伊織くん」
「何もしなくていいじゃん」
「そうみたいだね」
伊織くんが笑った
その時
ふわっ
あ
この匂い
私は少しだけ顔を上げる
お風呂上がりの伊織くんが近くへ来た時に感じた匂い
同じだ
またする
妙におちつかなくなる匂い
なんなのよ……
やっぱりこの人
危ないフェロモンみたいなの出してる
「美緒さん?」
「なに!?」
「いや」
「急に黙ったから」
「なんでもない!」
私は慌てて顔を床へ戻した
まずい……ちょっと崩されちゃった
「はい交代!」
桐生先生の声が飛んでくる
私はすぐに体を起こした
「次」
「伊織くんね」
「うん」
今度は伊織くんが開脚して座る
私はその後ろへ回った
かなり柔らかい
でもさすがに私ほどではないみたいだ
「じゃあ押すよ」
「お願いします」
私は何も考えず
伊織くんの背中へ両手を置いた
その瞬間
ぴりっ
「え?」
手が止まった
今……なに?
私は自分の手を見る
何もない
もう一度
伊織くんの背中へそっと手を置く
ぴり……
「……え?」
やっぱり……なにこれ
私は手を置いたまま
じっと感覚を確かめる
静電気みたいに一瞬だけじゃない
触れているところから
弱い電気がずっと流れてくるみたいに
手のひらがぴりぴりする
「あれ……?」
「美緒さん?」
「な、なに?」
「押してくれないの?」
「あ」
「ごめん」
私はゆっくり伊織くんの背中を押す
ぴりぴり
まだする
押している間もずっと
なにこれ
痛いわけじゃない
嫌な感じもしない
それどころか触れている手を
離したくないような――
「っ!」
なに考えてるのよ!
私は慌てて余計なことを考えるのをやめた
「美緒さん?」
「なに!?」
「いや……」
伊織くんが少しだけ振り返る
「なんか変な感じがして」
「え?」
伊織くんも?
「上手く言えないけど」
私の手が触れている場所を意識しているみたいだった
同じなの?
私だけじゃない?
「はい!」
「そこまで!」
私は反射的にぱっと手を離した
同時にぴりぴりした感覚も消えた
やっぱり
触ってる時だけだ
伊織くんがゆっくり体を起こす
そして私を見る
「なに?」
「いや」
伊織くんが少し名残惜しそうに笑った
「なんでもない」
なによ……その顔
こっちは今
なにかが大変なんだから!
柔軟はまだ続いた
今度は二人で向かい合って立つ
お互いの肩へ手を置いて
上半身を前へ倒す
伊織くんの手が私の肩へ触れた
ぴりっ
「っ!」
やっぱり!
私も伊織くんの肩へ両手を置く
ぴりぴり
同じだ
触れたところから
また弱い電気みたいなものが走る
しかも近づくと
ふわっ
あの匂い
どうしよう……
私……
おかしくなっちゃったかも
思わず手が震えた
それに伊織くんが気づいて私を見る
「美緒さん?」
「なんでもないから!」
次は背中合わせで腕を組んで
片方が前へ倒れて相手の背中を伸ばす
腕を絡めた
ぴりっ
背中が触れる
ぴりぴりぴり
やばい!
接触面が広すぎる!
しかも近い!
そして
あの匂いがああぁぁぁぁ!
胸の奥がどんどん落ち着かなくなる
絶対おかしい!
どっかおかしくなってる!
「はい!」
「柔軟終わり!」
桐生先生の声が体育館に響いた
「っ!」
やっと終わった……
私は伊織くんからぱっと離れた
「美緒さん?」
「伊織くん」
「ありがとね」
「え?」
「うん」
「こちらこそ」
私はそのまま
日向のところへ駆け寄った
「日向」
「ん~?」
日向がいつもの笑顔で振り返る
「どうしたの~?」
ぎゅっ
私はそのまま日向に抱きついた
「え?」
さすがの日向も目を丸くする
「美緒?」
「どうしたの?」
日向の体へぴったりくっつく
何もない
普通だ
電気もない
日向の匂いならなんともない
「……よかった」
「なにが~?」
私はそのまま
しばらく日向に抱きついていた
大丈夫
ちょっとだけおかしくなってるだけよ
きっとそう
「美緒~?」
「うん」
「本当にどうしたの~?」
「日向……」
「なに~?」
私はゆっくり日向から離れた
そして真剣な顔で日向を見つめた
「お願いがあるんだけど」
「うん?」
「さっきのバチンってやつ」
日向の笑顔が止まった
「……え?」
「先生にやってたやつ」
私は自分のお腹を指差す
「私にもやって!」
一瞬で日向の雰囲気が変わった
目を輝かせ嬉しそうに笑う
「もちろん~」
「美緒から誘ってくれるなんて~」
「嬉しいな~」
日向が右腕をだらりと下げた
「日向に叩いてもらえば」
「多分、目が覚める!」
「きっと治るわ!」
「治るって~」
「なにが~!?」
「いいから!」
「じゃあ~」
「美緒も本気で叩いてね~」
「水野」
「高梨」
日向の動きが止まった
いつの間にかすぐ後ろで
桐生先生が私たちを見ていた
「なんですか~?」
「授業中に怪我させたら」
「さすがにあなた達を庇えないからね」
「あ~……」
日向が残念そうに構えを解いた
「そうだった~」
日向が珍しく真面目な顔をする
「今そんなことしたら停学とか~」
「下手したら退学だよ~」
「詩織さんが悲しんじゃう~」
私は日向の腕をつかむ
「お願い!」
「助けると思って!」
「軽くでいいから!」
「美緒~」
「ほんとにどうしたの~?」
「私にも分かんないのよ!」
日向がますます困った顔をする
「叩いたら治るって~」
「なんか変だよ~?」
「なんで叩いてほしいの~?」
「それは……」
言葉に詰まる
自分でもよく分からない
伊織くんに近づくとあの匂いがして
触れるとなんか変で
胸の奥が落ち着かなくなる
私は頭を抱えた
「やっぱり……」
「おかしくなったのかも……」
「叩けばきっと治るわ!」
「え~?」
日向が私の顔を覗き込む
そして
何かに気づいたように少しだけ目を細めた
「あ~」
「そういうこと~?」
「なによ」
「詩織さんが好きなドラマで~」
「こんなの見たことある~」
「なんの話?」
「なんでもないよ~」
「その顔!」
「絶対なんか分かってるでしょ!」
「さあ~?」
日向がいつもの笑顔に戻る
「とりあえず~」
「バチンはしないからね~」
「二人きりのときに遊ぼうよ~」
「一回だけ!」
「しません~」
「弱く!」
「駄目で~す」
叩いてよ!
私は本気で困ってるのに!
でも
一つだけ心に決めた
今の私は崩されている
立て直すまでは
伊織くんと二人きりにならない
絶対に避けよう
うちの学校では
一年A組とB組の体育は合同で行われている
私と日向はA組
伊織くんはB組
だから体育の時だけは伊織くんも一緒だ
そして昼休みに
日向とあれだけ派手に戦った
桐生先生も普通に授業に来ていた
ジャージに着替えて
何事もなかったかのように立っている
あの後
私が日向からもらった薬を塗って湿布も貼った
だから少しはマシになったのかもしれない
それでも時々
背中やお腹を気にするように押さえている
そりゃそうよね
本当に授業して大丈夫なのかな……あの人
「それじゃあ」
桐生先生が手を叩く
「まず柔軟から始めます」
「二人一組になって」
はいはい
私は隣にいる日向を見る
「日向」
「組もうか」
「いいよ~」
いつもの流れ
そう思った瞬間
「高梨」
「はい?」
桐生先生が私を指差した
そして
少し離れたところにいる伊織くんを見た
「九条と組んで」
「え?」
「なんで!?」
私の声が体育館に響いた
ザワ
一斉に女子たちがざわめいた
桐生先生は平然としている
「なんでって」
「二人組を作ってるだけだけど」
「私は日向と組みますから!」
隣を見る
「ねえ!?」
「じゃあ私~」
「こっちと組むね~」
「早っ!」
日向はいつの間にか
別の女子のところへ移動していた
「ちょっと日向!」
「頑張って~」
裏切った!
こいつ一瞬で私を捨てた!
仕方なく伊織くんがいる方に歩く
途中、桐生先生とすれ違った
「高梨」
「礼はいらないよ」
「これは恩返しだ」
「は?」
先生が自分のお腹を少し指差す
「薬塗って湿布まで貼ってくれたでしょ」
「本当に助かった」
「いやいやいや!」
「美緒さん」
伊織くんの声で呼ばれてそちらを見る
嬉しそうにこちらに歩いてきていた
その後ろに女子たちが見える
そして
全員こっちを見ている
とくにB組の女子の目線には殺意すら感じる
私は先生へ小声で抗議する
「あんた!」
「なに言ってんの!?」
「教師にあんたはやめなさい」
「お礼になってないから!」
「そう?」
「なってない!」
むしろ
余計なことしてるから!
「僕は嬉しいけど」
「え?」
いつの間にか
伊織くんが私の横まで来ていた
「美緒さんと組めたから」
にこっ
ざわっ
だからそういうことを!
ここで言うなあああ!
周りからの視線が一気に刺さってくる
桐生先生は少しだけ満足そうに笑っていた
絶対
分かってやってる!
「一人は開脚して座って」
桐生先生が何事もなかったように授業を続ける
「もう一人は」
「後ろから背中を押して」
「じゃあ」
私は諦めて伊織くんを見る
「私からね」
「うん」
私は床に座って両足を大きく開いた
伊織くんが私の後ろへ回る
「押していい?」
「いいよ」
私はそのまま上半身を前へ倒した
ぺたり
「え?」
後ろから伊織くんの声が聞こえた
「なに?」
「まだ押してないんだけど」
「え?」
私は胸を床につけたまま
伊織くんを見ると少し驚いた顔をしていた
「一人でそこまでいくの?」
「いくよ?」
別に痛くもない
いつもやっている普通の柔軟だ
「美緒さん」
「すごく体が柔らかいんだね」
「小さい頃から」
「お父さんの道場でやってるからね」
「すごいな……」
本気で感心されている
「でもこれ」
「僕が押す必要ないね」
「あ」
確かに
「じゃあ伊織くん」
「何もしなくていいじゃん」
「そうみたいだね」
伊織くんが笑った
その時
ふわっ
あ
この匂い
私は少しだけ顔を上げる
お風呂上がりの伊織くんが近くへ来た時に感じた匂い
同じだ
またする
妙におちつかなくなる匂い
なんなのよ……
やっぱりこの人
危ないフェロモンみたいなの出してる
「美緒さん?」
「なに!?」
「いや」
「急に黙ったから」
「なんでもない!」
私は慌てて顔を床へ戻した
まずい……ちょっと崩されちゃった
「はい交代!」
桐生先生の声が飛んでくる
私はすぐに体を起こした
「次」
「伊織くんね」
「うん」
今度は伊織くんが開脚して座る
私はその後ろへ回った
かなり柔らかい
でもさすがに私ほどではないみたいだ
「じゃあ押すよ」
「お願いします」
私は何も考えず
伊織くんの背中へ両手を置いた
その瞬間
ぴりっ
「え?」
手が止まった
今……なに?
私は自分の手を見る
何もない
もう一度
伊織くんの背中へそっと手を置く
ぴり……
「……え?」
やっぱり……なにこれ
私は手を置いたまま
じっと感覚を確かめる
静電気みたいに一瞬だけじゃない
触れているところから
弱い電気がずっと流れてくるみたいに
手のひらがぴりぴりする
「あれ……?」
「美緒さん?」
「な、なに?」
「押してくれないの?」
「あ」
「ごめん」
私はゆっくり伊織くんの背中を押す
ぴりぴり
まだする
押している間もずっと
なにこれ
痛いわけじゃない
嫌な感じもしない
それどころか触れている手を
離したくないような――
「っ!」
なに考えてるのよ!
私は慌てて余計なことを考えるのをやめた
「美緒さん?」
「なに!?」
「いや……」
伊織くんが少しだけ振り返る
「なんか変な感じがして」
「え?」
伊織くんも?
「上手く言えないけど」
私の手が触れている場所を意識しているみたいだった
同じなの?
私だけじゃない?
「はい!」
「そこまで!」
私は反射的にぱっと手を離した
同時にぴりぴりした感覚も消えた
やっぱり
触ってる時だけだ
伊織くんがゆっくり体を起こす
そして私を見る
「なに?」
「いや」
伊織くんが少し名残惜しそうに笑った
「なんでもない」
なによ……その顔
こっちは今
なにかが大変なんだから!
柔軟はまだ続いた
今度は二人で向かい合って立つ
お互いの肩へ手を置いて
上半身を前へ倒す
伊織くんの手が私の肩へ触れた
ぴりっ
「っ!」
やっぱり!
私も伊織くんの肩へ両手を置く
ぴりぴり
同じだ
触れたところから
また弱い電気みたいなものが走る
しかも近づくと
ふわっ
あの匂い
どうしよう……
私……
おかしくなっちゃったかも
思わず手が震えた
それに伊織くんが気づいて私を見る
「美緒さん?」
「なんでもないから!」
次は背中合わせで腕を組んで
片方が前へ倒れて相手の背中を伸ばす
腕を絡めた
ぴりっ
背中が触れる
ぴりぴりぴり
やばい!
接触面が広すぎる!
しかも近い!
そして
あの匂いがああぁぁぁぁ!
胸の奥がどんどん落ち着かなくなる
絶対おかしい!
どっかおかしくなってる!
「はい!」
「柔軟終わり!」
桐生先生の声が体育館に響いた
「っ!」
やっと終わった……
私は伊織くんからぱっと離れた
「美緒さん?」
「伊織くん」
「ありがとね」
「え?」
「うん」
「こちらこそ」
私はそのまま
日向のところへ駆け寄った
「日向」
「ん~?」
日向がいつもの笑顔で振り返る
「どうしたの~?」
ぎゅっ
私はそのまま日向に抱きついた
「え?」
さすがの日向も目を丸くする
「美緒?」
「どうしたの?」
日向の体へぴったりくっつく
何もない
普通だ
電気もない
日向の匂いならなんともない
「……よかった」
「なにが~?」
私はそのまま
しばらく日向に抱きついていた
大丈夫
ちょっとだけおかしくなってるだけよ
きっとそう
「美緒~?」
「うん」
「本当にどうしたの~?」
「日向……」
「なに~?」
私はゆっくり日向から離れた
そして真剣な顔で日向を見つめた
「お願いがあるんだけど」
「うん?」
「さっきのバチンってやつ」
日向の笑顔が止まった
「……え?」
「先生にやってたやつ」
私は自分のお腹を指差す
「私にもやって!」
一瞬で日向の雰囲気が変わった
目を輝かせ嬉しそうに笑う
「もちろん~」
「美緒から誘ってくれるなんて~」
「嬉しいな~」
日向が右腕をだらりと下げた
「日向に叩いてもらえば」
「多分、目が覚める!」
「きっと治るわ!」
「治るって~」
「なにが~!?」
「いいから!」
「じゃあ~」
「美緒も本気で叩いてね~」
「水野」
「高梨」
日向の動きが止まった
いつの間にかすぐ後ろで
桐生先生が私たちを見ていた
「なんですか~?」
「授業中に怪我させたら」
「さすがにあなた達を庇えないからね」
「あ~……」
日向が残念そうに構えを解いた
「そうだった~」
日向が珍しく真面目な顔をする
「今そんなことしたら停学とか~」
「下手したら退学だよ~」
「詩織さんが悲しんじゃう~」
私は日向の腕をつかむ
「お願い!」
「助けると思って!」
「軽くでいいから!」
「美緒~」
「ほんとにどうしたの~?」
「私にも分かんないのよ!」
日向がますます困った顔をする
「叩いたら治るって~」
「なんか変だよ~?」
「なんで叩いてほしいの~?」
「それは……」
言葉に詰まる
自分でもよく分からない
伊織くんに近づくとあの匂いがして
触れるとなんか変で
胸の奥が落ち着かなくなる
私は頭を抱えた
「やっぱり……」
「おかしくなったのかも……」
「叩けばきっと治るわ!」
「え~?」
日向が私の顔を覗き込む
そして
何かに気づいたように少しだけ目を細めた
「あ~」
「そういうこと~?」
「なによ」
「詩織さんが好きなドラマで~」
「こんなの見たことある~」
「なんの話?」
「なんでもないよ~」
「その顔!」
「絶対なんか分かってるでしょ!」
「さあ~?」
日向がいつもの笑顔に戻る
「とりあえず~」
「バチンはしないからね~」
「二人きりのときに遊ぼうよ~」
「一回だけ!」
「しません~」
「弱く!」
「駄目で~す」
叩いてよ!
私は本気で困ってるのに!
でも
一つだけ心に決めた
今の私は崩されている
立て直すまでは
伊織くんと二人きりにならない
絶対に避けよう


